白の刹那


「久しぶりね。遠いところをわざわざありがとう」

「お久しぶりでございます、千姫様」


千姫との対面はなまえが西の里で保護されて以来であった。千姫は深々と頭を下げて挨拶を述べるなまえの手をとると少しばかり脹れた表情を浮かべた。


「そんなに畏まらないでって言ったでしょ!」

「あ…っ、申し訳ございません」


わずかに頬を膨らませて怒った素振りを見せる千姫の可愛らしい一面になまえは頬を綻ばせた。とても表情が豊かな姫君だ。
千姫はなまえの手をとったまま、彼女の後ろで控えていた男達を見やった。


「貴方たちもよく来てくれたわね」

「俺達はついでかよ」

「あら。そんなこと言ってないわよ?」

「まあまあ、不知火。いいではありませんか」


どうにも腑に落ちないと唇を尖らせる不知火を天霧が軽く宥めてやる。しかし唇を尖らせたままである不知火になまえは小さく苦笑を漏らす。
千姫はそんな不知火を気にも留めないで、なまえの手を引いて歩き出した。


「そう怒らないで、さあ、広間へ行きましょう。二人が待ってるわ」

「二人…?」

「ええ。千鶴ちゃん達も今回は招待してるの」


――千姫の一言に風間の眉がぴくりと動いた。
なまえはその僅かな風間の変化を見過ごさなかった。そして窺うように天霧達の表情を見ると彼等もまた驚いたような困惑した表情を浮かべていた。
千姫の言う千鶴という少女は一体何者なのか。二人ということは彼女以外にも「誰か」が存在しているということになる。
千鶴という名前に憶えがないなまえは広間で待つという女子に少しの警戒心を抱いた。


「千鶴ちゃん、お待たせ。風間達が到着したわよ」


そして開かれた襖の向こう側に座っていたのは可愛らしい一人の少女だった。黒い髪を軽く結い、淡い桃色の着物に身を包むその少女の傍らには切れ長の紺碧の双眼を持つ男が座っている。
なまえは瞬時に千鶴という人物が自分の敵ではないということを見極めるとその警戒心を解いた。


「お久しぶりです、風間さん。天霧さん、不知火さん」


花のような少女だとなまえは思った。
どこか気品を漂わせるその少女は風間達を見るとにっこりと頬を緩めた。
そして千姫に手を引かれるなまえの存在に気付くときょとんと首を傾げた。


「彼女のことは紹介するわ。さあ、なまえ、座って」


千姫はなまえに自分の隣を促すと着席させた。それに続いて風間達も腰を下ろしていく。


「紹介するわね、千鶴ちゃん。彼女はなまえ。私達の同胞よ」

「同胞…。ということは鬼ということですか?」

「そうよ。今は西の里で暮らしているの」


なまえは千姫の放った言葉を聞き逃さなかった。私達の同胞、ということはこの千鶴という少女もまた鬼ということだろう。そうすれば彼女から漂うこの気品は鬼のものということだろうか。例えそうだとしても千鶴が放つ独特の気品は特殊なものである。これは千姫や風間が持つソレと全く同じものだ。

なまえは静かに思考を巡回させている。すると千姫の口から全く思いもかけなかった言葉が放たれた。


「なまえ、紹介するわ。この子は千鶴ちゃん。東を治める雪村のご息女よ」


なまえはその事実に目の前が真っ黒になるほどの衝撃を受けた。
――東を治める雪村。その一族となまえは深く関係していたからである。

なまえはある男から逃げていた。その男はひっそりと生きのびていた総本家を見つけ出し、その娘であるなまえを自分の妻に娶ることで絶対的な権力と力を手に入れ、東の雪村に成り変わろうと企んでいたのである。無論、総本家とその同胞達はなまえを、そして本土に住まう雪村を守るためにその男に立ち向かった。
その戦いの際になまえは逃がされた。一族の最後の希望である彼女を総本家の鬼達は命がけで逃がしたのである。

その雪村の娘がなまえの目の前にいるこの千鶴という少女だという事実。自分が必ず守りきらなくてはいけない存在なのだ。


「…なまえ?どうかした?」


目を見開いて言葉を発さないなまえに千姫が声をかける。明らかに動揺しているなまえの様子に風間は目を細めた。


「っ、いえ、なんでもございません」

「本当に?顔色が優れないみたいよ…?」

「そんなことはございません。大変失礼いたしました」

「そう…?気分が悪かったらすぐに言ってね」


眉を下げて心配する千姫に頷くと彼女は安心したかのように微笑んだ。
そしてなまえも気を落ち着かせて千鶴を見やった。


「初めまして、千鶴様。私はなまえと申します」

「あ…っ、千鶴といいます。よろしくお願いします」


なまえが頭を下げると千鶴も慌てて頭を下げる。その様子に千姫がおかしそうに笑った。


「もう!なまえったら!」



「ふふ。何はともあれ、みんな同い年くらいだと思うから仲良くしましょう」


これがなまえと千鶴の出会いだった。なまえは千姫の言葉に嬉しそうに目を細める千鶴の姿に胸の内で秘めていた決心を一層固くした。

――必ず、守りきってみせる、と。