うつくしい終焉


なまえは西の里の外れにある小高い丘に足を運んだ。
そして持参した線香と花束をぽつんと佇む手製の墓に手向けた。その小さな墓は石で造られた簡素なものであった。
――北の里の方角に造られたこの墓は今は亡き愛する燦、そして北の地で命を落とした同胞達のものだった。

墓の前に膝を折るとなまえはそっと手を合せて、睫毛を伏せた。


「大丈夫よ、燦。私は負けない」


彼女のその言葉は自分に言い聞かせるかのようだった。

なまえは待ち受けている己の運命を覚悟していた。いつまでも奴から逃げられるわけがない。こうして西の里に保護されていることもいつか奴等に知られてしまうだろう。そして見つかってしまえば、それが最期だ。
総本家の娘として、奴は必ず、必ず葬り去らねばいけない。
――たとえ、この命に代えても。

奴に見つかる前に西の里を出なければいけない。なまえはずっとそう考えていた。

天高く昇る太陽の光を一身に受けるなまえの髪が風で揺れる。なまえは決して涙を見せまいと固く唇を噛んだ。


ふとなまえはある男の気配が近づいてくることに気付いた。
この気配は不知火だろうか。
そろそろ京へ向かう頃なのに姿が見えないなまえを探しているのだろう。

この場所を見つかるわけにはいけない。なまえは静かに立ち上がると墓石を撫でて、暫しの別れを告げた。


「少しの間、京へ行って参ります。また来ますね」




* * *




「疲れたか、なまえ?」


木々の間をぬうように森の中を駆け抜けていく。今日中に京へたどり着くにはこの獣道を抜けていくのが一番の近道らしい。時折、休憩を挟みながらなまえ達は京への道を急いでいた。


「辛いようでしたら仰って下さいね。なまえは女子なのですから」


ひらりと地面に降り立ったなまえの隣に続いて、天霧が降り立つ。流石、鬼というべきか。天霧や不知火達の顔に疲労の色は見えない。それは先頭を行く風間も同じである。
なまえも鬼であるが、体力は普通の女子より少し優れているほどだ。
なまえは弾んだ息を静かに整える。


「風間、少し休みましょう。なまえが辛そうです」

「平気です。今日中に京へ着かねばならないのでしょう?先を急ぎましょう」


もうすぐ日が沈んでしまうとなまえは告げる。しかし天霧は緩く頭を振り、彼女を近くの岩の上に座らせた。


「そう急がずとも、もう京はすぐそこです」

「ちょっとくらい休んだって今日中に着くから心配すんな」


先を急ごうとするなまえの肩をたたき、天霧達もその場に腰を下ろした。ちらりと風間の様子を窺う。すると彼は黙って傍にあった木へとその身体を預けた。
今日一日ずっと走りっぱなしだったのだ。疲れるのも当然である。なまえは深く息を吐くとようやく身体の力を抜いた。

薄青だった空が緋色と溶け合っていく。ぽつりとその緋色に煌めく一番星を見つけるとなまえは頬を緩めた。


「もうすぐ、秋ですね」


どこか物憂れなその声音に遠くで身体を休めていた風間がなまえを見やる。しかし彼女はその風間の視線には気付かなかった。


「なまえは秋が好きですか」

「そうですね。でも、春の方がもっと好きです」

「春といえば、生命が芽吹く季節ですね。里に咲く桜がとても綺麗なのですよ」

「里に桜が咲くのですか」


西の里には桜の樹が植えられている。春になると満開の花を咲かせるその桜はとても美しいものだった。
天霧はその桜を是非となまえに勧めた。だが彼女は柔らかく笑むだけで、頷くことができなかった。
――春まで、自分は生き伸びていられるかわからなかったからだ。

風間は春に咲き誇る桜に思いを馳せているなまえの横顔をひどく儚いものだと感じた。この儚さは初めて感じたものではなかった。彼女を西の里で保護してから、ずっと、どこかで感じていたものだ。
そう考えると、天霧の話を聞いて、小さく笑い声を漏らすその姿もどこか儚さが滲んだ。


その後、半刻ばかりの休憩を終え、そろそろ出発しようとした時だった。ざわりと木々がうねり始め、辺りに不穏な空気が充満した。
――明らかな殺気。
なまえはまさかと息をのんだ。


「…下がってろよ、なまえ」


なまえを庇うようにして彼女の前に立ちはだかる不知火の手にはすでに彼の愛用する銃が握られていた。不知火に倣うように天霧も戦闘の体勢に入る。
そしてなまえの隣に立った風間が目を細めた先から、ゆらりと白い髪を振り乱す男が数人現れた。その瞳は赤く染まっており、狂気を滲ませていた。
なまえは姿を現した男達の姿を確認するとひっそりと安堵の息を漏らした。自分達に殺気を送っていたモノの正体が、彼女の恐れていた「奴」ではなかったからだ。


「…羅刹か」


風間がそう呟くと同時に白髪の髪の男達は、なまえ達を目掛けて飛び掛かってきた。
しかし彼等羅刹がが鬼である風間達に勝てるわけがなかった。
一寸の狂いもなく向かってきた羅刹の心臓を撃ちぬいていく不知火に続き、天霧もまた確実に羅刹達を仕留めていく。

そして風間が刀を抜く必要もなく、羅刹達は皆絶命した。


「ったく、なんで羅刹がこんなところにいるんだよ。生き残りか?」


さらさらと灰に姿を変えていく羅刹達をなまえは呆然と見やった。
一体どういうことなのか。変若水とは、羅刹とは何であるのか。本土の鬼達との関わりを断ち切り、北の地で暮らしていた彼女にとって羅刹との邂逅は初めてのことであった。

戸惑いを隠せない彼女に気付いた風間は哀れだとも言わんばかりに灰へと姿を変えた羅刹達を見やった。


「これは鬼の成りそこないだ」


元は人間だと風間は吐き捨てるかのように言った。そして、尚、動揺が隠せない彼女に変若水のこと、そして羅刹のことについて説明してやった。


「もしお前が羅刹に遭遇するようなことがあれば、迷うことなく心の臓をそれで刺せ」


それ、と風間が見据えるものはなまえが抱えていた太刀であった。


「それを持ち歩くということはある程度剣術を習得しているということだろう」

「なにを言うのです、風間!なまえにそのようなこと…」

「黙れ、天霧」


反論は許さないとばかりに風間は天霧を制した。天霧とて、頭領である風間に口答えなどできるわけがなく、グッと拳を握った。

なまえは灰へと姿を変えた男達を黙って見つめていた。
――自分も、果てる時はこのように美しく散ることができるだろうか。果てる運命ならばせめて、気高く、そして美しく散りたい。
彼女はそう遠くはない己の最期を見ているようで、風に吹かれて散っていく彼等から視線を外すことができなかった。

そして、すべてが散った頃、ようやくなまえは風間を見やった。


「かりこまりました。その時は頭領の仰るままに」


――風に吹かれるなまえの姿に風間はまた儚さを感じた。