21、大人の評価を気にする


呼び声が聞こえて、目を覚ました。
だが、期待をしたわけじゃ、なかった。
俺なんかが来たところで、どうせ武器としての役割を期待されているわけでもない。
それどころか、この本丸では主が幼子ときた。天下五剣の価値も知らず、立場もないこの本丸じゃあ、こんな大柄な体躯はただ邪魔なだけ・・・


「大典太さんいますー!?」

「!?」


割り当てられた自室の戸がパシン!と勢いよく開き、黒と白の・・・鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎が姿を現す。
自分の世界に沈み込んでいたところへの突然の来訪者に目を白黒させている間にも、二振りは遠慮する様子もなく部屋へと踏み込んできた。


「誉スタンプたまった交換に、紺野に「夏っぽい道具」を頼んだんですよ。そしたら面白いものくれたから、貴方も来てくださいよ!」


言うだけ言って、ぐい、と左手を取られる。


「・・・俺も、貯めた。もうみんなで始めている」


そう言って鯰尾藤四郎よりは控えめではあるが、骨喰藤四郎も右手を取って引っ張ってきた。
・・・これは、自分の歓迎も兼ねて誘ってくれているのだろうか。
ならば断わるわけにはいかないか、とようやく状況を飲み込んで、二振りの力に合わせて立ち上がる。
満足そうな二振りの後ろ、戸の影からひょこりと顔を出している主―――べにの姿が見えて、その判断が正しかったことを知った。

二振りとべにの後ろについて広間に向かいながら、目の前の三つの小さな背中に視線を落とす。
・・・しかし骨喰の性格はまだわからないが、鯰尾がこつこつ貯められる性格とは知らなかった。
世話係として本丸を案内されたくらいの関係しかまだないが、目の前の誘惑につられて飛びつきそうなタイプだと思ったんだが・・・


「・・・その誉スタンプというのは、戦果による褒美のようなものか?」

「そうですよ〜。最近始まったんですけど、たくさん貯めると結構融通効かせてくれるんです」


結構我慢してたんですよ!と得意げに話す鯰尾の横で、骨喰も小さく頷く。
誉スタンプ、か。この小さな主がそんなことを考え付くとは思えないし、誰か他の者が考えたのだろうか。


「ま、俺より断然骨喰の方がスタンプの数は多かったんですけどね!」

「あぁ、そうだろうな」

「えーっ!?なんですかそれ!」


思わず口に出してしまっても、笑って気にするそぶりは見せない。
心に余裕がある証拠だな、と見定めながら、にぎやかな二振り(騒いでいるのは一人)の足元で、小走りについてくる主に目を落とした。
ちょろちょろと鯰尾に近付いたり骨喰に近付いたりと動き回るべに。
どちらもよく踏みつぶさないものだ、と感心していると、不意に振り返って見上げてきた主とばちりと目が合った。


「・・・たのしーね?」

「っあ・・・?あ、ああ」


当然のように自分の横に並び、あまつさえ手を握ってきたべにに、思わず戸惑いを覚えてしまう。
けれどその、少しこちらの反応を伺うかのような視線に、ほぼ無意識のうちについ手を握り返していた。


「こらこらべに〜。まだ見てもないものを“楽しい”は違うぞ〜?」

「・・・楽しいのは間違いない」

「まっ、そうだけどね!」


そんな小さなやり取りに気付いているのかいないのか、二振りは気にする様子もなくたどり着いた広間の扉に手をかける。
掛け声をかけるわけでもなく、当然のように同時に開いた扉は、中の様子を一気に自分たちの目前に広げて見せた。


「じゃじゃーん!俺は“かき氷機”を!」

「・・・俺は、“流しそうめん機”を」

「頼んじゃいましたあ!」

「・・・昨日、届いた」

「きゃー♪」


あっさりと手を放して走っていく背中に右手の行き場のなさを覚えるも、すぐに目の前に広がった情報の多さに目を瞬かせる。
向かって右には、“かき氷機”を囲む藤四郎の面々。色とりどりの液体や、一期一振がハンドルを回すと落ちてくる氷のかけらに全員が目を輝かせて釘付けになっている。
向かって左には、“流しそうめん機”とその他の面々。なぜかカーブのきつい流れの急なところからそうめんを捕ろうと箸を構えるのは、鶴丸と同田貫か。太郎太刀や大倶利伽羅は下でゆっくりと回るそうめんに箸を向けている。


「ほらほら、大典太さんはどっち派?やっぱこの暑さにはかき氷でひんやりでしょ!」

「・・・冷たさならそうめんも負けない。楽しさもある流しそうめんが、いい」

「い、いや、俺は・・・」

「べにも!べにも!!」

「べにはどっちにするー?」

「・・・・・・・・・!・・・・・・・・・・・・!!」

「あーごめんごめん!順番にやろうね!」


とてつもない難題を突き付けられたかのような表情になったべにに、鯰尾が慌てて提案する。
少し悩んでいたが、順番待ちの長いかき氷よりも先に流しそうめんをすることになり、見たこともない機械に目を輝かせるべにに一先ずフォークを与えた。


「べに、行くよー?」

「あい!」


上から流され始めたそうめんにフォークを構えるべにだが、目の前をほぼ絶え間なく流れていくそれを、せき止めることができても中々掬い上げることができていない。
だんだん難しい顔になっていくべにを見かねて手を添えれば、「できた!」と嬉しそうに報告されて思わず頬が緩むのを感じた。


「たのしーね!」

「・・・あぁ、楽しい、な」


「どれ、じいじとも一緒に取ろうな」と入ってきた三日月にその場を譲り、とりあえず自分の分に一杯分のそうめんを掬い上げて壁際へと向かう。


「悪いね毎回。準備大変でしょ?」


その時不意に耳に届いた声に、思わずそうめんを口に運ぶのを止めて耳そばを立てた。
この本丸の中で最も、審神者に近いその者の声だったから。
ちらりと声の方向を盗み見れば、案の定、加州清光が壁を背に広間を見つめている。
その肩に乗る黄色い毛玉が、返事をするように声を出した。


「対応が可能になったから開放しただけだ。大所帯になってくると意欲の低下も見られる傾向があるからな」

「でも、さすがにあの流しそうめんの道具は大変だったんじゃない・・・?」

「金銭的な面はあれの賞与から使っている。あれの賞与は本丸の、ひいてはお前たちの成果だ。希望する物を与えることは適当な報酬だろう」

「・・・そうだったんだ。べに、ちゃんとお給料出るようになったんだね」

「・・・・・・」


どういう会話だ?
まるで、べにが以前はただ働き同然だったかのような・・・


「あーっ!おおでんた、そんなところにいたんですね!」

「おお!どこにおるかと思ったわ!早くこちらへ来い!」

「!?」


不自然な会話に首を傾げたとたん、三条の二振りに見つかってしまった。
何て目ざといんだ、と戸惑っている隙に引きずられるようにして今度はかき氷の輪の中へと連れ込まれる。
少し後ろ髪が引かれる思いだったが、目が合ったとたんにぱっと顔を輝かせるべにや、笑顔でシロップの味を聞いてくる一期一振、味見を、と自分の分を一口ずつ分け与えてくれる藤四郎の面々―――
蔵の中では知りえなかった賑やかさと温かさに思わず目を細めて、―――湧き上がる見知らぬ感情に、ぐ、と胸元を掴んだ。










「・・・あいつのように、レア度の高い刀剣を見つければ、評価も上がり、多少の融通が利くようになる。せいぜい鍛刀にいそしむことだ」


飲み込まれるように輪に入っていった大典太光世の頭部を見ながら、自分も普段ああして巻き込まれているのか・・・と内心で頭を抱える。
気付かぬふりで何でもないことのように会話を続ければ、む、と加州が隣で眉根を寄せたのがわかった。


「・・・それ、本人には聞こえないとこでやってよね。あいつには、外からの評価が如何に無意味かってのを、これから身をもって知っていってもらうんだから」

「・・・わかった」


大典太光世の前評判は、ネガティブ、武器として扱われなかったことを恨んでいる、強い霊力で小動物を恐れさせる等で、あまりこの本丸に適切な刀とは言えない。
だが、大典太が来たことに気付いて笑顔を見せる様子や、他の藤四郎たちと同じように自分のかき氷を差し出す姿、戸惑いながらもそれを受け取る大典太を見て、それも杞憂かと思う。


“外からの評価は無意味”


つまり、この本丸ではあの子からの評価がすべて。
刀剣たちがこぞってあの子にかまうのは、それが理由か、はたまた・・・


「・・・ま、暗い話はこれくらい。ほら、俺らも行くよー!」

「!?お、ま、待て!“こんのすけ”の耐衝撃機能は・・・!」

「ちゃーんと受け止めてあげるかー・・・らっ!」

「っ!!???」


不意に明るい声に切り替えた加州に投げ飛ばされた身体が、本丸の中に浮く。
「オーラーイ」と大和守の声が、遠くで聞こえる。
肉体に戻った時の三半規管へのダメージを考えて、飛びそうになる意識をぐっと引き寄せた。
・・・意識なんて飛ばしたら、起きたときのあいつらの顔が、目に浮かぶようだから。


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