41、習慣づく


甘酒には麹から作るのと、酒粕から作るのがある。
酒粕から作るのは、文字通り酒の搾りかすから作るわけだから、アルコール分は多少なりとも残る。
作るときに多めに火にかけたりすれば、割と飛んだりするんだけどね。
俺が好きなのは当然、アルコール分の多いやつ。
云百年生きてるっていうのに、見た目が子どもだからって飲ませてもらえなくても、甘酒ならって目をつぶってくれることも多いしね。
同じような理由で、御屠蘇も好きなんだけど。


「なにのんでうのー?」

「ん?いつものだよ」

「べにものむ!」

「はいはい、ちょっと待ってて」

「や!ふどーとおんなじの!」

「わかってるって」


このちょっとわがままな主のせいで、最近はほとんど麹の甘酒しか飲まなくなってしまった。
とぽとぽとべに用のコップに自分のコップから中身を少しだけ移して、フーフーと息をかけて冷ましてから「はい、」とべにに差し出す。
「熱いからね」と忠告しておけば、前に舌を火傷したことを思い出したようで、すぐに飲もうとするのを止めてフーフーと息をかけた。
それからゆっくりとコップを傾けて飲み、おいしかったのか嬉しそうな顔で「ぷはー!」と誰かの真似をしてみせる。
その様子に思わず吹き出して、こちらを見上げるべにの頭を一つ撫でてやった。


「おいしい?」

「おいしー!」

「そりゃあよかった」


へへへ、と笑うべににこちらも笑みをこぼしながら、中身の少し減った自分のコップを傾ける。
鼻に抜ける甘さと、他では味わえない絶妙な風味。
うん、うまいとしっとり味わっていると、「アルコールが入ってないのにその顔かい」と廊下の向こうから笑い声が聞こえてきた。
振り返れば、いつの間に来たのか、ひらひらと手を振る次郎太刀の姿が。


「次郎さん」

「あんたの対応も様になってきたもんだねぇ」

「・・・まぁ、あれだけ懇切丁寧に説明されればね・・・」


顕現した当初、わりと酔っぱらった状態で掲げた酒粕の甘酒のコップは、即座に次郎太刀に取り上げられた。
何するんだ、と取り返そうとすれば、一瞬で中身を飲み干されたうえで、即座に正座・説教のコンボ。
名乗る暇も、ましてや酔い続ける余裕もなく、早々に素面へと引き戻されたのは俺にとっては少し苦い思い出だ。


「いや、ていうかこの前びっくりしたんだけど!次郎さんあんた、他の本丸のと違いすぎじゃない?演練で会った次郎さん、すごい酔っぱらってたよ?」


そう。俺の、割とアルコール分の残ってる甘酒を、八岐大蛇もかくやとばかりに一息に飲み込んで。
酒に強いことはその瞬間に理解できたし、その次郎太刀が酔いつぶれている姿など、これまで見たことがなかったのに。


「あっはっはっはっは!そうかいそうかい、あたしと会ったかい!」


当の本人は、俺の剣幕に一瞬きょとんとして、それから盛大に笑い飛ばした。
・・・正直、酔っていても素面でも、テンションが高いことは変わらないみたいだけど。


「そうだよ、あたしは三度の飯より酒が好きなんだ」

「え・・・けど次郎さん、普段全然呑まないよね?」

「あんたも、酒粕の甘酒が好きなのに、いつも麹のを飲んでるじゃないか」

「そりゃ、まぁ・・・」

「おかげで顔色も普通になって、つまんない男になっちゃったねえ」


・・・そりゃあ、酔うと性格が変わるのは自覚してるけど。
言い方に少しむっとして黙り込んでいると、「噛みついてもこないし」と満足げにうんうんと頷く。
・・・演練で酔っぱらった“俺”と何かあったんだろうか。


「ま、それはいいとして。・・・演練に来てる他の審神者にも勘違いされるのは、考えものさねぇ」

「・・・?何、それ」


静かにため息をつく次郎太刀に、勘違いされることの何が問題なのかわからなくて、首をかしげる。
いつの間にかべには甘酒を飲み終わっていたようで、「おっかたーずけ!」と言いながら厨の方に走って行ってしまった。
それを優しい笑みで見送った次郎太刀が、少し悲しそうに、眉尻を下げて。


「“好きなものすら与えないなんて、刀剣の意思を縛りすぎじゃないか”、ってね。あたしなんてこの前、“酔う隙すらつくれないのか”ってすごい真面目な顔で聞かれちゃったよ」


その本丸、ブラックを引き継いでるらしくてね。そこの次郎太刀が酒を飲むようになったのが最近になってようやくなんだと。
そう説明する次郎太刀の顔に、もうさっきの笑みはない。
苦いものを噛むような、苦しげな表情に、感情が表に出やすい人なんだな、と漠然と思った。


「・・・まぁ、わからなくはないけど」


確かに、よっぽど明確な理由がない限り、酒浸りになっていただろうという自覚はある。
・・・考えたくないことがあるとき、酒は最高の薬だから。
酒が抜けて、しばらくは前の主のことでへこんだ。次郎太刀が根気強く話しを聞いてくれなかったら、俺は未だに酒を手放せなかったかもしれない。
でも、いろいろとふっきれた今なら、言える。


「元が同じでも、育った環境で性格が変わるの、当り前じゃない?」


人間でも、双子で全く同じ人生を歩むのは稀だろう。
一人の俺だけ見て、それが俺のすべてだなんて、思われるのは心外だ。


「俺はここの不動行光だから。ここの主に染まって、何が悪いの」


もちろん、心配して気にしてくれる分には、ありがたい話なんだろうけども。


「・・・あんた、やっぱりつまらない男だよ」

「えぇ?」

「でも、最高の男だね。一皮むけたって言うのかい?うっかり惚れそうになったじゃないか」

「は・・・はぁ!?」


次郎太刀が言うと、若干冗談のタチが悪くなる。
思わず一歩後ずさればまたもや大笑いされて、遊ばれている感に顔が赤くなるのを感じた。
くそ、酒も入ってないのに。


「・・・ありがとうね、ここの不動になってくれて」


手の甲で顔を冷やしていると、神妙な声。
「別に・・・」と首を振りかけて、待てよ、とはたと思い至った。
次郎太刀が酒好きなら、このたまに無性に飲みたくなる気持ち、わかってくれると思うんだけど。


「・・・まぁ、隙を見て晩酌するの、許してくれたらうれしいんだけど」

「そんなら飲ん兵衛の隠れ家においで。べにが起きてきても見つからない、いい場所があるからさ」


打って返すような返事に、ひとつパチリと瞬きをして。
ガシリと固く交わされた握手に、またひとつ、この本丸になじんだ気がした。


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