真っ白な空間。しみ一つない真っ白なシーツに、部屋に充満した消毒液の匂い。白衣を纏った私以外に人はおらず、チクタクと時計の針が刻む音だけがやけに大きく聞こえる。
ポート・マフィア医療班。それが私の職場であり、今の居場所でもある。数分前に上司から敵組織との抗争が終わったと連絡が入った。銃弾を受けた構成員が数名いるらしいから、そのうちここに運ばれてくるだろう。私の本領発揮というわけだ。じくり、両足が疼く。

「……こんな痛み、たいしたことないわ」

 そう呟いたのは、自分に言い聞かせるためなのか、それとも―――。






 「ありがとうございました」
 下級構成員達はそう謝礼を述べて去って行った。今日の仕事はこんなものだろう。休憩がてら、紅茶を淹れてデスクに座り、書類を眺めた。立っているには足裏がずきずきと痛む。

 私の異能力は数ある異能力の中でも珍しいと言われる治癒能力系で、その希少価値を買われて、今はポート・マフィアに籍を置いている。今は、と言うからにはもちろん以前は違う組織の人間だった。いや、今も、というべきか。

 私はいわゆるスパイという存在だ。と言っても、前にいた組織では完全に捨て駒扱いだった。私の異能力はそれこそ便利なものだが、1つ弱点がある。能力を使うたびに、私の脚には傷が出来ていくのだ。苦しむのは私だけなので最初はそんなことおかまいなしにこれを治せあれを治せと酷使されたが、傷が増えた私の脚があまりにもグロテスクなのか、はたまた私が組織に入ってしばらくしてから加入したもう1人の治癒能力系の異能力者が問題なく怪我を治してくれるからなのか、だんだんと私は組織内で用済みの人間と見なされるようになった。マフィアに潜入したのも、「何かあったときのため」「ポート・マフィアの動向を探るため」という大したことない理由からで、任務を任命されたときは正直ふざけんなよと思ったものだ。
 そんな無茶振りをされたのが今から3年前。最初は組織の構成や幹部の情報、武器庫の場所などを横流ししていたけど、最近はそんなこともなく、すっかりこちらに馴染んでいる。もちろん、寝返っていないかの確認と軽い情報交換のための電話はたまにかかってくるが。

 空気を入れ替えるために開けた窓から、心地のいい風が吹き込んでくる。ぽかぽかと午後の日差しが、風にはためいたカーテン越しに柔らかく差し込んでいるからなのか、なんだか眠くなってきた。書類整理、やらなくちゃなあ。嗚呼でも、瞼が重い。


******


闇。上も見ても下を見ても、どこを見ても広がる黒。どうやら目隠しをされているようで、これは夢だと認識する。幼い頃の記憶だ。両手首を拘束されているせいか、体が言うことを聞かない。
「こいつで合ってるんだよな」
「ああ。昨日、確かにこいつが猫の傷を治しているのを見た」
「大人しいが念のためだ。眠らせておこう」
私を抱えている男がそんな会話を交わす。顔に柔らかいハンカチか何かを当てられ、きつい薬物の匂いに顔をしかめた。薄れていく意識の中で、嗚呼、自分は誘拐されているのだとやっと気付く―――。


******


 「おい、起きろ。起きろって」
 乱暴に肩をゆすられて、急に意識が深い奥底から戻ってきた。どうやら私は居眠りをしていたらしい。それで昔の夢を見たと。

「随分魘されてたじゃねえか」
「……中原さん、どうして此処に」
「ちょっと切り傷が出来てだな」

そう言って腕を差し出す中原さん。私の元教育係、兼、私の想い人。
 彼はちょくちょく小さい傷をつくっては私に見せてくる。彼の強さだったら、こんな怪我しなくても任務を終わらせられるはずなのに。

「え〜、またですか?マフィア1の体術使いのくせに」
「五月蝿え。いいから早く治せ」
「そんな横暴な!」
 軽口を叩きながらも彼の腕に触れる。すると、見る間に傷口が塞がって跡形もなく消えていく。

「相変わらず見事なもんだな」
「へへ。私にはこれしか能がないので」

 そう。私にはこの異能力しか頼る術がない。此処にいられるのも、彼の隣にいるのにも。だから、能力の欠陥は誰にも教えていない。知っているのは首領くらいだ。中也さんは口は悪い癖に変なところで優しいから、私のこの傷を見たら、もう私の能力には頼ってくれないだろう。そうしたら、私は一切彼に触れられなくなる。だから、高望みはしない。どんなに私の脚に醜い傷が出来ようと、どんなに足が痛かろうと、私はこの能力を使い続ける。

「そんな辛気臭い顔すんなよ。助かった、みょうじ。ありがとな」

 そう言って私の頭をポンと軽く撫で、中原さんは部屋から出て行った。そういうところがかっこいいんだよ、とこっそり悪態をついて、赤くなった頬を誤魔化すようにデスクの上に置いてあったティーカップに手を伸ばした。

 紅茶はとっくに冷めていて、まずかった。






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