46、歳を重ねる
その日そいつを見かけたのは、偶然だった。
最近はこちらに来ていなかったのか、それとも出陣と重なっていてたまたま出くわさなかっただけなのか。
どちらにせよ久しぶりと感じる程度には見かけなかった赤と青で縁取られた顔と目が合って、思わず一歩、歩みを止めた。
向こうも同じ気分になったのか、柔らかそうな毛に包まれた短い脚が片方、宙に浮いたままピタリと動きを止める。
「・・・・・・・・・変わりないか」
「・・・・・・・・・・・・ああ」
たっぷりの沈黙の後、向こうからかけられたのはその一言。
見なかったことにして通り過ぎるには、流石に気まずかったというところか。
・・・かく言う自分も動けなかったのだから、人のことは言えないが。
こんのすけの−−−紺野の前足がそっと床に降ろされたのをきっかけに、互いに再び歩き始める。
これが光忠ならそのまま世間話でも始めただろう。加州なら、肩に乗せてべにのところにでも行ったかもしれない。
だが、そう話す方でもない2人が出会ったところで、敢えて足を止めてまでして話し始めるようなことは何も−−−
「−−−・・・今年は、何もしないのか」
俺にとっての一歩、紺野にとっての四歩。
通り過ぎた辺りで頭をよぎったことを話しかけるまでの間に、紺野はさらにその倍、遠ざかってはいたが。
ピタリと歩みを止めた紺野と俺の距離には、それくらいが丁度いいのかもしれなかった。
「・・・何のことだ」
「・・・誕生日なんだろう、あいつの」
「・・・・・・・・・正確には、昨日だ」
告げられた事実に、そうか、あいつの誕生日は昨日なのかと新たな情報を手に入れて。
昨日の本丸の静けさから、やはりそれはまだ他の誰にも伝わっていないのか、と眉根が寄るのを感じた。
「・・・・・・」
そのことに気付くと、やはり先の問いが再び込み上げてくる。
“今年は何もしないのか”。
刀剣に、誕生日を祝うという感覚は薄い。
別に、誕生日だからといって何かをしなければならないわけでもないし、数え年の方が身に馴染んではいる。
年越しの際には盛大に祭りを行った。それで十分だろう。
一年間、去年の今頃にべにの誕生日の頃を知ってから今日まで、俺が誰にもそのことを言わなかったのは、機会がなかったからだ。
つまり一年間、そういう話題が上がらなかったということ。
刀剣に誕生日という概念が備わっていない、いい証拠だ。
俺が今、紺野を呼び止めたのも、たまたま。たまたまふと、この時期だったと思い出しただけで。
「・・・・・・」
『昨日だ』。その言葉に、こちらの問いに対する答えはない。
紺野が動き出す気配もない。
少し待ってみるか、と姿勢を変えたところで、小さく息を吸う音が聞こえた。
「・・・・・・義理は、ない」
・・・吐き出すように、絞り出すように言われた言葉は、真実なのか。
言葉の裏を全て察することができるわけもなく、意味もなく「・・・そうか」とだけ舌を動かす。
『義理はない』つまり、祝う予定もつもりもないということ。
「去年はたまたま、お節介な奴がいただけだ。今年はその予定もない」
取り繕うように続けられた言葉の真意は。
・・・話の上手い奴なら、引き出せたかもしれないが。
「・・・・・・」
別に、俺たち刀剣が人間のように誕生日を祝う必要はない。
紺野の言葉を借りれば、義理もない。
ただ・・・べにが唯一繋がりのある人間にさえも祝われないとなると、べにはこの先おそらく、誰にも祝われることなく歳を重ねていくだろうというだけで。
・・・・・・。
「・・・端末を貸せ」
「・・・・・・」
自分の中で答えが出るのは、思いのほか早かった。
そして無言で差し出された端末には、紺野の本心を垣間見た、・・・気がした。
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