「今晩はルチル。今日も徹夜?」
この聞きなれた声は無機質で構築された耳でさえも心地いいと感じる。作業していた手を止めその声の持ち主に目を向ける。医務室の開けた窓から顔を出す彼の姿は月夜に照らされとても神秘的で溜息が出るほど美しかった。
「今晩は。はい、まだやらないといけない仕事があるので」
「そっか頑張ってるね。いやールチルは働き者だなぁー! 関心関心」
「何ですかその言い方、年寄りくさいですよ。嗚呼失礼。ナマエはイエローと同い年でしたね」
「まぁ、いやだわこの子超生意気」
「おや今更ですね。年をとるとこんな事も忘れてしまうんですか」
「うわ、今精神的に傷ついたンですけどぉ! ほら見てよ、今にも体の中から罅が入って砕けてしまいそう!」
「それだけの元気があれば問題ありませんね」
ぷくっと頬を膨らますナマエに笑みがこぼれ、彼も私につられて笑っていた。
「......今日は満月だからさ、自分のインクリュージョンが喜んでいるのが分かるんだ」
「そうですか」
彼は、ナマエは夜にしか会えない。それは彼の中にあるインクリュージョンが関係していた。彼のインクリュージョンは月の光を餌とする。
本来私達宝石は太陽の光を餌にして活動することが出来るが、光が少ない夜は活動できない。彼の場合は逆で太陽の光では餌が多すぎて活動が制限され、月の光だと動けるようになる特異な性質を持っている。
初めこそは昼の間に活動していた彼だったが次第に動けなくなり、その事を彼自身もよく理解していたため、皆のためにも金剛先生のためにもナマエは夜の見回りに移った。
「さァてと、あんまり話し込んでるとシンシャに遅いって怒られるしもう行くね」
「早く行ってあげてください。毎回治療する度、あなたの小言言われるのこっちなんですからね」
「そりゃ大変だ! 尚更早くシンシャの所に行かないと......じゃぁねルチル、君も早く寝るんだよ」
「はいはい、分かってますよ。あと無茶な戦い方だけはしないように、いいですか?」
「了解、名医の言うことはちゃんと聞きますよ」
最後に「おやすみ」そう言って彼は私に手を振って夜の闇に消え、騒がしかった医務室が再び静寂に包み込まれた。振り返していた手は器具を掴み未だ目覚めないパパラチアに嵌める部品を削る作業に戻る。
少し、彼のペアであるシンシャが羨ましかった。
削り始めてすぐにこの感情に支配される。同じ夜の見回り、私から見えない二人の姿。私には聞こえない二人だけの会話。......羨ましくって仕方が無い。
「なんて言ったらナマエはどう思うのでしょうね、パパラチア」
問いかけても彼は閉じた瞳から流れる長い睫毛を揺らすだけ。施術はまた失敗に終わった。彼に嵌め込んでいた宝石を丁寧に取り出し、元の穴の空いた体に戻す。
随分と長く彼の声を聞いていない気がする。それは、私以外の皆も同じで暇さえあればパパラチアの収まる箱に向かって話しかけたり、人気者で面倒見が良かった彼に何人かは相談を持ちかけたりしていた。勿論、眠ったままの彼が応えられるわけがなく私がひっそりと物陰に隠れてアドバイスしていることもある。
年季の入った使い慣れた器具を片付け、ひと休みと窓辺に腰掛け頭を壁に預ける。器に入った色とりどりのクラゲを見つめ、ぼんやりと昔のことも思い出していた。幾つか思い出せないものもあるがどれもこれもナマエとパパラチアのことばかり。年長組の二人は良くも悪くも仲が良かった。そう色褪せない思い出に深けている内に、私はいつの間にか眠りについていた。
◇
ほら、夜が明ける。
一緒にいたシンシャはいつもの寝床に帰っていった。「おやすみシンシャ」と声をかけるが彼は背を向けたままさっさと行ってしまったが、小さな声で「おやすみ」と聞こえたのは幻聴ではないだろう。
グッと背伸びをして朝日に照らされる体。もう、ジェードやユークあたりは起きただろう。あの二人は真面目だからなぁ。そう考えているとき、視界の隅に予兆黒点が現れた。
「月人も朝早くからご苦労なこった。仕事熱心なのはいいが、出来ればその熱心さを別なことに回して欲しいんだけど......」
飛んできた矢を剣で弾く。大きさは小さめ、型式はここから見て多分旧型。側にペアのシンシャはいない、しかも此処から学校は遠いため必然的に単騎戦になる。
「まァ、無理だよな。もし月に持ち帰ってもガッカリすんな、っよ!」
駆け出すと同時に、弓矢の雨が降った。
◇
小さな物音で目が覚めた。寝起きで意識と体が上手く合わず思うように動かせない。まだ寝ていたい、然しもう起きないと。矛盾した思考がぐるぐる回り回っていると見知った姿が移り込んだ。
「あ、おはようルチル」
「おはようございますナマエ、......?」
そこでハッと二つの違和感に気づいた。一つ目は寝ていた自分に柔らかい布がかけてあったこと。これはおそらくナマエがかけてくれたのだろう。そして二つ目。
「あなた、月人と戦いましたね?」
「ご名答!」
彼の砕けた宝石が朝日の光に反射する。
「やっぱり。その左足は不注意で矢が当たり、右の顔と右腕はわざと盾にして倒した。そんなとこでしょう」
「これじゃあ岩にぶつけただけって嘘つけないね。いやー、黒点小さいから一人で大丈夫だって思ってたけど、まさかドジ踏むとか思わなかったや。嗚呼でもちゃんと追い払ったよ」
「その後、シンシャに見つかりこっ酷く叱られ、欠片も彼に拾って貰いここまで送ってもらった。......でしょう?」
「また当てられちゃったや」と困ったように笑うナマエの癖。優しい彼のことだから私のことを気遣っているのでしょうけど、これでも医師なのだからその位は判断出来る。彼の手に握られたら医療器具を見て肩を落とす。寝ていても私を起こしてくれれば良かったのに。
「自分で治療しようとしたんだけど前のように上手く出来なくって。ルチルが起きる前に直そうとしたんだけど起こしちゃったね」
「......他に言うことは?」
「ごめん、約束破って......心配かけてしまったね。次はちゃんと、」
「"するから"? あなたの戦い方に否定はしませんが、今回は運が良かったと思ってください。あなたまで居なくなったら私は......っ」
そこまで言って不意に言葉が詰まった。例え夜の見回りだとしても朝になったら月人が現れ戦闘に入るのは誰でも分かることだ。特に朝方は助けを呼んでも動ける宝石は少ない。自分の出来る範囲内で最小限の被害で。結果己を犠牲とした戦いだと判断した、余りにも優しすぎる彼を誰が間違っていると言えようか。
それでも、それでも私は私のペアであったパパラチアが長い眠りについたように、ナマエのペアであるシンシャがいても、今回のように一人で戦うナマエまで失いたく無かった。
ボロボロなままナマエが持っていた器具を机に戻しヨイショと立ち上がった。「ちょっと! それ以上酷くなったらどうするんです!? いくら靭性が高くても砕けますよ!」と怒鳴ってもナマエは聞く耳を持たず、医師としての焦りが生じる。小さな欠片を落しながらふらふらと覚束無い足取りで私の前に立ち、何事かと身構える私に彼は罅が入った左腕でそっと私の頭を撫でた。
「砕けたてもルチルが直してくれるだろ?」
「何当たり前のこと言ってるんですか、これだから年寄りは」
「うんうん、ルチルはそうこなくっちゃ」
「っていうか何時まで頭撫でてるんですか! 子供扱いしないでください!」
「えー? いいじゃん減るもんじゃ無いんだし! 昔はルチルの世話係だったんだから、偶にはお兄ちゃんに甘えていいんだよぉル〜〜チ〜〜ル〜〜?」
「嗚呼もう! 治療するで止めてください!!」
変に緊張していた自分に落胆し、何時までも撫でようとするこの手をそっと払い除けた。これ以上割れないように力を加減してナマエの手を握り強制的に彼をベッドに寝かせる。されるがまま、なされるがまま大人しくベッドに仰向けになったナマエは少し眠そうだった。今日は月人との戦闘で酷く疲労し、普段ならナマエはもう寝ている頃。彼に「眠いなら寝ても構いませんよ」と声をかけたが何か言いたげに「あー」やら「うん」と返事が遅れて返ってきた。
割れた破片を一つひとつ丁寧に繋ぎ合わせる。それから糊を塗ってまた体の割れた部分と繋ぐ。「あの、さ、ルチル」と半分寝ぼけた途切れ途切れの声に耳を傾ける。
「ちょっとナマエ、そこは繋げたばかりなのであまり動かないでください。それでなんです?」
「ごめんごめん......緒の浜で、パパラチアと同、族の宝石......を、見つけた、んだ」
「!」
「い、つもの......ばしょ、に......隠して...あるから」
「分かりました。だからもう休んでください」
「うん......よろしくね、ルチル」
ナマエは目を閉じた。やっと眠りについた彼の最後に残った足をつける。彼があまりにも元気が良すぎて朝だというのに中々眠りについてくれなかった。
片方の手袋を外し眠っている彼の冷たい頬に割れないように慎重に直接素手で触れ、上からゆっくりと撫で下ろす。起きている時は騒がしく煩いくせに寝顔は案外可愛い。
「おやすみなさいナマエ。......また、月夜で会いましょう」
彼の前髪をはらい、額に口付けた。
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