本日は快晴。月人はここのところ姿を見せていないので出現率は高めだろうとユークレースが予測した。愛刀を腰に下げ春の風に靡く広大な草原の海に足を踏み入れる。
冬の間、ボク達が寝てる間にアンタークチサイトが守ってくれた。でも、春になってボク達が目を覚まし、冬の間しか動けない彼はもう眠ってしまった。今度はボク達の番。その責任感からか背筋がしゃんと伸び引き継がれた仕事に気合が入る。
キラリ、草原の中から何かが光った。
黒点ではないから先生を呼ぶ必要は無いのだけれど右手は何時でも武器を取り出しやすいように握っている。ゆっくり、ゆっくりと足音を立てずに近づくとその光の正体が分かった。
めいいっぱい光を帯びた、まるで浅瀬の海を覗き込んだような薄荷色はいつ見ても美しい。特にこんな晴れた日の太陽の光では一層色艶がぐっとよくなるのだ。月人がこの色を好むのは悔しいが何となく分かる気がする。
「......フォスフォフィライト、何してるの」
「インクリュージョンの食事中だから話しかけないでくださァーい」
空に向かって大の字に伸びている彼はフォスフォフィライト。ボクを含めた宝石達の可愛い末っ子。やんちゃで不器用だけどとても優しい子だ。
いつもなら三半という非常に脆い硬度で構築され戦う力を持たない彼を「晴れの日に外に出てはいけない」と咎める筈だったが、こんなに体全体を使って表現される不貞腐れモードでは言いようがない。
「ジェードに頼まれていた仕事は? 確か紙が何とかって───」
「......」
「あらやだ、この子ったらまたやってないのね」
「ちーがーいーまーすぅー! 僕がやろうとしたら紙が外に遊びに行きたいーって逃げちゃったんですぅー! だから」
「探すの手伝って欲しいって?」
「! ......む〜〜〜っ!!」
風に飛んでいった紙を追いかけたが無くしてしまい、その上、月人が出る晴れの日と来たら動き様がない。でもこのまま帰ったら怒られるのは確実。そう思った彼は此処で何も無い空を見上げる事しか出来なった、という訳だ。
可愛い弟の「紙を探すの手伝って」という遠まわしな言い方に思わずクスリと笑いが零れる。「笑わないでよ!」と彼は顔を赤らめて怒っていたがまたそれが可笑しくって可愛くって今度は声を上げて笑ってしまったら、彼は眉間を寄せてそっぽを向く。
「ふふ、ごめんごめん。ほら立ってフォスフォフィライト。ボクが見回り次いでに紙を探すの一緒に手伝うからさ、ご機嫌直して、ね?」
「───、んで」
「ん?」
「何で、手伝ってくれるの。他の奴らは"自分の責任なんだから自分でしろ"って言って誰も手伝ってくれなかったのに......」
「おや、何だか今日のフォスフォフィライトはナーバスだね」
「そ、そんなんじゃっ.....ない。ただ......」
「ボクの弟が困っているんだから手伝うのは当然でしょ!」
「え?」
「何があってもボクはフォスフォフィライトの味方だし、今みたいに君が一人で困っている時も悲しい時もボクが側にいてあげる。だってボクの大切で大好きな弟だもの。だからねフォス───」
君を置いて月へ行ってしまった、
この
優しい夢は忘れて幸せになって。
「───ま、て......っ! 待ってよナマエ!」
ベッドから飛び起きる。目から合金が溢れ、伸ばした合金の腕は宙をさまよい何も無い空を掴んだ。そこでさっきのは夢だと気づいた。あまりにも甘美で優しくて残酷な夢だった。たまに見るアンタークのポップな幻覚と同じくらいかな。二人はきっと怒ってはいないだろうけど、こうやって嫌がらせのように見せてくるから勘弁して欲しい。目から流れる合金を拭い、嗚呼ほんと、こんな事考える自分自身が嫌になるな。
あの時、今のように合金じゃなかった非力で脆くて細い僕の腕は何も掴めなかった。いや、例え合金の腕でも届かなかっただろう。現に彼の体は細かい欠片ばかりを此処に残して、残りは月に行ってしまったのだから。そう、アンタークの時だって。
「結局僕は何も出来なかった。弱いままの僕なんだ」
変わったのは見た目だけで、いくら強くなっても弱い僕がまだそこにいる。
いつもの見回り。本日は今朝夢に出たような見事な快晴だったが、今回も月人は現れなかった。
もう、今日はこれくらいにして帰ろう。そう踵を返したとき足元に咲く一輪の植物に目を奪われた。黄色く細い花弁が幾つも輪になり連なって天を扇ぐその花は。
「蒲公英、だ」
そうだ、あの時も蒲公英が咲いていた。確かナマエが僕に蒲公英のこと教えてくれたっけ。春頃に黄色い花が咲いてそれから白くてフワフワした綿毛に変わる。綿毛には一つひとつ種があって風に吹かれて遠くに飛ばされ其処で新しい芽が出る。うん、正直ここまで覚えていたことに驚きを隠せない。何せ僕の体の殆どが記憶と共に月に行ってしまったからだ。
そういえば、植物にはそれぞれ意味があるってのもナマエから聞いたんだ。
『花言葉ァ?』
『そう、植物にはちゃんとした言葉が存在するんだ。この蒲公英だって花言葉があるだよ』
『流石ナマエだ。伊達に図書館の仕事やってないね!』
『もしかして馬鹿にしてる? いや、してるな』
『ま、まっさかぁ〜〜! 冗談だって! それより蒲公英の花言葉って何なの?』
『話逸らした! もう......えっとね蒲公英の花言葉は"愛の神託"、"神託"、"真心の愛"、それから』
───別離。
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