36、飛び出す
「今日は演練だよー。はりきっていこーね」
肩に紺野を乗せた加州が、今日の分担を書いてある版をヒラヒラさせながら全体に声をかける。
人数が増えたために希望制では回らなくなってきて、加州が順番制を取り入れてくれたのは少し前の話だ。
持ち回り制の近侍とは違う、一括管理がいいだろうということで加州が買って出てくれたが、加州の自由時間は目に見えて減っていた。
この前それを指摘したら「最近引っ込み気味で暇してたしね」と片目を瞑ってみせていたが、・・・実際、審神者がその仕事をするのが普通だもんな・・・
だがこれができるようになるには全員の名前を知ってるだけじゃあ話にならねえ。
練度、疲労度、前回の出陣からのスパン、更には隊全体のバランスから出陣先の選択まで。
結構頭使わねえとなんねえから、簡単に「代わろうか」とも言えねえしな。
「最近演練相手も練度上がってることが多くなってきたから、今日はこっちも高めでいくね」
お、と期待で気持ちが前を向く。
最近周りとのバランスだとかで、ひっこめられることが多くなってきてたんだ。
「まず、隊長は五虎退。修行に行きたいなら、しっかり強くなっておいで」
「はっはい・・・!ありがとう、ございます・・・!」
「大太刀に石切丸」
「わかった」
「太刀は小狐丸と鶴丸」
「拝命いたします」
「任せておけ」
「脇差は堀川」
「お手伝いなら任せて!」
「打刀は宗三で・・・」
「えぇ、わかりました」
「同田貫」
「わかった」
呼ばれた順に返事が上がり、焦らされたもんだが最後に名前が呼ばれ、意気揚々と返事をする。
腕が鳴るぜ、と皆について前に出て、・・・人数が一人多いことに、気が付いた。
ん?と首をかしげたのもつかの間。
薄く微笑んだ加州が隣にいたべにの背中を押して、俺の前に立たせる。
べにも目を輝かせてこっちを見上げていて。
「べにのこと、よろしくね」
そういやあお守り係がいるんだっけか、と気づいた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「なんで俺がお守り係なんだよ・・・!せっかくの演練なんだ、交代で戦わせてくれてもいいじゃねえか!」
「し、申請したメンバーじゃないと、だめなんですぅ・・・!ふぇっ・・・こ、今回はおっ、お願いします・・・っ!」
隊長としての責任か、五虎退が必死になって俺をなだめようとしているのがわかって居心地が悪い。
そんなことわかっちゃいるんだ。だけど期待した分落胆も大きかった。
「何ですか貴方、べにのお相手をさせていただくのが嫌だとでも?」
「っ・・・そういうんじゃ、ねえけどよ。演練は・・・」
「そんなこと、思っているのは皆同じでしょう。それとも、自分だけよければそれでいいのですか?」
「ぐ・・・」
はぁ、とあからさまにため息をつく左文字とは、普段から馬が合わないとは思っていたが・・・向こうが正論だとこうも癇に障るのか。
けど、久しぶりだったんだ。イメージだけじゃねえ、相手と戦えるってのが。
検非違使がこちらの練度に合わせて編成を組んでくるってのがわかって、俺と同程度の練度の連中がいないから下が上がってくるのを待てって言われて、大分経つ。
鬱憤が溜まってんだ、と思っても、みな同じだと言われてしまえばそれまで。
俺が来たばかりの頃のように、毎日のように出陣できる人数じゃない。
そう思うとそれ以上言葉が出てこないし、下手に口を開けば情けないことを言いかねない。
くそ、と自分の気持ちに折り合いをつけて、すぐ隣でこちらを見上げているべにに目を落とした。
べにはこちらを見上げていたらしく、じっと見つめてくる目とかち合う。
癇癪を起していたのを観察されていたのかと思うと居心地が悪くて、誤魔化すようにため息をついた。
「・・・わーったよ。今日の俺の相手はお前な」
「・・・!たぬ、いこ!」
目を輝かせて手を差し出すべにに、今はこうなのか、と少し驚きながら手を伸ばす。
そもそも演練会場に来ること自体が久しぶりで、前にべに係をやったときはまだ抱っこでずっと過ごしてたんだ。
いつの間にか人混みでも自分で歩いて回るようになったんだな、と少しばかり感慨深く感じながら手をつないで、さらに驚く。
前に繋いだのはいつだったか。最近は一人で好き勝手動き回ってるから、そうそう手を繋ぐなんて場面もなくなってはいたが。
・・・でかくなってる、よな。
確か、俺の指二本なんて、つかめなかったはずだ。小指一本だけ握りこまれて、何かの拍子に明後日の方向に倒されて折れるんじゃねえかと思った覚えがある。
今は、俺の人差し指と中指を握りこんで、まだ余裕がありそうだ。
「・・・?どーしたの?」
「・・・走るんじゃねえぞ。こけたら俺がどやされんだからな」
「?うん!」
真っ直ぐ見上げられてどう返せばいいかわからず、適当に小言を言ってみせる。
少しきょとんとしながらも元気に返事をして歩き始めた・・・のはほんの数舜。
突然不意にパッと走り出したべにに、不覚にも一歩出遅れてしまった。
「・・・は!?おい、ちょ、待て!」
何を見つけたのか、べには人の隙間をスルリスルリと縫うように走っていく。
さっき大きくなったと実感したばかりとはいえ、所詮は童。同じように走ろうとしても当然のごとく人垣に阻まれ、その間にもべには外へ―――
「っお・・・っ!?」
ヒュン、と隣で風を切る音が聞こえた。
べにより大柄といえど、周りからしたら小柄な体躯が、人垣を縫う。
普段の様子からは想像もできない機敏さで、誰とぶつかることもなく、速度を緩めることもなく。
「っべに様・・・っ!だ、だめです!めっ、ですよ・・・!」
あっという間にべにを捕まえた五虎退に、思わず「おぉ・・・!」と感嘆の声が上がってしまった。
「えと、ですね。その、こうして・・・こう、べに様に指を握ってもらったら、残りの指で手の甲の辺りを握りこむようにするんです。べに様、気になるものがあるとどうしても行きたくなっちゃうみたいなので・・・」
こうやって、とやってみせる五虎退に手をつかまれながらも、べにの目は次の獲物を狙うかのようにあちこちをキョロキョロと探っている。
成程、これは油断ならない。
はぁ・・・というため息が聞こえてきたのは、五虎退から手の握り方を教わっていたときだった。
「握らせるだけでべにに全幅の信頼をおけると思ったのですか?」
さすがにカチンときた。
なんだよ、喧嘩売ってんなら買ってやるぞ!?
「っあのなあ!知らなかったんだから・・・!」
「例えばこの場に刺客がいたら?例えば、歴史修正主義者が現れたら?」
「・・・は?」
突拍子もない例えに、思わず勢いが削がれる。
何言ってんだ、という顔をしていたんだろう。宗三もきまり悪そうにふいと目を逸らすと、吐き捨てるように続けた。
「・・・別に、平和ボケしてても構いませんけどね。何かあったとき、べにの傍に誰もいないとか、守れないとか・・・馬鹿、みたいじゃないですか」
「・・・・・・」
「・・・とにかく。よろしくお願いしますよ」
少し頭を冷やしてきます、と部屋の外へ向かう宗三。
半ば呆然とそれを見送っていると、入れ替わるように堀川が近づいてきた。
「・・・宗三さんこの前見てたドラマで、子どもが道路に飛び出して死んでたんですよ」
それが今のとかぶって見えちゃったんじゃないかな、と小声で言う堀川も、困ったように笑って宗三を見送る。
確かに、ここに車はない。だが、今みたいに突然走り出されては、その先何かがあっても守れない。
守ることと過保護は紙一重だと、前に山伏が言っていたか。
どこまでに手を出して、どこまでを自由にするか・・・
考えようによっちゃあ、普通に演練で戦うよりもハードな仕事なんだな、と頭を抱えた。
とりあえず今日は、このちっこい手を絶対に離さないことを、任務としよう。
**********
握り方は自分が親にされていた方法です。車の通るところでは絶対に自由にされませんでした。
back