26、自分で考える


新たな主は、幼い少女でした。
短刀たちと外を走り回り、打刀たちと散歩をし、太刀の足元を歩き回り、疲れれば眠る。
我が城と自由に歩き回る姿は溌剌としていて、見ていて気持ちのいいものです。
太陽のような命の輝きに満ち溢れる様は、争いとは無縁で。
初めて戦に送り出されたときは、私たちがこれから何をしてくるのか、知らないままの笑顔で「いってらっしゃい!」と無邪気に送り出され・・・思わず、同行の者に本当に戦にいくのか、確かめてしまいました。
いつまで・・・このまま、無垢のままでいられるのか・・・
この世界に身を置いている以上、いつかは知ることなのでしょうが・・・


「こーしゃん、ごほん、よんで!」

「べにさん・・・えぇ、私でよければ・・・」


・・・できれば今しばらく、このままでいてほしいものです。
機嫌よく走り寄ってきたべにから薄く、硬い書物を受け取れば、当然のように膝の上に腰かけられてしまいました。
当初は少し戸惑ったものでしたが、何度か繰り返すうちに慣れるものです。
べにさんに見やすいように絵本と呼ばれるそれを広げ、紙に対してほんの少ししか書かれていない硬い文字を静かに口にしました。


「・・・お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、そして兄弟10匹。僕らは皆で、14匹家族・・・」


ねずみの家族を題材に扱ったこの話は、もう何度も何度もべにさんにせがまれて読み返しているうちに、始まりの言葉が暗唱できるほどになってしまいました。
ですが、小さなねずみが何匹も、絵のどこに隠れているのかと目を皿のようにして探すべにさんは、飽きるという気配はないようです。
新しい発見があるたびに、そこを指差して嬉しそうに報告されては、こちらも付き合わないわけにはいきません。


「このこ、べにとおんなじー!」

「この子、ですか・・・?」

「いっしょ、したいの、べにも!」

「あぁ・・・成程・・・」


朝食を兄弟で取りに行く・・・その様子を、出陣する面々と重ね合わせたのでしょう。
それについていこうとする幼いねずみを、自分と重ね合わせたようでした。
・・・幼いながらも、着眼点は見事なものです。
登場人物の気持ちを汲み取ることができるのは、感性が豊かな証拠です。
・・・このことを、歌仙は知っているのでしょうか・・・彼なら、「雅だ」と喜びそうなものですが。


「この子ねー、かなしーのよ?」

「そうですね・・・かなしい・・・のは、なぜでしょう・・・?」

「だいじーね、おうちにわすえちゃったの!」

「えぇ・・・大事な人形を、忘れていってしまっていますね・・・」


言いたいことをくみ取って、正しく言い直す。
少しずつですが、上手に言えるようになってきているのを感じると、とても嬉しい気持ちになれます。
他の者に比べて、話すのがゆっくりな私の、特権ともいえるのでしょうか・・・。
話すこと、読むことに関する、師のような気分を味わえます。
ほんの十数ページしかない話なのに、一ページ一ページをこうしてじっくり読んでいくと、四半刻近くかかってしまいます。
それでもじっと座り続けられるのは、ひとえにこの本の魅力故なのでしょう。


「みんなでごはん!おいしーねー」

「えぇ、おいしいですね・・・」


最後まで読み終わると、お決まりの言葉。
にっこりと嬉しそうな笑顔を向けられれば、こちらも頬が緩みます。


「・・・べにさんも、書をたしなむことができるようになるとよいですね・・・」

「しょ?」


思わずぽつりと零した声が、べにさんに聞こえないはずもなく。
えぇ、と、べにさんにわかるようにと噛みくだく言葉を考えながら、慎重に言葉を紡ぎました。


「書物は心穏やかにさせてくれます・・・。もし、皆が忙しくても、貴方が退屈しないように・・・読み書きを覚えるのも、いいかもしれませんね・・・」

「んー・・・いい!」

「え・・・」

「こーしゃんの、しゅき!こーしゃん、よんで!」


・・・なんて、嬉しいことを言ってくれるのでしょう。
私のようなものの読み聞かせが、好きだと言ってもらえるとは・・・。
ですが、それではべにさんの成長にはなりません・・・。


「・・・誰もいないとき、どうするのですか・・・?」

「そんなことないもん!」

「・・・・・・」


これは、困ってしまいますね・・・。
こうなったべにさんを説き伏せるのは、かなり大変だと皆さんの様子を見て知っています。
正論を言っても、感情の前には歯が立たないものです。
・・・加州さんのように、べにさんの感情を読み取りながら、感情に訴えかけるように説得する力もありませんし・・・


「・・・もしねー、みんながおかぜひいて、ねちゃったらね?」

「・・・?」


困ってしまった私が、黙り込んでいる間に、少し時間が経ってしまったのでしょうか。
私よりも先に、べにさんの方が答えを出したようでした。


「そのときはねー、べにがごほん、よんであげゆ!」





―――あぁ・・・





「・・・?こーしゃん?」

「いえ・・・・・・では、みんなに読むために・・・文字のお勉強を、しましょうか・・・」

「いいよ!」


名残惜しくもゆっくりと身体を離し、最後に頭をゆっくりと一撫で。

この、愛おしい子を。


どうか、争いのない、平和な世界へ。


**********
参考絵本「14ひきのあさごはん」
back