30、表情を読む


「えっ!?この子が大将!?入る懐狭すぎ・・・!」


開口一番思わず口をあんぐり開けてそう言っちゃったら、「そういう反応は初めてだねー」と近侍だった加州さんに笑われた。
後から聞いた話、このとき、加州さんはすごく機嫌がよかったら許してもらえたけど、・・・結構俺、命の綱渡り的な状況だったらしい・・・











せっかく少し寒くなり始めた時期で、大将の懐に飛び込むにはもってこいの時期だったんだけど。


「可愛いのはいいんだけど・・・入る懐もないんじゃあ、ちょっと寂しいものもあるよね・・・」


一通り本丸の説明を受けて、次の予定が入るまで、と自由時間をもらった散歩中。
プラプラと当てもなく廊下を歩きながら、はぁ、と小さくため息をついた。
我らが大将の懐はとっても小さくて、どんなに大目に見ても俺の方が断然大きい。
理想としてはダッシュで突っ込んでも「おっと、どうした?」とか言いながら力強く受け止めてくれる胸板か、純粋な瞳ですり寄ったら温かく微笑んで迎え入れてくれる柔らかい胸がいいんだけど。
これは、べにさんが大きくなるまで我慢かなぁ・・・


「はぁ〜あ・・・」

「何だい、顕現早々辛気臭いため息ついちゃってさ。何かあったのかい?」

「あ、次郎さん」


フラフラ歩いていたら、いつの間にか広間や厨のある母屋から、それぞれの部屋がある離れの方まで来てしまっていたらしい。
スラリと襖が開いて顔を出してきた気さくな人に、そんなに人と関わることが嫌いではない俺も「実は、」とすぐに話し始めた。


「ここの大将って、まだ小さいから。俺が懐に入れるようになるのは、まだ先だなぁ・・・って」

「あー。成程ね。確かに大きさで言われちゃああの子はこの本丸で一番小っちゃいさね」


案の定深刻に受け止めることもなく笑い飛ばしてくれた次郎さんに、話すだけでもすっきりするなあと思って一緒に笑う。
悩み事があっても、笑ってみるだけで実はそんなに大したことじゃないんじゃないかって思えてくるから不思議だよね。


「何さ、待てないってため息ついてたのかい?」

「うーん・・・だって今から寒くなる時期じゃない。せっかくチャンスだったのに、ちょっと寂しい気もするなぁって」

「そんなことなら、ほら」


ちょっと女々しいかな?と明後日の方を見ていたら、次郎さんから衣擦れの音が聞こえて振り向く。
すると、そこには両腕を広げて懐に入れてくれる姿勢の次郎さんが。


「丁度中で火鉢に当たってたんだ。温かいよ?」

「〜〜〜っありがとうございます!」


その笑顔に思いっきり甘えて、理想通りに思いっきり突っ込んでみた。
「おっと、」なーんてたたらを踏むこともなく、当然のように受け止めてくれた次郎さん。
もうっ最高!次郎さん大好き!頼もしい胸板がカッコイイ!心の中でちょっとだけオネエさんなんて呼んでてゴメン!もうこれは毎日ここに通うしか・・・


「・・・・・・」

「・・・不満そうだね?」

「あ、ご、ごめんなさい・・・なんか、違うような・・・」

「まぁ、アタシは所詮刀だからねえ。人の身を得ても、主のそれとは違うのかもね」


次郎さんの言う通り、自分の想像していた“人”とはどこか少し違う。
何が違うかは、言葉で表すのは難しい。
そもそも自分も人の身を得てからは誰かの懐に入るのは初めてなわけだし、刀の時と感覚が違って当たり前なのかもしれないけど・・・
あえて言うなら、ぬくもりが違う?ような・・・


「アタシじゃ力になれそうにないねぇ」

「あ!ごめんなさい、せっかく気を遣ってもらったのに」

「いいんだよ。ま、そんなに気を落とさないこったね」


軽く頭を下げながらお礼を言えば、次郎さんはヒラヒラと手を振って部屋の中へ戻っていく。
襖が閉まったのを確認して、今度は襖の向こうに届かないように小さくため息をついた。
そうかぁ〜・・・同じ刀剣男士じゃあ、駄目なのかぁ・・・
でもこの本丸で刀剣男士以外って言ったら、ちっちゃな主と、・・・あ、そういえば何だか妙に睨み付けてくる紺野さんという人も、一応人間か。
・・・うーん・・・でも彼は懐に入るとかそういう問題じゃないしなぁ。できれば潜り込む相手は人型であってほしい。ていうか人間のくくりでいいのかな機械じゃないよね??

多分さっきよりも難しい顔をしながら、やっぱり当てもなくふらふらと歩き回る。
今度はいつの間にか母屋の方に戻ってきていたみたいで、広間から聞こえるべにさんの楽しそうな声につられて、思わず襖を開けていた。
こっちに気付いて顔を上げたべにさんは、遊び相手が来たと思ってかパッと表情を明るくし―――でも、すぐに不思議そうに首を傾げた。


「しやのくぅ、かなしー?」

「え・・・俺、そんなに顔に出てた?」

「えぇまぁ・・・辛気臭い来客だと思うほどには」


辛辣な宗三さんの言い方にちょっと傷ついたけど、次のべにさんの言葉に、そんなことは一気に吹き飛んだ。


「ぎゅってしてあげゆね!」

「え?ぎゅ?」

「はい!いーこいーこ♪」


飛びかかるように近付いてきたべにさんに促されて膝をつけば、頭を抱え込むようにして抱きつかれる。
状況が分からず、瞬きをすること数回。
じわりじわりと、腹の底から湧き上がってくるような、得も言われぬ充足感に―――懐に入れてもらっていることに気付いた。
思わずちょっと泣きそうになって、誤魔化すようにぎゅう、とべにを抱きしめる。


「どうしよう・・・すごく、イイ・・・!」

「アンタそれ、声だけ聞いたらちょっとヤバいよ?」

「!次郎さん?」

「ちょっと心配で追いかけてみたけど・・・、出る幕なしで解決しちゃったみたいだねぇ」


よかったよかった、と安心したような声が後ろの上の方から聞こえてくるけど、今の俺にはそっちを振り返る余裕がない。
あぁ・・・敵うならばこの至福を永遠に・・・


「はい!おーしまい!」

「えっ!?」


唐突に終わった。


「な、なんで!?もうちょっと!」

「だーめ!」

「そ、そんなぁ・・・」


ガックリ。ほんとそんな効果音が付きそうなくらい一瞬で落ち込むと、「はい!」とまた、声がかかる。
目に涙を浮かべながら、え?とそちらを見上げれば。


「つぎは、べにね!」


それだけ言うと、また。
突進するような勢いで飛びかかってきたべにさんが、今度は俺の胸元に顔を埋めてきた。


「あっははは!そっちの方がしっくりくるかもねぇ」


最初、どうしたらいいかわからなかったけど、次郎さんの笑い声ではっとなって、小手が付いていないことを確認してから、恐る恐る、簡単に両腕に収まってしまうサイズの背中に手を回してみた。


「・・・しばらくはそっちでいいんじゃないかい?あんたら短刀が懐に潜りたいのは、概ね主を一番近くで守りたいとか、そういう本能みたいなもんなんだろ」

「あぁ・・・そういえば薬研もそんなことを言っていましたね。戦うための刀と、守るための刀の考え方の違いでしょうか」


本能。守るための刀。

・・・そうか。


「・・・俺、まだ刀のつもりだったんだね」


次郎さんは守りたい相手じゃなかったから。懐に入っても満たされないのは、当然だったんだ。
でも、懐で、守らなくてもいい。使われるのを待つだけじゃない。
守れる、二本の腕がある。動ける、身体がある。


「べにさん!いつでも僕の懐に飛び込んできてね!」

「?うん!」


これからは、ちゃんと。
“俺”を全部使って、君のことを守るよ。


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