49、綺麗と言われて喜ぶ


「大きいけれど小狐丸。いや、冗談ではなく・・・冗談ですか?」

「いいや、君のサイズはについては後で確認させてもらうとして、彼女が主なのは本当だよ」


顕現した本丸は、何やら普通とは違うようだった。
何やら引っかかる言い方をする目の前の男は、おそらく“にっかり青江”。その腕に納まる、霊力を漲らせた小さな者が、主。
少し考えたがまぁ霊力は十分あるようだし、と顎を撫でる。
実際私を呼び出せたのですから、その実力は確かなのでしょうしね。


「おきちゅにぇ!」

「おや、私のことがお分かりですか?」


それはまぁ、そうだろう。
幼子とはいえ曲がりなりにも刀を扱う者。私程度の刀であれば、一目でそれとわかる程度には審美眼を鍛えておいてもらわなくては・・・
そう思って少し高くした鼻は、一瞬で真正面から叩きおられた。


「君はすでに一振り鍛刀しているし、演練でもたまに見かけるからねぇ。かどわかそうとするのを守るのに必死だったから、ちゃーんと教えておいてあげたよ」

「しらにゃいおきちゅにぇとあそんじゃめー!」

「んな!?」


そ、そんな話があるか!?
いくら同位体とはいえ、主をかどわかそうとした者と私は別物。ましてや私は主のモノであるのだから、かどわかすも何もない!
必死にそう言い募っても主はキョトンとするばかりだし、青江にいたっては「主のモノと言い切るか。いいねぇ」とかまたわけのわからんことを言っておるし!


「まぁ拾いモノでもあることだし、しばらくは様子見だろうねぇ。疑り深いキツネに用心しなよ?」


「彼はあれでいて慎重だから、」と腕に抱える主に顔を寄せ、主もまたそれに応えて顔を動かす。
相手が“主”であるからか、それとも人間の幼子というただの刀であった時分にはめったに触れなかった相手だからか。自然と心の底から羨ましいという感情がむくむくと湧き上がり、思わずギリリと歯が鳴るのを感じた。


「疑り深いキツネが何のことかはわからんが、その、なんだ。ご挨拶もさせていただきたいし、一度主を抱かせてくれぬか?」

「おや、昼間から大胆だねぇ。もちろん駄目だよ」

「・・・っ!?」


今度は声も出なかった。
それは言葉に衝撃を受けたからだけではない。
うっすらと細められた目は孤を描いているというのにその瞳の奥に笑みはなく、いっそ殺意を向けられたほうがまだましだと思えるような寒気が走る。

なんだ。これは。


「獲物を嬲る、野生味溢れるとっても悪い癖が出るかもしれないからねぇ」

「・・・っ何があったかは知らんが、それは他の“私”だろう・・・っ!」

「うん、だから僕も、第一印象で決めようとは思っていたんだけどね」


がくがくと震える足に、生まれたばかりだからだ、と自分に言い聞かせて。
笑う膝を床につけないことだけが、精いっぱいのプライドで。
せめて、と睨み上げた目に入ったのは、形ばかりの笑みすらも消えた“怒り”だった。


「“冗談ですか?”は、残念ながら不合格だよ」











「・・・というわけでな。私が主とまともに触れ合えるようになったのはつい最近のことなのだ」

「ふぅん・・・それで僕よりも古株なのに・・・」


はっと気づいたように口元を押さえる小夜だが、そこまで言ってはもう遅いだろうに。
しばし沈黙が流れたが、私の死んだ目でも見たのだろう、「・・・ごめんなさい」と素直に謝る小夜に、「・・・まぁ、」とあいまいな返事を返す。
よく野を駆け回るようになったべに様は、時折冒険心からかとんでもないところに入り込んでいることがある。
木のうろなんかはかわいいほうで、池の岩の間、床下、果ては空間のひずみに飛び込もうとしたこともあったらしい。
傷の残るような怪我はさせないように、とレクチャーを受けるのは、べに様と遊べるようになる最終課題のようなもの。
その講義を一緒に受けた時からチラチラと見られていたから、つまりはまぁ、そのことなんだろう。
別に謝ることでもないのだが、気にしていないと言えば嘘になるし。


「・・・“拾われ”は、そんなに警戒されるの?」

「ん?そうだな・・・警戒はするようだが、私は少し、事情が他にあってな」


演練で出会った“私”はどうやらあまりいい本丸で育たなかったらしい。
荒み切った目で近付いてきたかと思えば、歪んだ笑みを浮かべて有無も言わさずべに様を神隠ししようとしたのだとか。
・・・その”私”の気持ちが同位体故想像できるだけに、胸が痛むのだが。
ましてその時すでにこの本丸で馴染んでおった”私”は、件の本丸に突撃せんとばかりの勢いだったらしいしの。
伝え聞いた経緯ではあったが簡単に説明すると、心優しい小夜は痛ましげに眉間にしわを刻む。
そういう顔をさせたかったわけではないのだがな、と次の話題を考えていると、廊下から「誰かいるー?」と加州の声が聞こえてきた。
足音は一つ分だが、べに様の気配がする。
すぐさま腰を上げて戸を開けても、不思議な反応ではなかろうて。
現に小夜も足元から外を覗いておるしな。


「こちらに。何かありましたか?」

「お、二人いるなら任せよっかな。ちょっと集中したいんだけど、べにが遊びたいって言うからさー。ちょっとの間でいいから任せていい?」


すぐ終わるからさ!と念を押す加州だが、この本丸の誰がそれに首を振ると思うのか。


「勿論、いつまででもお相手させていただきますよ」

「・・・おいで」

「すぐだからねー!?」


加州とて本意ではないのだろう。機動力抜群の足であっという間にどこかへ行ってしまい、手を振るべに様に返事を返したかもわからない。
まぁ、たとえ寸暇であろうと無駄にはしまいが。


「さあべに様、我らと遊びましょうか」

「ん・・・」


ぽいと置いて行かれて流石に少し沈んだ様子のべに様が、とぼとぼとではあるがこちらに近付いてくる。
ぽすりと腕の中に納まる様子に、先まで小夜と話していたことで初めの頃を思い出していたせいもあって思わず感動に震えた。


「ぅきゃあっ!おきちゅにぇ、くしゅぐっちゃーい♪」


その瞬間、沈んだ様子はどこへやら。私の髪にポフリと顔をうずめて笑い転げるべに様に思わず小夜と目を見合わせる。
そして、どちらからともなくクスリと頬を緩めた。


「ふわふわ、きもちーね!」

「ありがとうございます。べに様も少し伸びられましたね」


来た頃は背中ほどだったろうか。腰に届くかという辺りまであるそれをサラリと持ち上げる。
子どもらしく細い髪はまだ一度も切ったことがないらしいが、毎日の癒しとばかりに加州が丁寧に手入れをしているおかげか、痛みはまるでみられない。


「べにのも、きもちー?」

「はい、美しい髪です」

「うちゅくしー?」

「綺麗で、素敵という意味ですよ」

「・・・えへへー」


嬉しかったのか、恥ずかしかったのか。照れくさそうに笑いながら誤魔化すように抱き着く姿は、何とも可愛らしく、それは神隠しをしたくなる気持ちもわかるというもので。
けれどそれはそう長くは続かず、はっと何かに気付いたべに様がぱっと顔を上げて、あっという間に終わりを迎えた。


「おきちゅにぇのかみも、うちゅくしーね!」

「・・・ありがとう、ございます」


それ以上の誉をいただけたわけなので、何一つとして文句などあり得ませぬが。
さらなる感動に浸っていると「さよちゃもうつくしーよ!」「え・・・僕は・・・」というやり取りが聞こえてきて、ちょっとだけ、ほんの少しだけ“私だけに言ってほしい”という欲が顔をもたげたが。
それは狐らしく面の下に押し隠して、これ幸い、と袂から櫛を取り出した。


「べに様、よろしければ、私の髪を梳いてくれませぬか?」

「すく?」

「この櫛で、毛並みを整えるのです。より一層、美しくなります」

「べにもする!さよちゃも!」

「ええ。では、交代に」


遊ぶ予定ではあったが、折角興味をもってくださったのだ。この機を逃す手はない。
流石の私も、この状況で小夜を入れるのを渋るほど子供でもない。戸惑う小夜には、髪を梳かれる気持ちよさを存分に味わってもらおう。

・・・力加減がわからず時折頭皮が痛むのは、まぁ許容範囲としようか。


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