37、勘違い


「寒くなると、猫はこたつで丸くなるとは言いますが・・・」


広間の襖を開けた小狐丸は、火鉢で暖められた空気が外へと逃げることも忘れ、思わずそう口走る。
その視線の先にはこたつ。齢千年を言われようかという宝刀たちが、こぞって欲しがり誉ポイントを寄せ集めて購入したものだ。
その四辺は毎度醜い争奪戦になるのだが・・・ある一振りがその一辺に収まるだけの様子に、小狐丸はこてりと首を傾げた。


「狐も丸くなるものなのですね。どれ、私も共に丸くなりましょう」


暖かい空気が逃げていくことにか、はたまた場を共にすることにか。
ゆらりとこたつ机から頭を上げながら小狐丸をじろりと睨み上げる眼光に、なるほどこれが誰もいない理由か、と内心で小さく頷いて素知らぬ顔で布団の中に足を入れた。
最近は練度が上がったことで、一人で遠征を任されることが増えた。
この時期の遠征は風も冷たいし乾燥で髪も痛む。その上今日の遠征先は雪まで降っていて、身体が凍えているのだ。
場の相手の機嫌が多少悪かろうが、このまま回れ右をするつもりは毛頭ない。
できる限り机に身体を密着させて、熱源をカバーする網に直接手を当ててなるべく近くで暖をとる。
暖かい部屋に入ったというのに息が冷たいように感じるのは、身体の芯まで冷えているからか。
手が温まってきた頃に自身の頬を触れば、その冷たさにふるりと背が震えた。


「おぉ、冷たい・・・」

「・・・・・・」


先客はしばらくその様子を見ていたが、小狐丸が居座るつもりであると察すると、小さくため息をついて腰を上げた。


「・・・それで、どうしてそのような不機嫌に?」

「・・・・・・」

「ここで席を外されると、まるで私が追い出したかのようで居心地が悪い。よければ、温まるまで話くらいは聞きましょう」

「・・・・・・」

「・・・そういえば、お供の狐はどうしたんです?」


いつもなら、こちらが話しかけずとも一匹でキャンキャンと喋っているのに。
あれがいるのといないのとでは意思疎通の出来が違うのに。
そう思って名前を出すと、先客―――鳴狐の面に隠された顔が、彼にしては本当に珍しくはっきりと歪んだのがわかった。

―――珍しい。


「・・・喧嘩でも?」

「・・・・・・」


フルフル、と首が左右に振られる。
浮かしかけた腰を下ろしたのだから話す気はあるのだろう。
黙ってじっと俯く鳴狐を身体を温めながら待っていると、「・・・さっき」と久しぶりに聞いた声が耳に届いた。


「修行から帰ってきて・・・べにに会いに行った」

「ほう」

「新しい戦装束を見せたくて・・・」

「かわいらしいですね」

「・・・・・・」

「すみません、続けて」


またじろりと睨む鳴狐に、言動に気を付けなければ、と自戒する。
今日の鳴狐は沸点が低い。


「・・・この耳のことを、言われた」





『きつね、おしっぽふえて、かぁいい!』

『ありがとうございます!』

『なきぃも、おみみ、かぁーいいねぇ!』

『・・・うん』

『なきぃ、きつねみたい!』

『・・・え』

『おお!べに殿、鳴狐の名前をはっきりと発音できるようになったのですね!ささ、もう一度!鳴狐、ですよぅ!』

『ん?』

『はい?えぇと、ですから、鳴狐、と』

『なき、ぎつね?』

『おお、そうです、そうです!よかったですねぇ、鳴狐』





「よかったではありませんか。愛称もいいですが、やはり正しく名前を呼んでもらえるのは格別」

「・・・・・・」

「・・・それで、何が?」

「・・・せっかく正しく名前を呼んでもらえても、意味が」


はぁぁ〜〜・・・とまた机につぶれる鳴狐に、これは重傷だ、と温まって痒くなってきた足をこっそりと動かした。





『・・・何か、変』

『なきぃ、きつね?』

『鳴狐?』

『・・・べに、名前は?』

『なき!』

『・・・こ、これはもしや・・・鳴狐が“なき”で、わたくしめが“ぎつね”・・・我々合わせて“鳴狐”だと思っておられるのですか!?』





「・・・それは・・・また、」


正直、よくそれを察せられたなといったところかと小狐丸は感心した。


「いつも、一緒だから。呼ばれて返事するの、キツネだし」


でも自分が一人で居ても“鳴狐”と呼ばれるし、キツネは鳴狐のこと、“鳴狐”と呼ぶし。
ぼそぼそ、ぶつぶつと項垂れたまま呟く鳴狐に、さて身体も温まったし、いつ立ち去ろうかと画策する。
普段皆で取り合いをするほどの魅力あるこたつではあるが、この落ち込んだ空気はなんとも居心地が悪い。
必要であれば相手の機嫌など歯牙にもかけることはないが、寛ぐには不似合いなことこの上ないのだ。
何か、何か・・・ときっかけを探して耳を澄ませていると、ふと遠くで。


「―――ふむ。どうやら、面白いものが見られそうです」

「・・・?」

「あの甲高い声はお供のキツネ。話す相手はべに様の他にも短刀・・・いや、粟田口がかなり揃っているようですな。何かをべに様に説明しているのか・・・」

「・・・うそ」

「この小狐の耳を疑うのですか?信じられないなら行きますよ、ほら」


立ち上がろうとしない鳴狐の腕を引き上げて立たせ、襖を開ければ外の冷気に晒され身がすくむ。
けれど、より鮮明に聞こえてくる内容にこれも安息のため、と身を奮い立たせた。


「―――から、わたくしめはお供のキツネ!鳴狐は、彼そのもので鳴狐なのですよぅ!」

「二人で一つ、なんじゃなくって、あっちが本体なの!」

「少し言い方は悪いけど、お供のキツネはおまけ!ほら、おもちゃのおまけにお菓子がついてたりするでしょ?」

「お、おまけ・・・えぇえぇ、今はひとまずそう思っていても構いません!とにかく、鳴狐は鳴狐なのです!」


首をかしげるべにに、これでもかと言葉を投げかける粟田口の刀たち。
あの中のどれかがべにの琴線に触れればよし、という感じなのだろう。


「何とも、胸の熱くなる話ですね」

「・・・・・・」


ひっそりと鳴狐に話しかけても、返答はない。
ただその様子を食い入るように見つめる様子に、そっとその場を離れた。
小狐丸の心には二つ。
もうこれ以上言葉は必要ない、という思いと。


「(これでようやく穏やかに温まれる)」


広間まで軽い足取りでいそいそと戻り、さて、と襖を開け。


「なっ・・・」


何という短時間でか、すでに埋まってしまっている四辺に、思わず目を疑った。


「いやはや、よくやった小狐丸。今回はお前に権利がある。そら、今剣の隣に座れ。あそこならまだ隙間がある」

「なにをいうんですかみかづき!ここだっていっぱいです。それをいうなら、きょうひばんのいしきりまるがでればいいでしょ!」

「おやおや、僕は先ほど入りに来たばかりだったんだよ?岩融、君午前中も入っていたじゃないか。もうちょっと遠慮してもいいんだよ?」

「がっはっは!儂はお主らよりも外で童どもと遊ぶことが多い。隙間の時間を縫って身体を温めることの何が悪い。それよりも三日・・・」

「えぇい、お前ら全員こたつを使う権利などないわ!出ていけ!」


いつもの醜いこたつ争奪戦。
ぎゃいのぎゃいのと押し合ううちに身体が温まってくるのも、いつものことなのだ。
まあ先よりはこれのほうが、とかすかでも思ったことに小狐丸はぶんぶんと頭を振る。

狐も猫も関係ない。
こたつは至上。これが絶対なのだ。


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