あいをつたえる


寮の歩き慣れた廊下を進んで、目当ての部屋で立ち止まる。
もう目を瞑っていても間違えないかも、なんて。
とりとめのないことを考えてから、コツコツ、軽くノックすれば、ふた呼吸おいてそっと扉が開かれる。
迎えてくれるのはお風呂あがりの彼。

「おつかれさま」

私の短い挨拶に、ふわりと目元を緩めて招き入れてくれる。
部屋の奥、椅子の背に放ったままのタオルを見つけてくすりと笑ってしまった。

扉が閉まり切った途端、腕を引かれて正面から抱きしめられる。
腰に回って私を拘束する腕は見た目よりも逞しくて、本気で力を籠められれば太刀打ちできないことを知っている。
昼間は隠されている首筋が目の前にあるこの光景も、感じる腕の強さも、他の誰でもない自分だけの特権だと再確認して。
浅ましいとは認識しながら、けれどそうやって喜びを感じてしまうほどには、私は彼を独占したいと思っているのだ。

長い指先が顎を掬う。
仰のかされて、鼻先が触れ合う距離まで顔が近づく。
銀色の睫毛はマスカラを塗っているのかと思うくらい長くて、何度見たって見惚れてしまう。
…おりた影が白い肌に映えて、…ああ、なんて綺麗。

気怠い紫の瞳がいつもより少しだけ熱っぽい。彼のことをよく知らない人なら見逃してしまうくらいの変化だけれど、私を捉えるにはそれで充分だった。

さらにきつく抱き寄せられて、そのままくちづけられる。
顎を持ち上げ反らされたままの喉が呼吸を求めて、けれどその苦しさまでも気持ちいい。
触れるだけのキスがこんなにも色っぽいなんて、彼とするまで知らなかった。…今はもう、この熱無しには生きていけないとさえ思う。

僅かに離れた瞬間に短く息を吐きだせば、その呼気まで逃がさないとでも言うようにやわく下唇を食まれた。
離れようとした薄い唇を追いかけて今度は私から口を塞ぐ。
彼は押し付けるようなくちづけを受け止めたあと、顎を掬っていた指で すり、と喉を撫でた。
たったそれだけで私の喉はひくりと震えて快感が背筋を走る。…刷り込みとはかくも恐ろしい。
くらくらした頭のまま そろりと瞼を上げれば、私の行動なんてすべて見通した紫と目が合う。
悪いことなんて何もしていないのに、いたずらがばれた時みたいにどきりとした。

唇が離される。
最初から最後まで音もなく施されたくちづけに、跳ねた心臓の音まで聞こえてしまいそうで。目の前の首筋にたまらずぎゅっとしがみついた。

しばらくすると彼に声を殺して笑われているのがわかって、むっとしながら身体を離して顔を覗き込む。するとすかさず瞼に落ちてくる唇。
普段の眠たそうな目元からは想像できないくらい甘く蕩けた瞳は感情に満ちている。
そうでなくとも彼と視線で会話出来る身としては、その目を見るだけでもう情報過多だった。

溢れる思いに耐えかねて何度も何度も呼ぶ声が口をついて出る。

「棘」
「?」
「とげ……棘、とーげっ」

こうまで身体で、行為で、視線で…彼のすべてで伝えられるものを受け取ってしまえば、言葉の不自由さなんて私達にとっては瑣末な問題なのである。

「棘、」

また降ってきたくちづけを享受して身を委ねる。


「     」


――ほら、すべて伝わっているのだ。