45、待つ


今度の主も、子どもだった。


「・・・僕は小夜左文字。あなたは・・・誰かに復讐を望む・・・?」


でも、前の主とは全然違う。
愛され、見守られ、大切に育てられている。
親を殺され、見捨てられ、木の根を噛んで育ってきた、僕のほとんどを形成している前の主とは、全然。


「ふくしゅー?」


キョトンと首をかしげる姿に邪心なんてかけらもなく、隣に立つ宗三兄様は「お小夜は相変わらずですね」とほほ笑むだけ。
やっぱり、そんな気持ちの芽生える心配もないんだ。
だったら猶更、僕なんかが触れていい相手じゃない。


「・・・復讐を望むようになったら、僕のところに来て。きっと、役に立ってあげるから・・・」

「うん!じゃあ、あそぼ!」


・・・全然会話になってない。
くすくすと笑う宗三兄様は役に立ちそうにないし・・・
ふぅ、と小さくため息をついて宗三兄様を促し、この後すべきことを確認する。
やるべきことをやっておけば、姿をくらませても迷惑は掛からないだろうし。


「まぁ折角揃ったことですし、江雪兄様にも一度お会いしておきましょう」


他の連中はそのうちでも大丈夫です、と言われて本当にいいのか少し心配になったけれど、ほら、と促されて歩き始めればすごい勢いで前を走っていく主の背中に目が奪われる。
もう、僕に興味がなくなったんだろうか。
それならそれで、・・・と思ったその考えは、数分もしないうちに覆されたけれど。


「さよちゃん!きたね〜♪」

「小夜・・・よく、来ましたね・・・」

「・・・うん」


江雪兄様の膝の上から手を広げる主に、少し圧倒される。
何だろう、まぶしすぎるというか、元気すぎるというか・・・
まともに目を向けられないような感覚を味わいながら少し兄様たちと話をしているうちに今度こそ飽きたようで、江雪兄様の膝から立ち上がった時は正直ほっとした。
・・・のだけれど。


「さーよちゃん、まーだ?」

「え・・・」

「おやおや・・・」

「べにはお小夜と遊びたいようですねぇ。少し長話しすぎましたか」

「では、尽きぬ話は夜にでも・・・」

「同室でしょうし、それがいいでしょう」

「え、・・・え・・・」


相手をしてやれと言わんばかりの口ぶりに、どうしたらいいのかわからず動けなくなってしまう。
主も主で許しを得たと思ったのか腕をぐいぐいと引いて外に出ていこうとするし。


「ちょ、ちょっと待って。僕は、主と遊ぶなんて・・・」

「・・・あぁ、そうですね。まぁ、お小夜もここに慣れるのにもう少しかかるでしょう。べに、お小夜は今日は疲れているので遊べませんよ」

「えー・・・」

「また、次の機会がありますから・・・」

「・・・ぜったいよ!」

「う、うん・・・」


そう言わないと放してくれなさそうな勢いに思わず頷けば、満足したのかニッコリと笑ってまたどこかへと走り去っていく主。
ようやく解放された腕をゆっくりと下ろして、目の回るような感覚にその場に座りこむ。
後ろから二人分のかすかな笑い声が聞こえて少し恨めしいような気持ちで振り返ったけれど、幸せそうな笑顔に毒気を抜かれてしまった。


「・・・大丈夫、あの子は優しい子ですから・・・」

「すぐに慣れますよ、一緒に畑いじりとか、楽しそうじゃないですか?」

「・・・・・・」


兄様たちはそんなことを言うけれど、僕にはそうは思えない。
むしろ、優しいからこそ、純粋だからこそ、僕みたいなのが近寄って変な影響を与えるわけにはいかないんだ。





何日か過ごしても、僕の周りは変わらなかった。いや、変わらないように努めた。
皆の前に姿を現すことは極力控えて、特に主と鉢合わせることがないように気配を探った。
他の刀剣たちはそんな僕をどうとも思っていないようで、仕事はちゃんと割り振られた分を行えば何も言われないし、仕事が終わった後に姿を消しても探されている様子はない。
思ったよりも居心地は悪くないかな、と裏庭の隅で静かに思いにふけっていると、ふと足元にかすかな気配を感じた。
見下ろしてみれば、雪に紛れそうな中に黒い線の入った・・・


「五虎退の・・・?」

「ギャウッ!」

「!?」

「あっ!さよちゃん、みーつけた!」

「!!?」


突然遠くから聞こえた声に飛び上がりそうなほど驚いて、反射的にその場を離れようとする。
けど、足布の端を仔虎に噛まれて、無理に走ろうとすると小さな身体を蹴飛ばしてしまいそうで。


「!?ちょ、は、放して・・・!」

「グウゥ〜!」

「さよちゃん、つーかまーえたっ♪」


まごまごしているうちに、あっという間に走り寄ってきた主に、とうとう捕まってしまった。


「あ、ぅ・・・」

「さよちゃん、かくれるのじょーずね!べに、いっぱいはしったの!」


そう言う主の頬は確かに赤く、手は高い熱を伝えてくる。
自分の手が冷えていたことも相まって、捕まれたところから這い上がるような痺れが脳天を突き抜けた。


「さよちゃん、てーつめたーね!べにがあっためてあげゆ!」


僕と同じことを、思ったんだろうか。
小さいほうだろうと思っていた僕なんかよりもっとずっと小さな手で、僕の手を精一杯包み込んで。


「もーだいじょーぶだよ」

「・・・・・・!」


後から聞いた話、手を冷やしすぎてしもやけになったとき、そうして手を温めてもらったらしい。
大人のしたことを真似する、子どもらしい姿だ。
だけど、そんなことを知らなくて、そんなことを言われて。


「・・・?さよちゃん、いたいいたい?」

「・・・え?」

「いたいのいたいの、とんでけ!」


注ぎ込まれる霊力に、主の審神者としての力と経験を感じて驚きながらも、戸惑いが勝る。


「どこも怪我は・・・」

「でも、えんえんよ?」

「・・・・・・?・・・・・・!」


―――この、頬を伝う水に、なんの意味があるのか。
ただ復讐のためにのみ存在する僕に、そんなもの必要ないのに。
何故流れるのか。どうして今、流れたのか。わからなくて、首をかしげる。


「・・・わからない。僕はどうして、涙を出すの・・・?」

「わかんない!」


審神者ならわかるのか、と。このきっかけをつくったあなたならわかるのか、と少しは期待したのに。


「いこ!」


そんなことはお構いなしと言わんばかりにあっけらかんと、手を繋ぎなおして走り出す主。
・・・こんなに綺麗な手に、握られていいんだろうか。振りほどかなくちゃ、いけないんじゃないか。

葛藤しつつもその手を振り払うことができなくて、―――少しだけ、その手を握り返してみた。


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