走ることにしか興味がない(その割には、あまり結果は伴っていないようだった。)いわゆる脳筋の部類に入る幼なじみが、長年続けていた陸上競技を辞めたと聞いたときの衝撃は忘れられない。
 普段の言動からは想像がつかないけれども、彼が通うのは卒業生に東大進学者が多いことで有名な、小田原城徳高校だ。だから、てっきり、受験勉強に専念するのかとばかり思っていた。

「野球部に入った」

 まるで、「さっきコンビニでアイス買ってきた」とでも言うような、あっさりとした答え。
 野球部。小田原城徳高校の、野球部。あんなにも青春を注いでいた陸上を簡単に捨ててしまえるほど、野球に新たな情熱を見いだしたとでも言いたいのだろうか。

 いくら付き合いの長い間柄とはいえ、彼の全てを理解できる訳ではない。むしろ「何でそうなったの」と聞きたくなるようなことの方が、圧倒的に多かったりする。(元を辿れば、そもそも頭の出来が違うのだから、そうなるのは仕方がないのかもしれない。)

 幼なじみ――圭ちゃんは、我が強くて、頑固だ。ちょっとやそっとでは考えを曲げたりはしないし、あれこれ口出しされることを好まない。
 それを分かっているわたしは、彼の報告に対して「そっか」としか言えなかった。

 圭ちゃんが自分で決めたのなら、それでいいだろう。猪突猛進型の彼のことだから、真摯に「野球」に取り組むに違いない。勿論わたしも、応援するつもりだ。

 そっと目を閉じて考えてみる。でも、グラウンドで白球を追う姿は、なかなか想像できなかった。
 だって、記憶の中にある圭ちゃんは、100メートルを全力で走り抜けているままなのだから。

 下手くそな鼻歌を奏でながら、スマートフォンで新しいスパイクを見ている――新たな一歩を踏み出そうとしている幼なじみに向かって、「陸上をやっている時の圭ちゃん、かっこよかったのに」なんて告白できるほど度胸はない。

「がんばってね」

 そう告げると、圭ちゃんは照れたように「おう」と笑う。
 ほんの少しだけ寂しくなったのは、何故だろうか。痛んだ胸に気づかない振りをして、わたしも笑い返すだけだった。

ALICE+