27、我慢できる


昼間の蝉よりも、夕方のツクツクホウシの方が耳に残るようになってきたこの季節。
それでも午前中は日差しが強くて、扇風機の風を浴びながら子ども向けの教育番組をべにと一緒に眺めていた。
こういう番組って偉大だよな。こんなに暑いのに、テレビの中の子どもたちが踊り出すとべにも一緒に飛び跳ね始めるんだからさ。


『〜♪』

「〜♪!」


耳慣れない旋律も、べにはところどころながらも一緒に歌おうと声を出す。
時々どう!?とばかりにこっちを見てくるから、「上手いな〜べに!」と褒めてやれば益々楽しそうに腕を振り回す。
これだけ好きなら、踊りの才能あると思うぜ、ほんと。

短い歌はすぐに終わって、子どもの中心で踊っていた男女が『バイバーイ!』と手を振る。
べにが手を振り返しているうちに番組が終わって、パッと緑一面の公園らしきところが映し出された。


『みんな、何してるのかなー?』

『おにごっこー!』

『つぎはかくれんぼー!』

『残暑が続いていますが、子どもたちは元気いっぱい!今日は、○○公園にやってきました〜!』


見たかった番組が終われば、普段のべにはすぐに興味を失って本を読んだり、ままごと遊びをしたりする。
でも今回は子どもの声が耳に残ったのか、珍しくテレビを振り返った。


「おにごっこ?」

「鬼事のことじゃねえか?確か、捕まったら負け!って感じで外を走り回る遊びだったと思うぜ」

「やりたい!」

「!よーし、俺らに勝てると思うなよ!?」


目を輝かせるべにに、俺の目も負けないくらい輝いてたと思う。
いい加減、ぼーっとするのも飽きてきてたとこだったんだよな!










「皆、転ばないようにね」

「はーい!」

「わかってるって!」


いち兄のいつもの言葉を背中に、皆で庭に走り出る。
あの後暇な奴に声かけて回ったら、いい感じに短刀連中が乗ってきてくれたおかげで、鬼事には十分な人数だ。
べには走るっつってもまだ足元がおぼつかないから手加減するけど、短刀相手ならお互い全力だ。
いい感じに鍛錬にもなる遊びの中、夢中になって石にでも躓いたら危ないってことで、とりあえず池の周りは避けておいたんだけど。


足元がおぼつかないってことは、何もなくてもコケるようなことがあるってことで。


「んぎゅっ!」

「ぅえっ!?」


一体何に足を取られたのか、笑いながら前を走っていたべにが唐突にべしゃりと地面にダイブした。


「・・・・・・・・・」


シン・・・と、辺り一帯が静まり返ったのが、氷のように感じる。


「・・・・・・・・・・・・」

「だ・・・大丈夫、か・・・?」


多分、最初は何が起こったかわかってなかったんだろう。
地面に突っ伏したまま微動だにしなかったべには、ゆっくりと身体に力を入れていって。

やばい、泣、




「立ち上がれ!べに殿!」



「!?」


突然の大声に咄嗟にそちらを振り返れば、靴下のままこっちに走り寄ろうとしているいち兄の後ろ、縁側で山伏が仁王立ちをしていた。
怒っているわけではない。だけど、決して優しくはない表情で。


「お主は強い。これしきのことで涙を見せる必要はないぞ!」

「・・・・・・っ」


同じように、山伏の大声につられたんだろう。
地面に伏せたままでも顔だけ上げていたべにが、ぐっと唇を引き結んだのが見えた。
そのまま、両手を地面について上体を起こし、膝立ちから右、左と足を踏ん張って。
庭に降りた山伏が、立ち上がったべにの目の前に、立った。
べには、泣きそうに目に涙を、溜めたままで。


「・・・べに、ないてないよ。・・・つよい?」

「うむ!べに殿は誠に強き女子よ!」


豪快に、頭を撫でる。
朝、乱に綺麗に結ってもらっていた頭はぐしゃぐしゃだし、額には転んだ証拠の砂がついている。
だけど、嬉しそうに笑う、その強さが。
この少女を、純粋に美しく、輝かせているように見えた。


「・・・すげーなぁ・・・」

「それは山伏の旦那がか?それとも、べにが?」

「んー・・・どっちも、かな」


薬研の冷やかしも、大して気にならない。


ああなりたい。
べにを強く、美しく育てられる存在に。


ああなりたい。
どんなに不格好でも、美しく輝く存在に。


「・・・俺も山伏のところに弟子入りしようかな」

「・・・本気か?」

「なんだよ、可笑しいか?」

「いや、」


肩をすくめた薬研が、ニッとニヒルな笑い方をする。
・・・コイツ、ほんとこういう表情似合うよなぁ・・・


「丁度俺っちも、山登りについていってみたいと思ってたところでな」


薬研と顔を見合わせて数瞬、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべあう。
いち兄が頭を抱えるだろうな、なんて他人事のように想像したけど、それはそれ。
いち兄みたいに甘いのも嫌いじゃねえけど、俺らはやっぱ、どっちかっていうと“ヤンチャな少年”側なんだわ。
憧れのためなら、何でも全力だぜ!


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