はるがすみ
[二]倉庫
間が遠ても契りは固し#2
雑賀との行為は全てがゆっくりとしていた。狡噛に触れる手も、唇も、合わさる体も、どれもが穏やかで、シビュラ社会から離れて暮らす雑賀の生活をそのまま表したような行為。狡噛の全てを解っているとでもいうような雑賀からの愛撫に狡噛の心は嬉しさと心苦しさでいっぱいになる。自分が孤独となることは何も怖くはない。しかしこの温もりが自分の所為で消えてしまうかもしれないことを考えると、ひどく胸が痛んだ。身勝手な行動をとった上に最後だからとわがままを言っておきながらそんなこと考える資格は自分にはないと、そう思ってはいてもどうしようもなく悲しくなって狡噛の瞳からは涙が溢れて落ちる。雑賀は狡噛の頭を撫で、あやす様にその雫を唇で受け止めていく。何度も、何度も。
「狡噛。」
「・・っは、い」
「これが終わったら俺たちはもう、かつての師と教え子であり、共犯者だ。それ以外のどんな関係でもない。」
雑賀の言葉に狡噛がきゅっと眉を寄せる。
「そんな寂しそうな顔をするな。俺たちにとってはそれが一番の関係だと・・お前なら解るな、狡噛。」
幾筋目かわからない涙を流しながらも狡噛は首を縦に振る。
「・・良い子だ。お前は本当に、自慢の、可愛い生徒だよ。」
狡噛は泣き声と喘ぎ声で言葉を発することも難しかったが、何も言わなくても全てを解ってくれる目の前の優しき人にどうしても言葉で伝えたいことがあった。
「っぁ・・せん、せ・・・だいすき、です・・」
「・・・・あぁ、愛してる、狡噛」
与えられる熱に、狡噛はぎゅっと雑賀を抱きしめる腕に力を込めた。この時間が永遠に続かないことは分かっているけれど、少しでも長く、今が続くようにと。
*
「君には公安局に協力してもらう。」
公安局局長室。その部屋の主である禾生壌宗は自身のデスクに身を落ち着かせたまま、正面に置かれたソファに座る男に対し簡潔なまでの要求を告げる。そんな要求を予想していたのか、その男、雑賀譲二は動揺するそぶりも見せずゆったりと言葉を返す。
「シビュラに捨てられた教師を捕まえて今更何をしろと?執行官にでもなればいいのですかな。」
「いいや、君には特別な、そう、助言者の立場で我々に協力してほしい。」
「助言者?」
執行官か分析官にでもさせられるかと思っていた雑賀の予想は外れた。何にしてもろくなものではないのだろうけれど。
「そうだ。シビュラシステムの統治には人心の掌握が不可欠だと先の一件で改めて感じてね。その為に専門家の力を借りるのも手だと考えたんだよ。」
「それは公安局のトップであるあなた個人の判断ですかな、禾生局長。」
「私個人の判断とも言えるし、我々の総意ともいっても間違ではない。」
――なるほどな。
個人の意であり総意でもある。禾生の言葉から雑賀は一つの仮説を導いた。シビュラシステムと呼ばれる存在の真実に繋がる仮説を。
「大学教授という職をなくして久しいあなたには悪い話ではないと思うが?」
「・・・そして狡噛慎也の反逆を幇助した身としても?」
「無論それを含めての要求だ。・・それで、答えは。」
禾生は淡々と雑賀に返答を求める。雑賀の返答に一切容赦はしないという風に。そんな禾生の態度は雑賀にとって一切恐れるものではなく、頭に過るのは愛しい者の姿のみ。そんな自分が少しおかしくて雑賀は思わず笑みをこぼす。
「断る、と言いたいところだが、ここは一つあなたの提案を受けましょう。禾生局長。」
「・・意外だな。てっきり君は断るものだと思っていたよ。」
「脅しをかけたのはそちらでしょうに。こちらに従う以外の選択肢はないと思うが?」
「・・わかった。要求を飲むというなら君の生命は保障しよう。我々に牙を向けない限りは。」
禾生壌宗の目を通してシステムは雑賀譲二という男を観察する。雑賀が100%システムにとっての有益者であるはずがない。それでも協約が交わされた以上は自らがコントロールを過たない限りどうとでもできる。常守朱然り雑賀譲二然り、システムの向上に必要な駒に過ぎない。システムはそんな自負を抱きながら禾生の手でもって雑賀に握手を求める。雑賀もそれに応えるが、そこで交わされたものが偽りであると互いに理解していた。どこか冷え冷えとした禾生の手を握りしめて雑賀が交わすのは、唯一狡噛との約束だけ。
『命を大事にしてくだい』
そう自分に懇願した狡噛の顔を思い出す。最後まで他人に優しかった彼に自分がこの先できることは約束を果たすことしかない。その責任を全うするまでは何としても生きる。生きてこの世の中を観察し続ける。その先に、狡噛と再び出会える未来があるのなら。
初:ぴくしぶ掲載2013.4.12
本格的に雑狡。1期19話よりです。
これもふぉろわさんに背中を押していただいて。
雑賀先生はまったく難しい・・・
ALICE+