※ちょっと下世話な話が出てきます
※お酒は詳しくないのでカクテルの種類、描写は適当です




 いらいらいらいら。苛立ちと悲しさと焦燥感と、その他よくわからないどす黒い感情が私の心の中に渦巻いては押しよせる。抑えきれない感情のはけ口を探して、携帯のアドレス帳を開いた。な行の一番上にある名前。こんなときに愚痴れる相手はあの男しかいない。

「ったく手前は何なんだよ男に振られるたび俺を呼びやがって!」

そう怒鳴りながらお気に入りのバーにやって来たのは我らがポートマフィア幹部の中原中也だ。私の同僚に当たる。立場は今では彼の方がずっと上だが、酒を飲みながら他愛もない話をするのは今も変わらない。ついでに男運のない(らしい)私が彼氏に振られるたびに中也に不満をぶつけるのも、この数年で何も変わっていない。いつもこうやってぶつくさ零しながらも、なんだかんだ相手をしてくれる彼は優しい……と認識しているが本人の前では絶対に云ってやらないと心に誓っている。
 どすん。乱雑に中也が私の隣の席に座った。マスター、マティーニを頼む。そんな彼を一瞥して、すでに私の前に置かれていたグラスを手に取り口につけた。やっぱりモヒートは美味しい。

「だって、こういうこと話せる相手中也くらいしかいないんだもん」
「なーにが『いないんだもん』だ、手前が言っても可愛くねえんだよ」
「えっひどい!失恋したばっかの乙女に向かって何てことを!」
「その失恋を繰り返してるのはどこの誰だよ。今回はどのくらい続いたんだっけか」
「1ヵ月」
「うわ、久しぶりに短期間で終わったな……そもそもなまえ、その彼氏とやらを本気で好きだったわけじゃねえだろ」

 中也の一言にどきりとした。カラン、溶けかけた氷がグラスの中で音をたてる。

「うっ……。やっぱ中也もそう思う……?」
「まず合コンでなんとなくいい雰囲気になってそのまま流れで付き合うっていうのがどうなんだ」
「だってお医者さんだっていうから……将来安泰じゃん」
「はあ!?手前、金で男を見るのかよ、」

 ぐびっと中也がマティーニを仰いだ。その横顔を眺めていると、上下する喉仏に視線がいってしまった。急に男らしいフェロモンを感じてしまって、かぶりを振る。いけない。今日は酔いが早いんだ、きっとそうだ。

「別にお金だけじゃないよ。優しかったし」
「だからといって相性が良いとは限らないだろ」
「……体の相性はまあまあ良かった」

 ブフォ。中也が噴き出した。咳き込む彼を横目に私も自分のモヒートを一口含んだ。

「ちょっと、汚い、」
「あーそうだよな手前は合コンで知り合った相手とも簡単にヤるような奴だもんな、忘れてたぜ」
「えっなんでその日にヤッたって知ってるの」
「なんだ図星かよ。前の前もそんな感じだったろ」
「う、言われてみればそうだったかも、」
「大体なまえはいつもパターンが同じなんだよ」

 お前は私の親かと突っ込みたくなるくらいくどくどとお説教をされる。ここまで来ると面倒くさいが、それ程までに親身になってくれるのは中也くらいだから、はいはいと流しながらもこいついい奴だなあとまたグラスを傾けた。あ、今日のジャズの生演奏で来ているピアノのお兄さん、かっこいい。

「おい、聞いてんのか」
「え?何、もう合コンに行くのやめろって話?それならもう何百回と聞いたよ」
「要するに聞いてなかったんだな……」

 ハァ、と大げさにため息をつかれた。いくら私が男にだらしないからって、そこまで呆れなくたっていいじゃないか。

「如何してそこまでして男を探すんだって聞いたんだよ」

 ケッ、とそっぽを向かれた。そういえばその話をまだしていなかったかもしれない。いや、私が意図的に避けていただけか。今夜なら、酒の酔いに乗せて話してもいいような気がした。といってもそんなに大した理由があるわけではない。

「……早く自立したくて」
「は?マフィア抜けるつもりか?」
「違うよ、そういうわけじゃなくて。もう随分と会ってないけど一応両親だっているし。まさかマフィアやってますなんて言えないじゃん?だから適当にふらふら過ごしているとだけ言ってるんだけどさ。親も心配性だからうるさいんだよ。それに私だっていつまでもそうやって心配させるのは気が引けるし」

 ああ、恥ずかしい。こんな小さなことで今まで彼氏を作っては振られていたのか、私は。改めて考えると虚しい。でも何故だか、こんなことを繰り返しては男に振られるたびに「お前に価値なんてない」と云われているように感じてしまって、また合コンやバーで出会った男と関係を持ってしまうのだ。何がまずいのか。最初からか。そうか。

「……どっかにいい男いないかな」

 最後に、独り言のように呟いた。そっと口にしたつもりが、隣に座る男には全部聞こえていたらしい。

「なまえの言う『いい男』ってのはどんな奴なんだよ」
「えー、うーん。ちゃんと働いてて、お給料が安定していて、私のくだらない話にも付き合ってくれて、あと何だろ、」

「……非合法だが一応仕事はやっていて、資産ならそれなりにあって、手前のヤケ酒にも毎回付き合ってやってる男ならここにいるが」

「は?」


思わず目が点になった。今こいつは何て言った?

「え、ちょっと待って、どうしたの、」
「俺がただの昔馴染みの愚痴話に書類を放り投げてでも付き合うと思うか?」
「はっ?仕事放置して来てたの?」
「なまえのことだからなァ、一人で飲んでいたらどうせ酔い潰れてまた知らない男にお持ち帰りされるだろうが。そんなこと考えたらのんびり執務室にもいられねえよ」

ずきずきと頭痛がしてきた。だって、そんなの、
「まるで中也が私のこと好きみたいじゃん……」
ない。だってそんな、今更すぎる。そう思ったのに。

「そうだよ、好きだよ悪いかよ」
眉間にしわを寄せてこちらを見る中也に、思わずはああ?と聞き返した。

「告白ならもっとロマンチックにしてよ……」
「チッ……五月蝿え!この状況にロマンチックも糞もあるか!なんで好きな女が合コンだのヤッただのそういう話を聞かなきゃなんねえんだよ!」
「でもそう言っていっつも来てくれるじゃん」
「ッ、それとこれは別だ」
「あっそ」

グラスに残っていたモヒートを飲み干すと、ミントの爽やかな風味が口に広がった。まだ頭は痛む。が、気分としては悪くはないのかもしれない。

「条件はまあまあってところ……?」
「なんなら体の相性も試してみるか?」

にやりと任務のときに見せるような表情をしてみせる中也に、さてどう返事をしようと考えつつ、マスターにもう一杯、と声をかけた。


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