38、あの手この手を尽くす


朝起きて、身支度を整えて、真っ直ぐにべに様のお部屋に向かう。
今日は近侍の日。起きた時から寝る時まで、堂々とべに様のお傍にいられる日。
廊下はとても寒いけど、もうみんな起きだしているし、建物全体が温まってくるのももう少し。
ほぅ、と白い息を吐きだして、べに様のお部屋の襖をスラリと開けた。


「おはようございます、べに様。朝ですよ」

「んん・・・」


べに様の寝起きはそこまで悪くない。
一声かけてから火鉢に火を入れて、朝の光を入れるために外への障子を一枚引いてガラス戸に変える。
パッと入ってきた光に思わず目を細めて、それから、大きく目を見開いた。


「うわぁ・・・!真っ白ですね・・・!」

「・・・?」


思わず声を上げてガラス戸を引けば、部屋のぬるい空気が一気に逃げて、同時に足元にいた虎さんたちも外へと飛び出す。
庭に降りた虎さんたちは、まるで溶けてしまったかのように、黒い模様だけがあちこちを飛び回っているようだった。


「・・・なぁに?」


思わず手を止めてそれに見入っていると、毛布をかぶったべに様が少し警戒した様子で後ろから覗き込んできた。
寒いんだ、と慌ててガラス戸だけ閉めて、虎さんたちが入ってこれなくなることに気づいてまた少しだけ開ける。
その間もべに様の視線は外にくぎ付けで、そういえばべに様がしっかり雪を見るのってこれが初めてなのかな、と記憶を巡らせた。


「・・・これは、“雪”って言うんです。とっても白くて冷たくて・・・あっ、きれいですよねぇ・・・!」

「つめたい?おいしー?」

「お、おいしくはないです!食べちゃダメですよ!」


慌てて首を振っても、べに様の首は傾げられたまま。
その視線の先には五匹の仔虎が白い雪玉になったり、雪をハグハグと食べていたり・・・
あぁ、確かに食べたくなっちゃうかも、とちょっと頷いたら、べに様がばっとこちらを振り向いた。


「べにも!」

「えっ!だ、駄目ですよ・・・!おなか痛くなっちゃいます!」

「とらちゃんたちも、いたいいたい?」

「あの子たちも・・・あんまりいっぱい食べると痛くなっちゃいますぅ・・・」

「おさんぽも?だめ?」

「お散歩?・・・あっ、そっち・・・」


そうか、私もしたいって、遊ぶことだったんだ・・・
自分の勘違いにかかかと顔に熱が集まっていくのを感じて、冷えた両手で頬を冷ます。
でも、外に行くならまず着替えないとだし、朝ごはんも・・・あぅ・・・でも、そうしているうちに雪がなくなっちゃったら・・・


「・・・だめ?」

「え、と・・・あ、じゃあ、長靴と上着と・・・手袋・・・あっ、それから、帽子!持ってくるので、ちょっと待っててくださいね!」


寝巻の上からでも、とりあえず暖かい恰好をしていけば大丈夫・・・なはず。
両手を突き出して待ってて、と言えば、虎さんたちの方を名残惜しそうに見るべに様。
それでも小さく「うん・・・」と返事をしてくれたのを確認して、慌てて外用の服を取りに行った。
正直、あんなに遊びたそうなべに様が、そんなに待てるとは思えない。
最近大きくなったべに様の衣装ダンスから外用の防寒具を引っ張り出して、玄関に長靴を取りに走った。


「あ、あれ・・・?」


でも、玄関に長靴は見当たらなくて。
どこかの縁側から戻ってそのままだったのかな、と首をかしげながらぐるりと思い当たる縁側を当たっていく。
中々見つからない長靴にあれ・・・?と思いながら結局部屋まで戻ってくれば・・・案の定、べに様は我慢しきれなかったようで、庭で虎さんたちと真っ白になって転げまわっていた。


「えっ・・・あ、あれぇ・・・?」


でも、その手には指の分かれていない手袋。毛糸の帽子は耳が隠れるかわいい形で、もこもこの上着はべに様の体型を少し大きく見せている。
そしてその足元には、今まで探して全然見つからなかった、ピンクの長靴が。


「え・・・えぇ・・・?」

「あ、五虎退。そっか、入れ違いだったんだ」


ごめんごめん、と片手をあげるのは、加州さん。
わからないことだらけでなんだか泣きそうになりながら一生懸命考えていると、「遊びたいだろうと思って」と加州さんがべに様をいとおしそうに見つめながら話してくれた。


「朝起きたら銀世界だったからさー。べに、遊びたいだろうなと思って。この前買った雪用の上着とか持ってきたんだけど・・・多分、俺がここに向かうあたりで五虎退が出て行っちゃったんだろうね」


タイミング悪かったね、とポンポンと頭をなでてくれる加州さんに、ようやく納得がいく。
急いでいたからよく考えなかったけど、確かに自分が出した手袋も帽子も、秋用のもの。
雪の中をお散歩するくらいの気持ちでいたからこれでいいかと思ったけど、虎さんたちと遊びまわる姿を見ていると・・・


「・・・やっぱり、お母さんってすごいですね・・・!」

「・・・え?」

「僕、もっとべに様のことわかってあげられるように、頑張ります・・・っ!」


ぐっとこぶしを握り締めて決意を露わにする。
僕だって、“古株”と言われていいくらいの初期メンバーなんだ。
・・・べに様と一時でも離れるのはさみしいけど、しゅ、修行だって・・・!


「・・・そ。だったら、一緒に遊びに行ってあげたら?このまんまだと、虎たちの方がべにの親友になっちゃうよ?」

「・・・!長靴、とってきます!」


優しい声にはっとして、慌てて玄関まで走っていく。
ちっとも朝ごはんを食べに来ないことを不審に思った燭台切さんが様子を見に来て、溶けた雪で水浸しになっている僕らを見てお風呂の準備をしに行くのは、もう少し後の話。


**********
back