今日、世界から別れを告げられた。

ドラマで流れる、あり触れたどこにでもあるような一般家庭は、その当時の私にはあまりにも眩しすぎて遠すぎた。
誰もが必ず口にする"普通"というものは私には当てはまらないモノで、私にとって普通とは、叶いもしないモノなのだ。

小さい頃からそうだった。
幾つか年の離れた姉兄たちより、学力的にも体力的にも全てにおいて私は劣っていた。
だから他の誰より努力した。他の人たちが見えないところで、一人ぼっちで、必死に努力したのだ。
然し、結果はどうだ?
幾ら頑張ってもその努力すら誰にも認められない。

「貴方のお兄さんやお姉さんが、あんなに皆に愛され...そして才色兼備・文武両道。嗚呼、なんて素敵な兄姉かしら。......きっと貴方もそうよね?」
違う、あの二人と私は違う。
「なんて親不孝ものだ。これじゃあ不良品だ!」
違う、私は不良品なんかじゃない。
「■■さんってお飾りっていうか、皆の引立て役だよね。ほら地味だし根暗だしィ?」
違う、馬鹿にするな。

皆、みんな......大ッ嫌い。

......でも、もうぜーんぶお終い。
電車が間近に迫る中、線路内へ誰かに後ろから突き飛ばされた駅のホームでさようなら。

私を突き飛ばしたのは、わたし。







『先輩......? 芥川先輩?』
「......」


耳につけられた小型無線機に通信が入る。
自分は何を惘乎としていたのか、無線機から樋口が『如何かしました? 大丈夫ですか?』と顔は見えないが声が心配ていた。
何でも無い、自分では普通に声を出したつもりが思ったより小さな掠れた声に驚いたが、彼女の耳にしっかりと届いたようで『そう、ですか。......では、こちらの状況をお伝えします───』彼女は深く追求せず、いつも通りの仕事口調に戻った。
彼女の口から告げられる情報を一語一句聞き逃す事が無いよう、スイッチを切り直した。

私の名前は、芥川龍之介。
前世ではかの有名な著名人だが、今、私のいる世界ではヨコハマを裏で支配するポートマフィアの一員。オマケに指名手配犯までされている。
因みに本当の名前「"名前"」もあるが、余りにも「"芥川龍之介"」の名が馳せてしまったため今じゃ呼ばれることは無い。私の師や首領など組織の中でもほんの一部の者しか私の名前を知らない。

......というか、元はというと私の師が原因なのだ。

前世の記憶を思い出したのは貧困街で彷徨っていたとき。ふとした拍子に前世の記憶を思い出した。ただ、思い出したといっても殆どが霞んでいて鮮明には思い出せなかったが、前の自分がどんな人間だったかどんな人生で幕を閉じたのか......そんな所しか分からない。
私の師......太宰治は、これまた前世で有名な人物だがこの人もマフィアだった。裏の世界に入っていけば入っていくほど様々な著名人と同じ名前をした人物に出会う。
この世界には"異能力"という特異な能力が存在する。一般的には、まるで空想のような実在しているのか曖昧なものであまり一般人の関心はない。ただ、異能力は存在する。之だけは皆知っているようだ。

かという私もその異能力を所持している。名前は今まで無かったのだが、よくよく考えてみると生まれ変わってからの苗字は「芥川」だということに気づいた。
芥川といえばあの有名な『羅生門』があげられる。他にも例えば太宰治だと『人間失格』など、誰もが聞いたことのある本の名前で各自の異能力は名付けられていた。もちろん誰もが持っているという訳では無いので、著名人でも異能力を所持していない者もいるそうだ。

却説、先刻"私の師が原因"と言ったがあれはまだマフィアに加入してから日の浅い頃に遡る。
ある日のこと、毎日のようにこのマフィア界で生き残るために、またあの貧困街の野良犬に戻りたくないがために、師の鬼畜っぷりに耐えながら行う異能の猛特訓中にそれは起こった。


「君、今から男として生きてね」
「......、......はい?」
「名前も男ものに変えること。それと名前変えたら"名前"って名前は今後使わないこと。後はァ、喋り方とか容姿も変えること」
「あの、ちょっと何をおしゃっているのか理解が追いつかないんですけど......?」
「分かったァ? 分かったよね。ハイ決定」
「......」


これは拒否権が無いやつですね。
こうして、私は「芥川といえば、やっぱり名前は龍之介」と名前を龍之介に変え、容姿は元々中性的だったので何とかなったが喋り方を変えたところ「何、その喋り方」と師から何故か不評だったが私は結構気に入っているし、何しろ楽だ。

───あれから数年後、私の師太宰治はポートマフィアから姿を消した。
何故、如何して。私、貴方からまだ認めてもらっていないのに貴方が姿を晦ましたら意味が無いじゃないですか。

私は、わたしは......。

貴方が居なくなってから私の世界は暗転し始めた。何もかもがどうでも良くなって、煩わしくなって、いつの間にか貴方がいたはずの席は他の誰かに埋まっていく。其処に座るな、其処はお前の席ではない。言葉は口に出ず何時も心の中で悪態をつく日々。

日を増すごとに私一人で敵組織に潜入する単独任務が多くなって来た。まだ不安が残るけど部下も出来たの。妹の銀も黒蜥蜴に入ったんです。"芥川龍之介"という貴方が変えた私の名前も裏世界に浸透して今じゃ指名手配犯。
「随分と偉くなったもんだね」
貴方が笑っている、そんな気がするのだ。

若し、貴方と再会出来たのなら、あの世界の二の舞にならないようにするから......

私を────......