22、気を遣う
バカみたい。
「ほたぅ、まだぁ?」
甘ったるい声に、イライラする。
「蛍丸は大太刀やからなぁ。他のお人より時間かかるんですわ」
国行の言い含めるような言い方に、むかむかする。
「・・・?まだー?」
「・・・うるさいってば!あっちいってて!」
・・・ほんっとうに、・・・バカみたい。
「・・・なんであんなこと言っちゃったんだろ・・・」
リーリーと鈴虫の鳴く庭に立つと、はあああ〜〜〜・・・と深〜いため息が出る。
国俊とか国行がいたら、「辛気臭っさ!」って鼻摘まんで手をパタパタ扇がれそう。
ホント、バカみたい。自分の力が足りないことなんてわかってるのに、あんなちっちゃい子に当たっちゃってさ。
ズキズキ痛むのは、身体と、心と。
冷静になった今なら、・・・ううん、怪我した今だからこそ、自分がいかに無謀だったかがわかる。
顕現する前は感じたこともない“痛み”という感覚は、余計なことを考えずに自分の言動を振り返るにはピッタリだった。
目の前の“主”を見て、この本丸を案内されて、絶対活躍しなくちゃ、と何故だか強く思った。
手合わせで経験を積んでから、って言う世話係の国行に、無理を言って戦場に連れて行ってもらった。
・・・誉を取る自信まであったあの時の自分を、殴ってやりたい。
結果はご覧のあり様。自分の力を過信していた俺は、出陣してすぐの戦線であっという間に離脱を余儀なくされてしまった。
「初陣でここまでやられて帰ってくる子も久しぶりに見たよ」
まぁ今はべにの力も安定してきてるし、勉強にはなったと思うけど。と少し怒ったように言う加州も怖かったけど、心配そうにこちらを見るべにとも、何だか顔を合わせづらくって。
「・・・・・・・・・」
はああ〜〜〜〜・・・と、また大きなため息が落ちる。
ホント、原因は全部自分なのに。何であんな小さい子に当たっちゃったんだろ・・・
ていうかそもそも、大太刀だって喜ばれたことで舞い上がっちゃってたのがバカなんだよね。所詮練度がほとんど上がってない状態で、しかも身体の扱いに慣れたわけでもない状態で、国行たちと同じ土俵に上がれるはずもないのに。
ちゃんと手合わせで戦うことに慣れてからにしたらよかった。そうすればきっと、こんな風に中傷を負うことも、こんな気持ちになることだって―――
「・・・・・・・・・?」
ぐじぐじと巡る後悔の海に漂う視界の中で、すい、と目の前を小さな光が通ったのが見えた。
つられて顔を上げれば、いつの間にか、周りにはたくさんの―――蛍。
「キレイ・・・」
ほ・・・と光がともったかと思えば、ふ・・・と消える。
短い命の中で、必死に光って、消えて、また光って。
・・・この子たちが、俺の名前の由来になってるんだよね。
・・・・・・・・・あの逸話通りに、こんな傷、すぐ、治してくれればいいのに・・・
「なんや蛍丸。感傷にひたっとるんか?」
「・・・別に」
無意識に蛍に伸びそうになっていた手を、慌てて降ろす。
振り返らなくてもわかる声の主は、ジャリジャリと砂を踏みしめながら近付いてきた。
「そやなぁ。止めるんも聞かんと突っ走った挙句にイイトコも見せれんと大怪我して帰ってきたアンポンタンが、怪我の養生もせんと夜風に当たっとる理由が感傷に浸っとるんじゃあ、示しもつかへんもんなぁ」
「・・・っうるっさいなぁ!」
はーこらよっこいしょ。
こっちの怒った声なんか気にすることもなく、近くの岩に腰掛ける国行。
あふああ・・・とか間抜けなあくびまでして、こんな時間に、何しに来たんだか。
放っといてほしいのに、と涙のにじむ目を袖でこすったら、「赤くなると余計目立つでー」とか、言われちゃって。
・・・何でも御見通しとか、ホントヤダ。
「姫さんになぁ、“蛍丸は蛍を集めて傷を治すから、時間がかかるんやで”、てゆったんやわ」
「ほしたら、どないしたと思う?」とかため息をつく国行に、そんなことしてたんだ、と驚くのが半分。
「・・・まさか、」
「そのまさかや。“つかまえにいく!”って、真昼間っから蛍が捕まえられるわけない、ゆーたんやけどなぁ」
「・・・全然似てない」
両腕を振って口をすぼめて、べにの真似をしてるつもりなのかもしれないけど、全然似てない。
純粋すぎる主の考え方に、くらくらとめまいがしそうになった。
あれ、2歳くらいってそんなもん?大人の腹の探り合いを見続けてきて、俺ってもしかして汚れちゃってる??
「捕まえられんわかったら、今度は大泣きや。あーもー、何で今日に限って担当が自分なんか、引きの悪さを呪ったわぁ」
「・・・ほっとけばいいじゃん。俺だってもう時間さえかければ治るんだし」
「他ん子やったらそうしたかもしれんけど、蛍丸と愛染と、あの姫さんはまぁ、保護者みたいな立場やと思っとるからなぁ。そうもいかへんわ」
責任感みたいなその考えと、「怖い顔されてまうしな、」と言うそれが、半々ぐらいかもしれないけど。
それでも、昼間寝てばかりの国行が、こんな夜中にあくびをするくらいには。
「・・・・・・」
「あんまり気ぃ張らんでええねんで」
「・・・え?」
「自分みたいなんが許されとるんやで。蛍丸みたいなええ子が多少ヘマしたかて、誰も気にせえへんわ」
立ち上がった国行にポン、と頭を撫でられて、そのまま左右にカクカクと揺すられる。
「今日は天気もええし、蛍もいっぱい飛んどるし。いい子は寝る時間やで?」
そう言ってクルリと向きを変えて、中に戻ろうとする国行。
周りを見ながら「心なしか昨日までより増えとる気ぃするわ」とか言ってる様子に、気にして見に来てくれたんだってわかったら、またじわっと視界がゆがみ始めた。
・・・くそ。何か涙腺壊れてるみたいだ。
だって。
「・・・あんなこと、言っちゃった」
国行の背中に向かって、零す。
いちばん、気になってたこと。
加州に怒られたことより。手入れの時間が長いことより。負けたことより。
「あっちいって、なんて、たぶん、きらわれた」
「アホか」
「んなっ・・・!」
「嫌いな奴のために蛍集めようとするほど、器用な子やないで」
間髪入れずに否定されて、二の句が継げなくなってしまった。
主に・・・べにに嫌われたかも。
ずっとずっと、あんなことを言っちゃったせいで、ずっと、後悔していたこと。
「ええやん。歳が近いなら、仲直りの仕方も簡単やろ」
大人には難しいねんでーとか言ってあくびをする国行は、もう何かやらかしちゃってるんだろうか。
・・・でも、確かに。
簡単かどうかは別として、もし、嫌われちゃったのなら―――
「あのね、べに・・・あの・・・」
“ごめんね”、って。一言。
きっとべになら、仲直りしてくれる。
「ほたぅ」
凍り付く舌を必死に動かして、大きく息を吸い込んで。
・・・ただ、それは、べにの声にピタリと動きを止めた。
「ごぇんぇ?」
“ごめんね?”
「・・・な・・・んで、」
「蛍集められんかったから、蛍丸、辛いの長くなったやろうって。まだ大太刀がどうのとかはわからへんらしゅうて、ぜーんぶ自分のせいやと思っとるらしいで」
補足説明のように国行はそう言って苦笑するだけで、それ以上手を出すつもりはないみたい。
・・・ううん、きっとたくさん説明してくれたんだ。
今朝、早く起きたんでしょ。普段なら絶対あるはずの寝癖が、今日はついてない。
“保護者”だから?“世話係”だから?・・・わざわざ聞くまでもないことなのは、俺は、ちゃんと知ってる。
・・・・・・だったら、今度は俺が頑張る番。
べにのことも、国俊や国行のことみたいに、しっかりわかるようになるから。
だから俺が負けず嫌いで、褒めてもらいたがりで、自信家な性格なのも、ちゃんとわかってね?
「・・・なでなで、して?」
これは、俺の“仲直り”の合図。
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