prologue

それはいつも通り、仕事に向かおうと思って横断歩道を歩いていた時に、突然起こった。

大きく揺れる視界と、激しい頭痛。そして吐き気。
あまりの苦しさに、私は道路に倒れ込んだ。

痛くて痛くてたまらなくて、誰かに助けて欲しかった。

「……だ、れ…か……」


いつもはもっと人通りのあるはずなのに、誰も人が通らず、私の視界は狭まっていく。














そうして気づけば、私は新たな生を受けていた。

貴族、チェルクェッティの人間として。







激しい頭痛 吐き気 死

これらのワードで検索をかける。

「クモ膜下出血…ね」

自分が"死んだ"のはおそらくこの疾患だろう、と考えながらそのページを眺める。

そう、私はあの時確かに死んだ。享年25歳…早すぎる死。

生まれ変わり、初めは随分と混乱した。

私は3歳の誕生日に、前世の記憶を思い出した。

その当時は思い出した影響か、1週間ほど高熱で寝込んだ。


「お姉様、入っても良いかしら」

「どうぞ」

ノックをして扉を開けて現れたのは私の今世の妹、"ノエル"だ。

「何を見ていますの?」

パソコンの前に座る私の横に立ちノエルも画面を覗き込む。

「…クモ膜下出血…??お医者様になるための勉強かしら?」

「うーん……まあ、そんなものね。20代でもなる病気なのよ」

私は現在、医者になるため大学の医学部で勉強中だ。その大学はラプラス市外にあり、普段は一人暮らしをしている。

今は別の用事で実家に戻ってきていた。

「怖いんですのね…」

「そうね…でも大丈夫よ。年齢的にいえば、ノエルはなってしまう心配ないから。それより、ついに明日ね」

私の言葉に、ノエルの表情が強張る。

「ええ…緊張してしまってなかなか寝つけませんの」

ノエルの手をそっと握れば、指先が酷く冷えていた。

「…大丈夫よ、肩の力を抜いて。ノエルが今まで、明日のためにどれだけ練習してきたか、良く知ってるわ。その努力に、自信を持って」

ノエルの演奏技術、表現力は他の演奏者の追随を許さないものだ。家族の贔屓目なしに。

何よりその練習量は誰も真似できないだろう。

「ええ…信じなければできることもできませんわよね…明日は本当に お姉様も来てくださるの?」

「もちろん。久しぶりにノエルの演奏を聴きたいしね」

それが帰宅した理由でもあるのだから。
そういえば、強張っていた表情が和らぎ、笑顔にかわる。

「私、頑張りますわ!」

「楽しみにしてる。…さあ、もう寝ないと明日に響くわ」

「そうですわね…お姉様と話したら落ち着きましたわ。おやすみなさい」

「おやすみ、ノエル」


なぜ、私は前世の記憶を思い出したのだろうか。普通に生まれて、育つことはできなかったのだろうか。なんて、無意味なことを考える。前世の記憶があるせいで、私は他の人とは良くも悪くも逸脱していた。その私の異質さを、両親も言葉にせずとも厭っていた。

私はノエルの存在に救われていた。両親は私を見ていなかったが、ノエルは私を姉として慕ってくれたからだ。前世兄弟を欲しがっていたこともあり、私にとってノエルは可愛くて仕方がなかった。

明日はそんな、私の可愛い妹の大舞台だ。