40、自分で考える


しんしんと、静かに雪が降り積もる。
大粒の牡丹雪は、この冬が温かい証拠。
それでも皆、白い息を吐き、鼻を赤くしながら忙しなく本丸の中を走り回っている。
もうすぐ年越し、今は年末。
日本文化の古き良き時代の刀剣たちは、人間と共に暮らす中で染みついた習慣を協力して再現している最中なのだ。
曰く、大掃除、三が日料理の下拵え、門松作り。


「おてぎねー、それなぁに?」

「おお!?そんなところにいっと踏みつぶしちまうぞ!」

「べに様!危ないです、少し離れますよ!」


その足元をちょろちょろと動き回るのが、我らが小さき主。
普段なら可愛らしい後追いも、高いところの拭き掃除や忙しさに周りが見えていない時など、足元をよく見ていないときは危険が大きすぎる。
今も大きな荷物を持った御手杵に比喩ではなく踏みつぶされそうになったのを、慌てて離れさせるほどには今日の本丸は危険だった。


「頼むぞ平野、お前くらいならまだ視界に入るけど、べには本当に踏みつぶしそうだ」

「ええ・・・わかってはいるんですが、どうやらべに様も、皆を手伝いたいみたいで・・・」

「べにも!」


そう言って得意げに手を出す先には、御手杵が一抱えする、言い換えればべに様と同じほどの大きさの段ボール箱が。
御手杵と二人、思わず目を見合わせた。


「・・・手伝わせてあげたいのですけれど、多少、無理があります・・・」

「あー・・・多少どころか、絶対無理だろ・・・」

「そんなことないもん!」


ぷくぅ、と頬を膨らませるべに様に、さてどうしたものかと腕を組んで考える。
手伝わせてはあげたい。折角やる気があるならば、是非やってもらいたい。
けれど、その身の小ささと、精神の幼さが邪魔をするのだ。
掃除は基本、上から順番に行うもの。つまり、背の高い面々が上のほこりを落としてからでないと床掃除には取り掛かれない。
厨はバタバタしていて危ないからと、入れてももらえなかった。
そして、どの作業をやるにしても途中で飽きてしまい、遊びに変わってしまうのが最大の難点なのだ。


「流石に厨で遊んでもいいとは言えませんし、門松作りも作る端から崩されては・・・と思うと」

「うーん・・・」

「お?こんなところで溜まって、何してんだ?」


そろって頭を悩ませていると、獅子王がはたきで肩をトントンと叩きながら近づいてきた。
多分広間が終わって、各部屋の掃除に取り掛かるところなのだろう。
話しかけながらもさほど重要とは思っていないのか、足を止めることなく通り過ぎようとする獅子王。
それに待ったをかけたのは、ピン、と何か思いついたかのように表情を明るくした御手杵だった。


「おー、獅子王。丁度よかった、この門松の材料を門の前に居るやつらに渡してくれねぇ?」

「え?そりゃあいいけど・・・どうするんだ?」


ほれ、と段ボール箱を渡すついでのようにはたきを奪われて、キョトンと目を丸くする獅子王。
それと似たような心境で御手杵の動きを見ていると、御手杵ははたきをべに様に渡し、その体をひょいと頭上に持ち上げた。


「きゃあ♪」

「ほれ、これで手伝えるだろ」

「あー♪ぱたぱたする!」

「おう、頭ぶつけんなよ」


そう言いつつも御手杵も膝を曲げながら鴨居をくぐっていき、べに様は「あそこ!」と箪笥の上に狙いを定めている。
成程、これなら遊びと手伝いが一緒になって、べに様も飽きることはないだろう。
自分には真似できないけれど、これはいい手だ、と学ばせてもらっていると、「・・・ずりぃ」と隣から低い声が聞こえてきた。


「おい、御手杵ばっかずりぃじゃんかよ。俺もべにを肩車・・・」

「ぶふぇっ!?」

「「あ」」

「ぺっ、ンふぉっ!?おい、べに!ぶはっ、ちょ、やめ、いーんだよ俺は!」


突然奇声を上げ始めた御手杵の顔には、べにによって何度もはたきが叩きつけられている。
多分、棚の上が綺麗になったとみて、次の目標物を探したんだろう。そして彼女の眼には、目の前の棚から落ちてきた埃をかぶった、御手杵の頭が。


「あー・・・荷物、門だったよな。じゃあ、頑張れよ!」

「・・・・・・」


華麗に手のひらを返して去っていった獅子王の背中を見送り、目の前の惨事をどうしたものかと考える。
御手杵の頭の上は、自分にとっても(物理的に)手の届かない位置にあるのだ。


「ぱたぱた!ぱたぱた♪」

「やめろってー!」

「・・・・・・」


まぁ、楽しそうだし。
もう少し見守っておきましょう。






結局わいわいぎゃあぎゃあとやっている間に他の部屋のはたきは他の皆で終わらせていたらしく、気のすむまで棚の上と御手杵の頭を交互にはたいていたべに様はようやく出番だとばかりにぞうきんを握り締めた。
固く絞ったそれを「こうするんですよ」と畳の目に沿って動かせば、習うように膝をついてぞうきんを動かし始める。


「そうそう、上手ですね」

「うん!」


足と手の速度があっていないから、拭き残しは山ほどあれど、本人の達成感はかなり満たされたらしい。
後を追うようにぞうきんをかけながら、時折振り返って弾けんばかりの笑顔を見せてくださるべに様に笑顔を返していれば、一部屋の雑巾がけが終わるのはあっという間だった。


「すごいですね、べに様。もう一部屋終わってしまいました」

「べに、いいこ!」

「はい、素晴らしいです」


褒められたことにか、自分が綺麗にしたのだという達成感からか、ぴょんぴょんと飛び回って喜びを表現するべに様。
特に物が散らかっているわけではないとはいえど、八畳間。途中で飽きて、遊びになると思っていたのに。
・・・いつの間にか、集中力もついてきているようですね。
自分の予想よりもさらに成長している主の姿に、ならば、と一つの願いが生まれた。


「・・・べに様、少しだけ、お時間をいただいてもいいですか?」

「?」


走り回って止まる気配のないべに様を引きとどめ、ぞうきんを受け取ってバケツに入れる。
続く手でべに様に正座してもらい、自分もその向かいに腰を下ろした。
そして、大きく息を吸い込んで。


「・・・主君。一年間、ありがとうございました。来る年もどうぞ一同、よろしくお願いいたします」


口上を述べて、深々と頭を下げる。
たったこれだけのこと。それでも、誰かの膝の上ではなく、べに様たった一人に告げたかった言葉。
きっと年明けは、皆がこぞってあいさつに来たがる。年納めのこの時期、皆がバタバタしている時期だからこそ、近侍は主と二人きりになれる時間がある。
けれど、たったこれだけとはいえ、べに様がじっと話を聞いてくれる自信がなかった。すぐに立ち上がって、どこかへ行ってしまうのではないかと。
今も、頭を上げればもういないのではないかと。こちらを見ていないのではないかと。
早鐘を打つ胸を感じながらそろりと頭を上げれば、―――驚愕。


「―――はい、こちらこそ。よおしくおえがいぃましゅっ!」

「・・・!」


―――侮っていた。

我らが主は、乾いた土のごとく我らの教えを受け取ってくれる。
そればかりか、自分で考え、言葉を選ぶようにまでなっていた。


「・・・貴女は、自慢の主です」

「んふふー♪」


御手杵以上に埃をかぶっている小さな頭を優しく撫で、飛び込むように抱き着いてきた温かい身体をしっかりと抱きしめる。


「・・・さあ、次はご自分のお部屋を掃除しに行きましょうか」

「はーい!」


あまり独り占めしすぎても、他の方たちに悪いですしね。
名残惜しくも腕を解放し、バケツを持って部屋を出る。
楽し気に飛び跳ねながら部屋に向かうべに様の背中を追いながら、自分の頬が緩むのを感じた。
・・・まぁ、この幸せは近侍の特権と思って、享受させていただきましょう。


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