先輩と駄菓子。
雲ひとつない晴天。日差しは燦々と、飽きることなく注いでいる。
「今日もあっっついねー!!」
「って言ってる華鈴先輩の笑顔が爽やかすぎるんですけど。何その肌?もしかして毛穴ないんですか?」
「毛穴はあるよ〜汗だくだくだもん〜。野薔薇ちゃんこそ、汗かいてても高潔っていうか、気高い美人さんだよね」
「やだ流石華鈴先輩、わかってるぅー!」
「…いや、汗かいてても高潔ってなんだよ…」
「あ"?なんか文句あんのかよ伏黒」
華鈴の一言から始まった野薔薇と伏黒の掛け合い。たんたん、と間を置かず繰り広げられるそれに、走り込んでいた虎杖が寄ってくる。その手には空になったペットボトルが。
「なぁ、そろそろ休憩しねぇ?俺ドリンクなくなっちまった」
「まぁそうね、日陰で休みたいし」
「たまには先輩たちも一緒に行かない?」
「もちろん!ちょっと待ってて、真希たち呼んでくるから」
虎杖の提案に一も二もなく頷いた華鈴は、丁度組手のキリがついたらしい同期のところへ駆けていく。暑さにやられて疲れていても、休憩となれば足取りは軽い。
「おっつかれー!そろそろ休憩しよっ!」
「しゃけ!」
「おう、飲みモンあいつらに買いに行かせるか」
「ああ、そのつもりだぜ」
1年生が既に集まっているのを見とめて、パンダがいつものノリを真希に投げる。相変わらず先輩権限の乱用だ。しかし今日はそれに待ったがかかる。
「あ、それなんだけど。たまにはみんなで自販機まで行こ?」
「ハァ?なんで私らが」
「いーじゃーん!今日珍しく1年生全員揃ってるから、たまにはお喋りしたいの!おーねーがーいーー」
腕にしがみついて駄々をこね…もとい、頼み込む華鈴。眉間に皺を寄せて拒否する真希に、パンダと狗巻から援護射撃が刺さる。
「まぁいいじゃねぇか真希、たまには」
「すじこ…」
「…… チッ…しゃーねーな、行ってやるよ…ったく」
「やったぁ!真希やっさしー!」
「いくらー」
「あっ棘待って!」
狗巻と2人で先に歩き出した華鈴が振り返って「真希も早く来てよね…!」と呼びかける。その声にひらひらと鬱陶しそうに手を振る真希。面倒臭いという態度を前面に出しながらも、その口角は上がっていて満更でもなさそうだ。パンダはにまにまと笑っている。
彼らが歩いてくる間、一連の流れを眺めていた1年組はぼそぼそと話し合う。
「真希さんて、意外と華鈴先輩に弱いんだな」
「真希さんがというより、2年の先輩全員だ」
「あの笑顔を前にしたら無理もないわ。ほら、アンタ達も私の笑顔に弱いでしょ?」
「いや、釘崎のは恐怖政治だろ…」
「いッ …だぁ!!なんで俺のこと殴るの!?今の伏黒だよね!?」
「アンタの頭の方が近くにあったのよ」
「…」
日常と化したそんなやり取りを合流した先輩に笑われながら、揃って自販機のあるピロティへと歩いていくのだった。
***
自販機の前に着くや否や、華鈴がビシッと1年生に指を突きつけた。
「みんないつも頑張ってるから、今日はあたしが奢ってあげる!」
「えっ、いんすか!あざす!!」
「華鈴先輩ほんと女神…!」
「お前ら遠慮とかねぇのかよ」
素直に喜ぶ虎杖と野薔薇。伏黒が呆れた顔で窘めるも、華鈴としては何が何でも奢りたいらしい。遠慮しないで、と何度か促され、伏黒も「それじゃあ…」と商品を選んだ。
後輩よりも小さな身体でこれでもかと先輩風を吹かせる彼女をパンダが揶揄う。
「華鈴太っ腹だな」
「ふふん、そりゃあ先輩だからね!これくらい当然のことよ!!」
「俸給は恵と変わんねーけどな」
「真希うるさい!!あたしの方がお姉さんだからいいの!!」
チャリン、ピッ、ガコン という普遍的な音の合間にやいのやいのと騒ぐ声が響く。この場に七海がいたら間違いなくピシリと注意されて、気温が5℃は下がるに違いない。
***
「繁忙期が終わったとはいえさ、こんなに人が揃うのは珍しいから今日すっごく嬉しいんだぁ」
柔らかな声でそう零したのは華鈴。ペットボトルを両手で抱え、満面の笑みで1年生に向き合っている。
雑談の合間に告げられたそれは、鼻の頭がむずむずとするような照れくささをもってピロティの日陰を抜けていった。
みな思うことであれど、それを仲間内で面と向かって言葉にするのは恥ずかしさが伴うものだが、そうした恥じらいを通り越して、いとも簡単に真っ直ぐ伝えてしまえるのが花織華鈴という人間だ。
ゆるゆると続く他愛もない会話と笑顔に、先刻まで何十回と投げ飛ばされていた野薔薇たちの疲れは溶けていく。
「はぁ…華鈴先輩といると癒されるわ…」
「なんか癒し系だよな!」
「(なんとなくわかる…)」
「癒し系…?かなぁ?真希にはよくアホだなって言われるけど…」
きょとんと首を傾げる様はなんだか幼く見える。
野薔薇は思わずポケットに入っていたものを差し出した。
「先輩ポイフル食べます??」
「…ガムもあります」
「あっ!俺も!俺もチロルチョコもってる!!」
「チョコ溶けてんだろそれ」
「えっ!?うわぁ…あ、じゃあラムネ!」
野薔薇のあとに伏黒、虎杖も続けて差し出せば、華鈴の目の前にはカラフルな箱が乗った手のひらが3つ。
「みんなすごい、お菓子いっぱい持ってる…!なんで…?」
「あー、休憩の時になんか口に入れないと腹減って耐えられなくて…たまに3人で交換したりするんだ」
「なるほど!…えっ、ていうか1年生仲良いね…?」
「自販機奢ってもらったから、お礼に先輩もどーぞ」
「えっいいの?嬉しい!ありがとう!」
ぱああ、と明るい瞳をさらに輝かせて喜ぶ華鈴。駄菓子でこんなにも喜んでもらえると思っていなかった3人は、先輩に対して失礼だとは思いつつ、小さな子供の相手をしている気分で接していた。
「あ。…あのさ、これ棘と分けてもいいかな?」
「狗巻先輩?もちろんっす!」
「やったぁ、みんなありがとう!!
… とーげー!ねぇねぇ棘聞いて!1年生がお菓子くれたの!一緒に食べよっ」
もらった菓子を手のひらで包んで狗巻のもとに駆け寄る華鈴。
少し離れたベンチに座っていた狗巻はいきさつを聞いたのか、1年生に向かって小さく手を振っている。多分お礼の意味なのだろう。その隣では華鈴が一緒になってぶんぶんと手を振っていた。
笑顔のふたりの周囲に花が飛んで見える。
「なんだあのカップル。可愛いかよ」
「狗巻先輩、普段あんな感じなんだなー。華鈴先輩と一緒でめっちゃ癒し系じゃね?」
「そーそー。棘のくせに可愛いんだよなこれが」
「普段の悪ガキっぷりはどこいったんすか」
「ま、華鈴にべた惚れだからな」
「なんかずっと見てられるな!」
上から野薔薇、虎杖、パンダ、伏黒、真希、虎杖の言だ。
狗巻と華鈴の周りだけ春の陽気のごとくぽかぽかとした空気が漂っているのが目に見える。
しばらくそうして眺めていたが、突然野薔薇が拳を握りしめてぷるぷると震えだした。どこからともなく聞こえたプチッという音とともに怒号が飛ぶ。
「こんの……リア充爆発しろォ!!!」
「あ、釘崎がキレた」
「いつものことだろ」
「オイコラ狗巻棘ぇ!ちょっとそこ代われぇ!!」
ダッと駆け出す野薔薇。虎杖が「え、そっち!?!?!?」と突っ込むが全力疾走で狗巻に突撃する彼女には聞こえていない。
「こんぶっ!?!?」
自分に向かって猪のごとく突進してくる野薔薇に気づいた狗巻は、びゃっと跳び上がってピロティの外へ逃げていく。そのままグラウンドで迫真の追いかけっこが始まった。
「おいこら逃げんなテメー!!彼氏だかなんだか知らねーけどよ!華鈴先輩独り占めすんな!!」
「お!か!か!ツナツナ〜」
「あっかんべー、って…小学生かよあいつ」
「なにあれ楽しそう!あたしも入るっ!!」
「えっなに追いかけっこすんの!?俺も入りたい!」
呆れる真希がため息をつくと、追い討ちのごとく華鈴と虎杖の声が響いて、間もなく駆け出した2人に更に頭を抱えた。
「あー…いいのかよ真希?これもう収集つかねーぞ」
「いいんじゃねえの。どーせそろそろ再開するつもりだったし」
「…(もうどうにでもなれ)」
雲ひとつない晴天。まだまだ暑さは続きそうである。
「…ま、たまにはこんな平和な日があってもバチは当たんねぇだろ」
山も落ちもなさすぎる…。