履物を履かないむき出しの足はすでに傷らだけだった。けれども、走り続けた。後ろを振り返る時間でさえも惜しい。今はとにかく「彼」から少しでも離れなくてはいけない。
ここまで逃げて見つかるなんて、またあの場所へ連れ戻されるなんて、想像しただけでも恐ろしい。「彼」に捕まってしまえば、それが私の最後といっても過言ではないだろう。もう二度と大地を踏みしめることも、風を感じることも、太陽を浴びることもできない。またあの場所に閉じ込められて、冷たい足枷を填められて、屈辱としか言恐怖で震える体をなんとか静め、漆黒の闇で包まれる山を走り抜ける。鬼殺隊であったため夜の暗闇には慣れていたことが幸いである。しかしずっとあの場所に閉じ込められていたためこのように全力で駆けることは随分と久しぶりであり、なかなか思うように足が動かない。昨夜「彼」によって無理を強いられた体があちこち痛む。それでもひたすら走り続けた。額に滲む汗を拭う着物の袖はいつの間にか破れ、裾もすっかり土で汚れてしまってた。ここまで逃げるなかで何度も転んでしまったのが原因だろう。

弾む息を整えようと初めて足を止めた。がくがくと小鹿のように震える膝に手をつき、呼吸を落ち着かせるよう努める。
恐る恐る後ろを振り返る。しかしそこに広がっているものは漆黒の闇だけで、恐れていた「彼」の姿はなかった。彼の気配を探るために精神を研ぎ澄ますもその気配は感じられない。
安堵からその場に膝が崩れる落ちる。震えが止まらない体を強く抱きしめて、無数の星が散らばった虚空を仰ぐ。頬を伝う涙は恐れのせいか、それとも歓喜のものなのか。

「絶対に連れ戻されるものですか…。必ず逃げぬいてみせる…」

あの場所からどれだけ離れられたかはわからない。それでも山を越えたことは確実であったので、ずいぶん遠くまで逃げることができたはずだ。一般的な女子であればこれほど走り続けることは困難であっただろう。しかし私は鬼殺隊の隊士として恥じることがないよう日々の鍛錬を積み重ねてきたおかげで自分が思っていた以上に走り続けることができた。
だが決して油断してはならない。「彼」、煉獄杏寿郎もまた鬼殺隊の隊士であり、鬼殺隊の最高位に君臨している炎柱なのだ。
ある日私は彼の手によって山奥にひっそりと佇む小屋に閉じ込められた。私の日輪刀は彼によって没収されてしまったため鬼の襲撃があればひとたまりもないと怯える私に彼は小屋の周りには大量の藤の花が咲いていると告げた。まるで初めから私をこの場所に閉じ込めることを計画していたかのような準備の周到さに恐怖を覚えた。この時ようやく目の前にいる彼が鬼よりも恐ろしい存在であることに私は気が付いたのだ。以来、感情をすべてぶつけるかのように手酷く彼に凌辱される日々が続いた。今日が何月何日であるかすらもわからず、ひたらすら彼に抱かれ続ける毎日。泣いて懇願しても止むことがない行為に絶望する日が続いた。
しかしそのような日々のなか必ずこの場所から、彼から、逃げ出してみせる誓い、今にも折れそうな心を奮い立たせた。逃げ出せる絶好の機会を今か今かと見計らっていたのだ。そして今宵、彼が長期任務に向かうとの情報を得た。昨夜、下戸である彼が珍しく酒を飲んだ際に酔いに興じて聞き出したのだ。
逃げ出すのならば、今日しかない。
この機会を逃がしてはもう二度と彼から逃げ出すことはできない。閉じ込められた小屋の所在地はわからぬままであったが、山を下りることができればこちらのもの。流れる川を辿っていけばいずれ山を下りることもできるだろう。そのまま町に溶け込んでしまえばさすがの彼も私を見つけることはできないはずだ。

ようやく彼から解放されるときがくるのだ。身勝手に私を縛り続けてきた彼から解放されるときが。


きっとあと少しだ。自信を鼓舞し、よろよろと立ち上がると再び走り始めた。


* * *


長い夜が間もなく終わる。淡く染まりゆく空には眩く輝いていた星達はいつの間にか姿を消していた。辺りはぼんやりと朝焼けによって鮮明になり、自分の姿も目視できるまでになっていた。すっかり傷だらけになってしまた自身の姿に苦笑を漏らしつつも、どこか気分は高揚していた。この坂を下れば眼下に広がる町に入ることができる。そうすれば私は私は自由になれるのだ。
高揚をする気持ちを抑え、最後の力を振り絞るようにして前にでようと足を伸ばした。丁度その時であった。後方から迫る「なにか」の気配を感じ、脳がけたたましく警鐘を鳴らした。遠くから聞こえる爆発音と山林から不可思議に立ち上る炎に全身から血の気が引く。

「炎の呼吸壱の型、不知火」

鼓膜に滑り込んでくる声は煉獄様のもの。これまでずっと聞いてきた馴染みの声だ。聞き間違えるはずがない。
近づいてくる。一歩、また一歩とその距離が縮んできている。確実に、煉獄様は私を追ってきている。

またあの場所に戻ることだけは嫌だ。

凍りついていた足が動いたのはそのときであった。無我夢中で走り出す私の背に向かって大きな溜息が吐かれた気配を感じたが、そのようなことにかまっていられなかった。すぐそこまで煉獄様が迫ってきている。確かに気配は感じるのだが、どういうことかその姿ができない。錯乱する頭で何とかこの状況を打破できる方法を考えるが、到底思いつくはずもなかった。

ぐちゃぐちゃに入れ乱れる思考を必死に働かせていると、ついにものすごい力で腕を掴まれた。抵抗する暇もなく、そのまま近くにあった木の幹に体を押し付けられてしまった。背中を強打したことで息が詰まる。

「まさか俺が任務の間に逃げ出すとはよもやよもやだ!」

「っ、煉獄様…」

「悪い子にはきつい仕置きが必要だな」

煉獄様の手が戒めるように首筋を這う。動脈を撫でる指先は氷のように冷たかった。そのあまりの冷たさに身震いするとその手が震える私の首を掴んだ。決して締め上げるわけではなく、あくまで私に恐怖をいだかせることを目的としたそれについに頬を涙が伝った。

「逃げ出した張本人である#name#が泣くことはおかしいのではないだろうか」

「申し訳ございません…っ、もう二度とこのようなことは…致しません…、だから…っ」

「だから?だから仕置きはしないでほしいと懇願するわけではあるまいな」

「っ、許してください…っ、いやあ…っ!」

私の謝罪を聞き入れるつもりはないとばかりに腰紐が解かれていく。着物を開けさせる煉獄様を止めようとその手を掴むもびくともしない。それでも抵抗をやめない私を煩わしそうに一瞥した煉獄様によって乱暴にその手を掴み上げると腰紐で縛り上げられてしまった。
呼吸を奪うような激しい口づけに体の力が抜けていく。かたく閉ざしていた唇をいとも簡単に開かせると無遠慮に侵入してきた舌が口内を蹂躙する。飲み込み切れない涎が口端を伝うもお構いなしに続けられる口づけは確実に私の思考を遮断していった。
幾度となく続いた口づけが終わったころには私は最早自力で立つことができず、煉獄様へその体を寄りかかるかたちになってしまっていた。荒い呼吸を繰り返す私の膝を割り、煉獄様がその間に自身の膝を割り込ませる。そして己の手によって乱した胸元へそれを滑り込ませ、強引に胸を揉み始めた。

「やっ、こんなところで…っ、あぁっ!」

「向こうへ戻ってからもしっかりと可愛がってあげるから安心するといい」

「そ、んな…!やぁっ、んん!」

潰すように乳首を弄られ大きな声を漏らすと煉獄様が満足気に口角を持ちあげた。そしてもう片方の手を秘所へ忍び込ませる。煉獄様によって快感を教え込まれたこのそこはすっかり濡れそぼっていた。ぐちゅぐちゅとわざと音を立ててそこを弄られるその快楽に頭の中が真っ白になる。熱い舌で乳首を転がしながらぐずぐずに蕩けている膣口に指を挿入される。ここが外であるなどと構っている暇すらも与えられない。愛してもいない男の腕の中でだらしなく着物を乱して喘ぐ私はなんて滑稽なのだろうか。
やがて引き抜かれた指が見せつけるように私の眼前に晒される。厭らしく光るその指を舐める煉獄様は獣のような眸で私を見据えていた。

「俺が君を逃がすはずがないだろう、#name#。身をもって罰を受けるといい」

「ひ…っ、まって、れんごくさ、ま…、あぁあ…っ!」

ぐるりと木に手をつく形で体を反転させられると煉獄様の猛った自身が私の中へと沈められる。力の入らない私の片脚を抱え込まれより深く突き入れられてしまい目の前がチカチカと弾ける。大きく体を痙攣させて絶頂を迎えるも休むことは許されず、そのまま次から次へと襲ってくる強烈な快感に悲鳴を上げる。煉獄様の律動によってぼたぼたと零れ落ちる愛液が足元に水溜まりを作っていく。

「きゃ…っ、あぁっ!もう、ゆるし、てぇ…っ!」

「許さない…っ、俺から逃げ出そうとしたことを後悔させてやろう…!」

「んあぁ!ごめんなさ…っ、やぁあっ!」

私が意識を失うまでその行為は続けられた。その後、何度絶頂を迎えたかも、何度熱い飛沫を中へ注ぎ込まれたかも覚えていない。

けれど、私が意識を手放す直前にまるで愛しむように私の名前を呼ばれたことだけは、なぜかしっかりと覚えていた。


「星去ぬ三日月」