29、見立てる


俺が顕現されたのは、秋の深まる寒くなり始めた時期だった。
世話役になった石切丸は「暑さの収まった、良い時期に来たね」とか言ってくれたけど、どっちかっていうと俺はこたつでぬくぬくできるのが楽しみだなって感じだ。
そう言うと石切丸はちょっと目をパチパチさせて、それから面白そうに笑い声を上げた。


「こたつを出すにはまだ早いね」

「やっぱり?あーあ、あの中でぐうたらしながらみかんを食うのが最高なんだけどなぁ」

「ふふ、君は明石と気が合いそうだね。まぁ彼はよく来派の友人に連れ出されるみたいだけど」

「俺はそうゆうのは・・・まぁ、居て三名槍仲間くらいなんだろうけど」


蜻蛉切はそういうこと笑って許してくれそうだし、日本号に至ってはどうやらまだこの本丸に居そうにない。
あとは俺と縁のあるやつはあんまりいないし、・・・そもそも、居て声をかけられたとして、俺がこたつの誘惑に勝てるかどうか。


「大丈夫。“そんなの雅じゃない!”って引っ張り出してくれる世話役が居るからね」

「えぇ?」


できれば誘惑に負けてたいのに、と俺が結構嫌そうなのを顔に出したのが分かったんだろう。
石切丸は上品にクスクスと笑うと、「歌仙兼定といってね、」と説明してくれた。


「より良いものを求めるのに、心血を注いでいると言っても過言ではない御仁がいるんだ。彼は最近色づいてきた山の景色をたいそう気に入ってるから、捕まったら紅葉狩りに付き合わされると思うよ」

「紅葉狩り、ねぇ・・・俺には、雅とかそういうの、よくわかんないからなぁ」


言われて外に目を向けて、ようやく山の色が緑じゃないことに気付いた。
山が点々と紅葉かイチョウか、いろんな色になってきてるのはわかるけど、それがどうきれいだとか、そういうのはちょっとよくわからない。
まあ、主はすごいちっちゃいから、俺がぼ〜っとしてても噂のそいつみたいに怒ったりはしないだろう。
何か怖そうな“歌仙兼定”の外見を勝手に想像して、ぐうたらしてるときには出くわさないようにしたいな、なんてちょっと考えた。










ま、基本戦に出てるとき以外ぐうたらしてる俺が歌仙の目に留まるのなんて、ほんとすぐだったんだけど。


「御手杵!また君はまったく・・・!少しはこたつから出て身体を動かしたらどうだい!」

「えぇ・・・?鍛錬はちゃんとやってるって」

「見るたびにそこに居る気がするのは僕の思い過ごしだと?」

「・・・・・・」


「そうじゃない?」なんて言おうものなら、怒涛の説教一刻半コースだ。
そんなにこもってるつもりないんだけどな、と心の中だけで言い返しながらもそもそと立ち上がろうとしところで、廊下からタトタトと小さな足音が聞こえてきた。
片足はまだこたつの中という中途半端な体勢のままでそちらを見れば、案の定小さな主がひょっこりと顔を出し、歌仙を認めてぱぁっと顔を輝かせた。


「かしぇん!みてー!」

「ん?どうしたんだいべに・・・おや」

「ごこちゃんとね、おさんぽ、したの!」

「あぁ・・・とてもきれいだね。見つけてきたのかい?」

「うん!きれいねー♪」


俺に向けてたのと180度違う表情で、歌仙が嬉しそうにべにから何かを受け取る。
興味をそそられて見える位置まで近付けば、俺に気付いたべにが、さらに何かに気付いたようにまだ持っていたそれと俺を交互に見て、ぱっと顔を上げた。


「!おてぎねとおんなじね!」

「え?・・・あぁ・・・」


見せびらかすように差し出されたのは、赤く染まったもみじ。
確かに、俺の服は赤いから、もみじと同じ色だ。
よう気付くなあ・・・なんて子どもの素直な感性に感心して頷いたけど、「そうだな」なんてそっけない返事をするのも悪いよな。
でも、なんか気の利いた返しを思い浮かべる暇もなく、それだけ言うとべにはまたどこかに走って行ってしまった。
あー・・・まぁ、頭を捻ったところで俺には思い浮かべられないだろうから、興味を失ってくれるならそれでいいんだけど。


「・・・僕が草花を見て綺麗だなんだと言っていたら、べにの方から持ってきてくれるようになったんだ」

「へぇ・・・」


べにからもらったもみじをクルクルと回して、「押し花にでもしようかな、」とか言う横顔は結構幸せそうだ。
おんなじ、と言われただけでもみじをもらえなかった身としては、ちょっとうらやましいな、と思ったりしなくもないんだけど、もみじをもらったところで歌仙のように押し花にできるわけがない。
どうしたものかと悩むくらいなら、もらわない方が無難か。


「・・・?」


なんて、自分を納得させていたら、廊下の向こうからまた、足音。
また来たのか?と首を覗かせれば、案の定べにがまた手に何かを持って走ってくるところだった。
なんだ、まだ他にも見せたいものがあったのか?


「ほら!」

「え?」


もうべにの相手は歌仙に任せて、どさくさに紛れてまたこたつに戻ろうかな、なんて思って引っ込みかけたところに、ずい、とべにの手が差し出された。


「おてぎねのいろ!いっしょよ!」


一生懸命差し出すそのちっさい手には、秋らしくくすんだ・・・けどカラフルな何かが摘ままれていて。


「これね、ふくね、これね、ふくね?これね、・・・んと、・・・!」


もみじを俺のインナーに当てて、服。緑のままの葉っぱを上着に当てて、服。
そして、何の変哲もない枯れ葉を見せて・・・俺の頭に当てた。


「ね?おんなじねー♪」





「」




何にも、反応できなかった。

どんな顔をしていいかもわからなくて。


「?」

「べに様ー?」

「あ、はーい!」


俺の反応に首を傾げたべには、向こうから五虎退に呼ばれて、走って行ってしまった。
残された俺の頭の上から、カサリと枯れ葉が落ちる。
ただの枯れ葉だ。頭の上に乗ったら、普通だったらすぐに払い落とすだけだ。


「・・・言葉もない、かい?」

「・・・俺の頭じゃ、こういうときなんて言ったらいいのかわかんねえや」


嬉しいのか。それとも、感動したって言えばいいのか。
でもなんかどっちも違う気がして、口にする気にはなれない。
ただなんか・・・、胸がぎゅっとする感じだけはわかった。


「あの子は、とてもいい感性をもつようになってくれた。たくさんの雅なものに触れ、感性を磨いてきたおかげだ」


床に落ちた枯れ葉を拾って、さっき歌仙がやったみたいにクルクル回しながら眺めてみる。
選んできたのか、虫食いも破れもなくて、綺麗だ、と思える。
多分、地面にこれが落ちてても、俺は気付かず踏みつけて歩くだろう。


「ただの枯れ葉を、こうも雅なものに見せるんだ。素晴らしいと思わないかい?」

「うん・・・



でもまぁ、俺はいいや」


気の抜けた言い方になってたのか、歌仙がずっこけるように身体の力を抜く。
変なものを見るような目でこっちを見下ろす歌仙をヘラリと見上げて、三色の葉っぱを床に並べた。


「こうやって、べにに教えてもらえるしな」

「・・・まったく。それを贅沢と言うんだよ」

「はは、確かに」


さあ、今後の悩みはこれをどうするかだ。

日差しが当たって意外とぽかぽかと温かい縁側で、結局俺は眠くなるまで三枚の葉っぱを眺め続けた。


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