35、相手の出方を見る
「・・・うん、これはいいね」
少し前に仲間入りした蜂須賀がそう言い始めたのは、テレビに慣れていろいろな番組を見るようになって少しした頃だった。
歌仙と話が合うようだったから、雅なもの好きなんだろう。
そんな奴が気に入る番組は何なんだろうな?と興味本位で後ろから覗き込んでみた。
「・・・?なんだこれは?どうなってるんだ?」
その映像は、どこかの庭園を映していた。
なかなかに広い場所だ。ここも相当広いとは思っていたが、この庭には劣る。
だが問題はそこではなく、番組でも取り上げられているらしい、木。
「これはこの縄に吊られているのか?それとも縄を伸ばしているのか?ん?木の成長を止めるために押さえているともとれるな・・・」
「鶴丸・・・まったくあなたという人は・・・」
真作なのですから、と口には出さない辺り、弁えているというか何というか。
どうやら俺を目上だと思っているらしい蜂須賀は、それ以上余計なことは言わずに「木を守っているそうですよ」と簡単な説明をしてくれた。
「木を?何からだ?あんなスカスカじゃあ、だれでも通れてしまうだろう」
「相手は人や獣ではありませんよ。雪という、自然災害です」
「ほお」
「雪深い地域に伝わる古来からの方法で、ああして縄で枝を補強することで、雪の重みで木が折れてしまうことを防ぐんだとか」
「へぇ・・・そんな技があるのか」
そう言いながら、庭の見える方に視線を向ける。
最近の急な寒さで、障子は冬仕様のそれに姿を変えた。
まだ早い、と外に雪の気配はないが、先日までは見事だった紅葉も今はあっさりと姿を消している。
葉も落ちて、寒々しい姿になった木々にこの縄の装飾が加われば、なるほどそれはいい風物詩になるだろう。
「いいと思いませんか。今年の冬は寒い、雪も多そうです。枝が痛んで悲しい思いをする前に、うちもこうして対策を・・・」
「えぇ?必要か、それ?」
思わず、といった風に声を上げて、やっちまった、と言わんばかりに口に手を当てる。
やっておいてなんだが、これは俺じゃないほうがいいと思うんだがな、と思いながら小芝居を続けた。
その出来は・・・まぁ、蜂須賀の表情を見る限り、なんの問題もなさそうだしな。
言ってしまったものは仕方ない、と肩をすくめながら、もう一度庭に目をやる。
確かに庭の木が縄で吊られていたらその景色は面白いだろう。皆でわいわいと作業するのは楽しそうだ。驚きの幅も広がる。
だがそれに今、安易に乗るわけにはいかないんだ。
「ここは現世じゃなんだ。やろうと思えば天候はある程度操作できるし、困るほどの大雪などないだろう」
「う・・・で、ですがこの土地はこの風情ある伝統を廃れさせないようにと、雪が少ない年でも職人が大勢集まってこの作業を行っているのです。人々が協力して作り上げる作品とも言えるのですよ」
「数百年も前から受け継がれている文化を素人が真似事したところで、何になるとも思えんがなぁ・・・ま、好きにするといい。俺には何の決定権もないからな」
少し冷たいともとれる態度で、ぽいと話題を投げ捨てる。
わかりやすく動揺を露わにした蜂須賀に、言い方がよくなかったかな、と今度は本気で苦笑した。
「え・・・そ、それは」
「あぁ、勘違いするなよ?別にすることを否定しているわけじゃない。ただ、誰がこの本丸の主かを間違えるなと言っているんだ」
俺には向いてない、と自嘲する。
蜂須賀がべにを主と中々受け入れられず、苦しんでいることは知っていた。
真作・贋作を気にするあまり、俺たちのような歴史や由緒のある刀を立てて物事の決をとろうとする癖を知っていた。
俺たちを説き伏せれば主を通したも同じ、そう取れなくもない言動に何とかしなければ、と意見を交わしていたのは俺たち当事者だ。
三日月ならそれとなく自分を相談相手に選ばせなくするだろう。
石切丸はやんわりと諭すのがうまい。
一期一振だと正座して滾々と三時間説教コースかもしれんが・・・
―――俺には、向いてない。
俯いて黙り込んでしまった蜂須賀に、もう少し何とかならなかったのか、と自分にため息をつきたくなる。
まぁああもはっきりと自分の落ち度を指摘されて、不機嫌になるなというほうが無理な話だ。
しかしこれ以上どう取り繕うこともできんな、と頭を掻いて、「べにならさっき厩で太郎太刀の手伝いをしていたぞ」とだけ言い残してその場を後にした。
結局その後蜂須賀が厩に行った気配もなく、やはり俺には向いてないな、と肩を落としたのだが。
―――数日後。目立たない場所に植えてある小さな植木が何本か縄に吊るされているのを見かけて、こりゃまずい、と息を呑んだ。
大がかりなことをするならば、全員に通達がないはずがない。蜂須賀が勝手にやったのか。
別に、男士たちが好きなことをするのを咎められるよな本丸ではない。だが、主と男士が不和のまま、男士が勝手に動き出すのは・・・
慌てて蜂須賀を探しながら、悪い予想が勝手に未来を描き始める。
いやいや、そうなると決まったわけない、とその考えを振り払いつつ急ぎ足で本丸中を歩き回って―――いた。
「・・・これが毎年この時期に見られたら、良いと思わないかい?」
実際やって見せたのだろうか。足元の植木は縄で結ばれていて、誰かに勧めているらしい。
根回しでもしているのか、とその相手を確認しようと首を伸ばし―――慌ててそれをひっこめた。
「・・・?わかんない!」
「う・・・た、試しに数本だけでもこの状態のまま一冬越してみたらどうだろう?実際雪が積もってみないとわからない様子もあるしね」
「いーよ!じゃああそぼ!」
「え・・・う・・・うん・・・何を、しようか・・・」
べににとって、そんなことはどうでもいいのだ。
彼女にとって今重要なことは、蜂須賀が話しかけてきてくれたことであり、彼が遊んでくれる相手かどうかを見極めること。
蜂須賀の手を取ってどこかへか走り出したべにの背中を目で追って、ほう、と肩の荷が下りるのを感じた。
「・・・あれは練習作か」
思い返せばなるほど、テレビで見たものに比べて不格好だと思わなくもない。
けれど今べにに見せていたらしいものをよく見れば、確かにいい出来だと頷けた。
「・・・思ったより素直な奴じゃないか」
もっと渋るかと思った。苦手なものからはとことん離れるものかと思っていた。
だが一声かけただけで、自分で考え、行動した。
―――これは育てがいがありそうだ。
じわりと頬が緩むのを感じながら、その場を後にする。
―――いたずらを繰り返す鶴丸に蜂須賀が怒鳴り込んでくるようになるのは、まだ少し先の話。
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