50、似る


「みーつけた!」


本丸の裏門から少し。いつからだか存在していた立派な裏山は今、着々と春の準備を始めていた。
雪も解けはじめ、動物の気配も感じるようになってくれば、人にも動物にも目当ては同じ。


「そんなに取ってどうするの?」

「んー、おりょうり!」


その答えに、思わず少し目を見開いた。
爪の間に土やら雪やらを詰めながら、小さな手に握れるだけ握られていくこれまた小さな緑の塊。
フキノトウを、食べ物として認識していること自体に、驚かされた。
単純に珍しい形の植物だと思って集めてると思ってたのに。


「すごいね。知ってるんだ?」

「このおはなね、たべれるのよ!やまぶちがね、・・・たべてた!」

「生で食べてたことはないだろうけど・・・」

「ママ、おいしーしてくれる?」

「それは間違いないだろうね」


うん、と力強く頷いて、それなら、と襟巻をシュルリとはずす。
多少においはつくかもしれないけど、別に嫌なにおいでもないしね。


「べに、ここに入れなよ。いっぱい持てるよ」

「あいがとー!」


素直にお礼が言えるのはかなりポイント高いよね、と思いながら「どういたしまして」とこちらも素直に笑顔を見せる。
べににもこんな風になってほしいな、なんて願いを込めながら。


「いってくるー!」

「えっ」


けどその“教えてる”感の強いちょっとした優越感みたいなのは、山から下りたとたんに霧散した。
あっという間に厨に向かって走って行ってしまったべにに、さっきとは打って変わって“必要ない”感にさいなまれる。
今更厨に向かうだけで迷うわけもなし、厨には燭台切がいるだろうから急いでいかなければならないわけでもなし。


「「は〜・・・」」


とさ、と庭に面した廊下に腰を下ろしてため息をつくと、その音がダブって聞こえて、え?と顔を上げる。
そこには、同じように“え?”って顔してこっちを見る、清光が書類を片手に立ち止まっていた。


「何?お前が悩むなんて珍しいじゃん」

「うるさい。僕だって悩むことくらいあるよ」

「へー。べにのこと?」

「当り前じゃん」

「だろうね」


お前らしい、と笑われて、人のこと言えないくせに、と口をとがらせる。
だって最近、思うんだ。
べにはこの本丸に居る刀剣男士たちのことを、一人ひとりしっかりと覚えて、それぞれの役割をしっかりと理解している。
山伏は山のことを教えているし、燭台切は料理のこと。加州は当然最後の砦の“きよみちゅ”で・・・―――じゃあ、僕は?

僕は、べにの、どの部分をつくってあげられるんだろう。
遊び相手には少し大きいし、他の皆のように、特別得意なこともない。
どうしたら、とぐるぐると回り続ける悩みに頭を抱えると、はぁ、と大きなため息が再び聞こえてきた。

・・・今のは僕じゃないよな?


「・・・お前こそ珍しいじゃん。何、悩んでんの?」

「意外〜みたいに言わないでくれる?俺だってべにのことで悩んでるんです〜」

「だからこそだって。べにのためになるか、ならないか。それでいつも決めてたじゃん」


ていうか清光がべにのこと以外で悩む姿とか想像できない。
何悩んでんだか、ぐらいの気持ちでそう言ったのに、清光はぽかんと口を開けてあほ面。
そんな変なこと、言ったつもりないんだけどな。


「それとも何、そういう二元論では話できない悩みなの?」

「・・・ううん、あの子にとっての一番は、決まってる」

「じゃ、いいじゃん。だから何悩んでんのって聞いてんの」

「ううん。もう決めた。・・・あんがとね」

「は?結局聞けてないし、お礼言われる理由ないんだけど」

「うっさい!たまにしか言わないんだから素直に聞けっての!」


どすどすと鼻息荒く行ってしまった清光に、結局何で悩んでたのか聞けなかった。


「・・・何なの」


何に納得したのか知らないけど、あいつのすっきりしたらさっさと次に行っちゃうところ、何とかしたほうがいいかな。
あいつの浅い悩みなんかサクッと解決しちゃって、僕の悩みも一緒に考えてほしかったんだけどなぁ。


『・・・あんがとね』

「・・・」


少しぶっきらぼうに言われるお礼は、素直になれないあいつの最大限の感謝だって知ってるから、別に、それ以上は言わないけどさ。


「そーいえば今日お前近侍じゃなかったのー?」

「!!」





「ごめんっ!遅くなった!」

「やーしゃだ、おしょい!」

「ちょうどいいところに来たね」


慌てて走りこめば、頬を膨らませたべにと菜箸を持った燭台切が出迎えてくれて、一先ず一人出なかったことにほっと息をつく。
それと同時に差し出された皿には、ついさっきまで山に生えていたフキノトウが、黄色い衣に包まれていて、香ばしい油のにおいが食欲を刺激した。


「はい、フキノトウの天ぷら!でもべににはまだ早いかもね?」

「やー!たべゆ!」

「はいはい」


自分も自分もと催促して、いそいそと引き出しにしまわれている自分用のエプロンを取り出して、「つけて!」とお願いしてくるべに。
いろいろできるようになったなぁ、と感心しながら子ども椅子を引っ張ってくるべにを眺めていると、トントン、と肩を叩かれた。
振り返れば、幸せそうに笑う燭台切がこっそりと耳元に口を近づけてきて。


「君が追いかけてこないこと、すごく気にしてたよ」

「え?」

「心配そうに何度も入り口の方見てね。ちゃんと今日、君が近侍だってわかってるんだね」

「やーしゃだー!」

「っはいはいー」


燭台切の声を耳に残しつつも不満げな声に呼ばれて近付けば、畳の縁に椅子の足が引っかかって進めないことがお気に召さなかったらしい。
押すんじゃなくて引けばすぐ解決するのに、とまだまだ子どもなところになんとなくほっとして、椅子を少しだけ持ち上げて引っかかりを取った。


「あいがとー!」

「っ・・・どういたしまして」


抜群の笑顔で言われて、何も思わない奴がいるわけがない。
ましてやさっき、同じ言葉を、不器用な相棒からももらっていれば。


「はい、どうぞ?」

「いったらっきまーしゅ!・・・、・・・いやないーーー!!!」

「やっぱりね」


口に含んだ直後にうえぇ、と吐き出した様子は、まぁ子どもの味覚じゃあ当然で。
笑いながら落とした天ぷらを拾って皿を下げる燭台切は大人だなぁ、なんてちょっと感心したり。


「でも、みんなは美味しく食べてくれそうだなぁ・・・ね、べに。これ、いっぱい生えてた?」

「・・・」


こくん、と不満げに頷くのは、苦みが口に残っていて、二度と食べたくないという気持ちからだろうか。


「お願い!僕のお手伝い、してくれない?」

「おてちゅだい?」

「そう。このフキノトウを、みんな食べたいと思うんだ。べにが手伝ってくれたら、僕ももっとおいしく料理できるんだけどなぁ〜」

「・・・いってくる!」


そうして始まった初めてのお使いにやる気満々なあたり、どっちを褒めればいいのかわからないけど。


「ごめんね大和守君。多分途中で疲れて駄々こねるだろうから、大変だろうけど」

「いいよ、それぐらい。やることできて助かったくらい。僕は近侍の時はこれって役割がないから」

「・・・そう?たまには自由な日があってもいいと思うけど」


じゃ、よろしくね。なんて今度はちゃんとした袋を渡されて、いっぱい入るね!なんて喜んでるべにについて二回目の山に入って。
なんか、悩みって意外と口に出したら軽くなってくもんだなぁなんて、能天気なこと考えて。
あっという間に疲れて駄々をこね始めたべにに、腹を抱えて笑った。





その日のフキノトウの天ぷらは、べにがとってきたものだとわかると一瞬で皿から消えうせた。
それを見たべにがぽかんと口を開けた表情が加州とそっくりだったのは、なんか悔しいから言わないどく。


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