32、安心させようとする


顕現されて、初めに聞くことは決めていた。


「ここに兄者は来ていないか?」

「あい、じゃ?」


聞く相手を間違えたことは、何よりも先に理解できたが。
子ども。・・・子どもか。


「べに、初めて会ったら自己紹介、だろ?」

「あっ!べにです!よおしく、おねがいしますっ!」

「んで、俺っちが当面の世話役、薬研藤四郎だ。お前の兄者はまだ来てないが、まぁ宜しくな」

「・・・ああ。よろしく頼む」


世話役も子ども・・・とはいえ、こちらは神気を感じる。
ということはやはり、霊力の源のこの幼子が、主なのか。
あまり好ましくない事情がありそうだ、と言葉を飲み込めば、「あいじゃってなーに?」と幼子・・・主が首を傾げて聞いてきた。


「兄者は俺の兄弟刀で、源氏の重宝なのだ。その・・・少し天然なところがあって、忘れっぽいところもあるが・・・その分おおらかで、細かいことは気にしない。勿論切れ味は抜群で、腰反りが高く優美な刀なのだ」

「・・・おー、こりゃ長くなりそうだな。本丸の案内をしながらでいいか?」

「ああ、構わんぞ」


苦笑して「ついてきな、」と部屋の戸を開ける薬研に、べにが後ろからついていく。
けれどその視線がこちらをじっと見ていて、話の続きを促しているのだとわかった俺は少し嬉しくなって意気揚々と話し始めた。


「兄者は何度も名前を変えられている。それはそれだけたくさんの逸話があるということ。兄者のすばらしさはその名前それぞれの由来を知ればわかるだろう。まずは“髭切”の名前だが―――」










「―――というわけで、兄者は元の“髭切”の名前になったのだ」

「お、丁度いい。ここが最後の案内先、大広間だ。大抵はここでのんびりやってるか、飯食ってるかだから、暇ならここに遊びに来るといいさ」

「あぁ、わかった。・・・だが兄者の話は、ようやく名前の由来を伝え終わったところなのだがな・・・」

「・・・まぁ、べにもお前さんの言ってることをすべて理解できるわけじゃねえからな。ほどほどにしておいてやってくれや」

「む・・・」


これは、柔らかい言い方ではあるが、いい加減にしておけということか。
確かに自分でも、こんな幼子相手にべらべらと話しすぎてしまったかもしれない。
途中、首が痛いだろうと腕に抱えたはいいが、そのせいで話から逃げる機会もなくしてしまっていたか・・・
申し訳ないことをしたな、と反省してチラリとべにの顔を見る。
何の興味もない、冷たい目でも向けられていたらと思うと確認するのも勇気が要ったものだったが・・・
結論から言うと、どうやらその心配は無用だったらしい。


「べにもあにじゃ、ほしい!」


キラキラとした目でそう言われ、ほっとするのと同時。


「む?兄者は俺の兄者だ。誰かにやれるような方ではない」


口をつくように、思わずそう返してしまった。
「仲の良いことだな」と薬研に笑われ、流石に大人げなかったか、と反省はするも、やはり兄者は俺の兄者であり、べにの兄者にはなれない。
ぷくりと膨らんだ頬は不満を表していることが明らかで、どうしたものか、と眉間に指をあてた。


「・・・俺では、駄目か?」

「・・・?」

「俺も、源氏の重宝だ。名前も何度か変えられていて、その一つ一つに逸話はある。兄者は俺の兄者だが、俺は誰の兄者でもない」


嬉しかったのだ。兄者の話を、目を輝かせて聞いてくれて。
嬉しいのだ。兄者を望んでくれたことが。
自分が、少しでも兄者の代わりになれるのであれば。


「俺が、お前の兄になろう」




「おや、しんざんものがぜいたくなことをいいますね」


べにに向けて言った言葉はしかし、別の方向から返答が返ってきた。
棘のある言い方にそちらを振り向けば、似たような背格好の・・・短刀たちだろうか?がこちらを睨むようにしていた。
・・・俺はまた、何かやらかしたのだろうか?
現状が理解できずに薬研に視線で助けを求めても、苦笑するばかりで助けようとはしてくれない。
どうしたものか、と先ほどよりも緊迫感のある苦悩を覚えていると、桃色の髪を持った短刀が意を決したように立ち上がった。


「べに様の兄様は、いち兄です!」

「・・・?何だ、そのいち兄とやらはそんなに心が狭いのか?兄が二人いてもいいだろう」


特に、特別なことを言ったつもりはなかった。
だが彼らにとってその案は、目から鱗だったのだろうか。暫し固まっていたかと思えば、突然こちらに突撃してきて、思わず一歩引いてしまった。
だが彼らの狙いは、俺の腕に収まっている、彼らの主。


「あ、あの、べに様・・・!ぼ、僕も、べに様のお兄ちゃんでも・・・い、いいですか・・・?」

「いーよっ!」

「僕も!あ、でもおねーちゃんも捨てがたい・・・!」

「ぼくもにいさまですよ!べにさまのたよれるおにいさまですからね!」

「・・・!おにーちゃ、たくさん!」

「はい!みんな、べに様のお兄ちゃんです!」


きゃあっと周囲で甲高い歓声が上がる。
巻き込まれた形だが、なんとも平和な光景に不快感はない。
目を輝かせるべにを「よかったな、」と一撫でして床に降ろそうとすると、待ったをかけるように服の襟の辺りをぐいと掴まれた。


「ひざにぃは、おにーちゃいないの、かなしー?」

「む・・・いや、悲しい、と言うより、・・・寂しい、の方が正しいかもしれん」


普段なら、決してそのような言葉を口にすることはなかったろう。
だが、べにに教えるためという名目を得ることにより、するりと自分の心を自覚することができた。
兄者がいなくて、俺は今、どう思っている?


「・・・そうだな。俺は今、寂しいのだ」


周りが賑やかなうちは、気にすることもないだろう。
だがきっと、一人になれば。


「おにーちゃ、みつけよーね!」


まるで、こちらの心を見透かしているかのような、言葉。
寂しいことなんか何もない、そう言わんばかりの笑顔に、自然と笑みが浮かんできた。


「・・・ああ。頼りにさせてもらうぞ、主殿」


この本丸は、きっと兄者も気に入るだろう。


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