42、痛みも学ぶ


「いわとーし!ゆき!」

「おお!雪だな!」


外を見た瞬間振り返って喜色満面の笑みを見せるべにに、こちらまで嬉しくなる。
今日はこの岩融が近侍の日。
他の面々ではべにに気を遣って全力で遊ばせないこともあるだろうが、俺は疲れきるまで遊びきるのが信条!
そわそわと腰を浮かせるべにに厚手の帽子と靴下を見せてやれば、「きゃあ♪」と飛び上がって喜ぶ。
むしろ、これを止める方が無粋というものよな!






「はぁ〜・・・!」

「ん、なんだ、満足したか?」

「うん!」


雪の中を走り回り、雪だるまを作り、池に雪玉を投げ入れ、木から落ちる雪の塊に当たって笑い、雪原に足跡や身体の拓をとり・・・雪遊びを一通り終わらせる頃には、べにの頬は真っ赤に染まっていた。
りんごのような頬は冷たくなっており、汗なのか雪が解けたものかもわからない水で首筋まで濡れている。
満足もしたようだし、ならば帰るか、と提案すれば、うん!といい返事が返ってきた。


「手袋も・・・おお、靴下までベタベタだな!ほれ、さっさと洗濯物に出しに行くぞ!」

「はーい!」


縁側で靴を脱げば、靴下からは湯気が立つ。
中も水浸しなのであろう長靴を逆さまにしているうちにべには靴下も脱いで、素足になって廊下を走り出した。
濡れた靴下のまま廊下を走って、水浸しにして怒られたことを覚えていたのだろう。
賢いものだ、と頷きながら後ろをついていく。
脱衣場に行く頃には足もすっかり乾いていて、子供の体温の高さには驚かされるばかりだ。
ポイポイと洗濯物を洗濯機の中に放り込んで、こちらも汗でベタベタになっていた下着も交換する。
脱いだ後はここに置くように、と躾けられて置いてあった暖かい寝巻に一先ず着替えて、そこではたと気が付いた。


「そういえば、替えの靴下は部屋か・・・」


抱き上げていくには自分も服が多少なりとも濡れているし、残念ながら俺の寝巻はここにはない。
一先ず上着だけは洗濯機に突っ込んだが、はて。


「・・・おお、寒くないのか?」

「ない!」


考えているうちに、べにはあっという間に脱衣場から走り出していた。
あれだけ遊んだのに、全く、体力のついたことだ。
素足のまま走り出したべにが風邪をひかぬか少し心配になったが、まぁ、持っていけばすぐ靴下も履くだろうし、今向かっているのはこたつで間違いない。
背中に毛布でも掛けてやれば、そうそう風邪も引かんだろう。
べにの靴下を見繕ってから自分も着替えて広間に行けば、案の定皆の隙間にちょこんと滑り込んでいるべに。
近侍の特権で一番長く居たという鶴丸を追い出してべにの正面に陣取り、靴下を渡して先客の薬研や大和守とたわいもない会話を交わした。
べにはしばらくこたつの中でもぞもぞとやって、それから我らの会話に楽しそうに耳を傾ける。
いつもならそのうち眠そうな様子を見せ始め、こっくりこっくりと船をこぎ始めたところで昼寝に連れて行くのが定番のコースなのだが・・・


「どうしたべに。眠くならんのか?」


いつもよりも体力を使わせた自信があるのに、いつもよりも寝付く気配がない。
それどころか眉根を寄せてもぞもぞと落ち着きなさげに身体を動かす様子に、様子がおかしいと感じた。


「・・・んん・・・あのね、おててとあんよがね、かゆいの」

「手と足?どれ、見せてみろ」


素直に机の上に差し出された手を見て、・・・言葉を、失った。

まるで柿か何かのように赤く膨れ上がった手。
こたつの中で、ずっと掻いていたのだろう。掻きむしられた跡がさらに赤い線となって幾重にもひかれている。
ところどころ薄皮が剥けている様は、普段自分が受ける刀傷よりも、ずっと血の気をひかさせて。


「な・・・」

「・・・べに、足も見せてみな」


隣に並んで座っていた薬研が、硬い声で姿勢を整える。
手と同様に素直にこたつから引き出したそこも、やはり赤く。


「・・・しもやけだろう。外で遊んで、末端が冷えるとあることだ」


そこそこひどいけどな、と苦い顔で言う薬研に、は、とさっきまでの遊びを思い出す。
雪の中で、走り回って。長靴の中に雪が入るのも気にせず。挙句の果てに濡れたままの足で冷えた廊下を走って。


「いいか、痒いかもしれんが、これ以上掻いたら駄目だ。どんどんひどくなっちまうからな」

「うぅん・・・」


自信なさげな返事は、掻きたくてたまらないからだろう。
気付いてやれなかったことが、ひどく悔やまれる。
痒いからと掻いてやっては、べにの皮膚は裂けていくばかり。
薬研の様子からしてそこまで深刻に捉えることではないのかもしれんが、べにがつらい時に、近侍の俺が何もしてやれんとは・・・


「岩融。べにの手、こたつの中で握ったり放したりしてあげるといいよ」

「お、おぉ・・・?」


不意に大和守が出した提案に、意味を図りかねながらもとにかく言われたとおりに手を握ってみる。
赤い小さな手は熟れた果実のようにつぶれてしまわないか心配だったが、べにの表情を見てどうやら大丈夫そうだ、と力を込めた。


「この前僕も痒くなった時、加州にそうしてもらって結構楽になったんだ」

「民間療法だが、血行を良くしてやるのが一番効くんだ。あと、握られることで痒みもやわらぐ」

「お、おお・・・!」

「いいかべに。こうなりたくなかったら、濡れたらすぐに着替えるんだ。あまり冷やしすぎないようにな」

「はーい」


血行を良くする軟膏を持ってきてやるよ、という薬研を見送って、自分はべにの熟れた手を。大和守は同じくこたつの中で掻きむしっていたらしい足を握って放す、を繰り返す。
それぞれが作業に集中して、会話もなくなれば、頭は原因へと思考を寄せる。
あのとき着替えを用意しておけば。そもそも、ベタベタになるまで遊び続けなければ。
後悔の念が押し寄せる中、痛くない程度にべにの手を握り締めていると、「えへ、」とべにから小さな笑い声が聞こえてきた。
顔を上げれば、頬を赤くしたべにが、悪戯な笑みをこちらに向けていて。


「たのしーね」

「楽しい・・・?・・・辛くないのか?」

「うんん、かゆーい」

「・・・?」

「えへへー」


外で冷えた時のまま、赤い頬で笑うべにの真意がわからず首をかしげる。
同じようにその様子を見ていた大和守が、「・・・ちょっと気持ち、わからなくはない」と困ったように笑ったのに、助けを求めるように視線を向けた。


「どういうことだ?」

「・・・加州を独り占めできたのなんて、ここにきて初めてくらいだったから、かなー・・・」

「・・・?」


嫌な思いをしただろうに、笑うべにの真意はつかめない。
説明らしい説明でもない大和守の言葉も、よく意味が分からない。


「またあそぼーね!」

「・・・ああ。次は必ず着替えを用意しておこう」


だがその笑顔に、救われたのは否めない事実だった。


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