51、大人顔負け


「“ホワイトデー”のお返しって、どんなものなんですか?」

「・・・安いものなら、飴などの菓子をやることが多い」

「へえ!」


ニコニコと笑う堀川に、嫌な汗が頬を伝う。
先月のこともあるし誰かしらが来るだろうとは思っていたが・・・
“こんのすけ”を通してもなお感じる圧に、どれだけ本気を出しているんだと内心で悪態をついた。


「・・・金のかかる女はアクセサリーを求めたりするが、お前たちにその情報は必要ないだろう」

「もちろん!つまりはお金じゃなくて気持ちが大事ってことですか?」

「・・・まぁ、そういうことだろう」


ドラマで使い古された安いセリフのようだとは思ったが、こいつの場合本気で心を込めた贈り物を考えそうだ、と頷く。
まあ、ある意味本命も本命だからそれも当然、なのだろうか。
・・・こんなことであいつが愛されていることを確認するあたり、俺も大概・・・


「ん〜・・・べにさんが喜びそうなものかぁ・・・紺野さんは何をあげるんですか?」

「なっ・・・なんで俺が・・・っ、・・・私が物をやること前提なんだ」

「え?よくべにさんに物あげてるじゃないですか」


絵本とか、知育玩具とか、と指折り挙げられる物品に慌てて首を横に振る。


「あれは同僚が押し付けてくるものを処理に困ってここへ持ってきているだけで」

「まあそれはいいんですけど」


口早に否定するも、ばっさりと一言で撃ち落とされる。
誤解を解かねばという思いと、これ以上何か言ってもあしらわれるか余計に深読みさせるばかりという思いが交錯して、「僕らとしては、」と勝手に話を進める堀川に何かを言うこともできなかった。


「みんなからそれぞれお返しをしたいんですけど、べにさんの部屋がプレゼントでいっぱいになっちゃいますからね。誕生日の方が大切にしたいし、みんなで一つのプレゼントにしようって話になったんですけど。がんばってくれたんだから、素敵なお返しをしなくちゃ、って思って」


幸せそうな顔でそう言う堀川に、先とは違う意味で言葉が出なくなる。
あんな、幸せそうな顔を―――・・・あいつは、見せたことが、あったろうか―――


「紺野さんはそう思わないんですか?」


不意に問いかけられて、はっと意識を取り戻す。
いけない。仕事中に他事を考えるなんて。
ふるふると頭を振っていると、先ほどの質問への答えとして取られたらしい。
幸せそうな顔から一転、がっかりしたような、興醒めしたような表情になったかと思うと、小さくため息をついて踵を返した。


「・・・僕、みんなと相談してきますね。かぶっちゃったら嫌なので、決まったら教えてください」


スタスタと去っていく堀川の背中を見送って、自分もその場を後にする。
どのみち、彼らが望むような答えなど、出せるわけがないのだ。











「・・・とは言ったものの」


紺野さんと別れた後、はぁ、と今度はすべての空気を吐き出す勢いでため息をつく。
一応本当に相談のつもりで聞きにいったから、実際悩みは解決していないのだ。
話の流れではあったけれど代表になってしまった手前、「成果なし」で戻るのは沽券にかかわるし。
どうしよう・・・と思考を巡らせながら本丸の中をふらふらと歩き回る。
食べ物、は全員からと言っても作れる面々は限られてるし、個人的には何かを作ってあげたいんだけど・・・


「総勢48振・・・全員で一つのものって、やっぱり無理があるかなぁ」

「おお、堀川!首尾はどうだ?」

「岩融さん・・・いえ、残念ながら参考になりそうなことは何も」


あちゃあ、と内心で額を叩いて、大人しく両手を上げる。
兼さんだったら見栄を張って「ばっちりだぜ!」的なことを言うかもしれないけれど、僕は正直、それで事態が好転するとも思えないしね。
案の定特に責めるでもなく「そうか」と頷く岩融さんに、何かの助けになればと思って紺野さんとのやり取りを一通り説明した。


「ふむ・・・まぁ、べにのことをよく考えておるとは言え、あいつはあくまで仕事と言い張るだろうからなぁ」


確信的な言い方に、この人には隠し事はできないなぁ、と小さく笑う。
紺野さんがあのふわふわな仮面の下に深い愛情を秘めていることは、機微に敏い者ならすぐに察することができる。
最初の頃は確信に至らなかったその感覚も、べにさんの前に連れ出された紺野さんの様子を見ていれば一目瞭然で。
ただ、“あくまで仕事”というスタンスを崩そうとはしない紺野さんに、何か事情があるのだろう、というのがこの本丸の男士たちの意見だった。


「こうなればもう、べにに直接聞きに行くのも手だな」

「べにさんにですか?」

「おうよ」


自信満々に腕を組む岩融さんに、答えられるかなぁ、と一抹の不安が胸をよぎる。
確かに最近、べにさんは言葉が増えてきた。
聞かれたことに身振りも交えて答えられるようになってきたし、したいことを訴えてくることもしょっちゅう。
ただ、さすがに語彙は育っていないようで、想いを伝えられずに癇癪を起すことも増えてきて・・・
正直、わざわざ火種を作りたくないというのが本音だったりする。


「なんだ、嫌なのか?」

「嫌なんてことは・・・ただちょっと、覚悟がいるかなぁって」


はは、と苦笑いで誤魔化しながら本音を言えば、岩融さんはキョトンと首を傾げ、それから合点がいったのかカラカラと笑いだした。


「確かに!あの姫御前のご機嫌を伺うのは難儀なことだ!なれば、こちらから誘導してはどうだ?どうせ欲しいものといっても、べにの頭の中にあるものなど限られておるのだ」

「誘導、ですか」

「もしかしたら夕飯に食べたいものでも答えるかもしれんがな!」


大口を開けて笑いながら去っていった岩融さんの背中に「ありがとうございます」とお礼を言う。
聞こえたようでわざわざ振り返って「おう!」と返事を返してくれた岩融さんに、相変わらず気持ちのいい人だなぁと少しほっこりして。
夕食のメニューぐらいならいくらでも応えてあげるんだけど、と思いながら今度は目的をもって歩き始めた。

彼女がいるところは、広間か、厨か、はたまた庭か。
何にせよ、賑やかな場所に向かえば大抵その姿は見つかるわけで。
声を頼りに広間に足を向ければ、予想通りにその姿は男士の間で埋もれていた。
大人の中にちょこんと腰かけて、大人の話に耳を傾け、周りが笑うと一緒に笑う。
ちゃっかり大人の仲間入りをしている様子はほほえましかったけれど、「ちょっといい?」と手招きすればすぐに飛んでくるその様子もまた、たまらなく可愛らしかった。


「ほいちゃー、なーに?」

「べにさん、この前チョコレートを皆にくれたこと、覚えてますか?」

「ちょこえーと!おいしーねぇ」

「はい。おいしかったから、お礼をさせてほしくて。何がいいですか?」


例えば、と言いかけて、べにさんの様子に口をつぐむ。
視線がくりんと右上の方を見て、何かを考えている様子に、もしかしたら、と思って。
黙り込んだ僕らにさっきまでだべっていた面々がなんだなんだとこちらを見てきて、説明しておこうか、と顔を向ける。
けど、べにさんが結論を出すのは、思ったよりも早かった。


「べにね、あそびたい!みーんなで!」

「え・・・みんな、ですか?」

「みーんな!いっしょにあそぼー!」


・・・何ってかわいいお願いか・・・!
転がりまわりたい衝動をぐっとこらえ(実際向こうの連中は軒並み悶えている)、何とか平静を保つ。
わかりました、と即答したいけれど、毎日組まれる出陣や遠征で、全員そろって、というのは実は中々難しい。
でも。


「・・・わかりました。紺野さんと相談して、何とかしてみせますね!」

「わーい♪」


折角求めてくれたのだ。折角願ってくれたのだ。
これに応えなければ国広の名が廃るというもの。


「よーし、僕も頑張らなくっちゃ!」






「・・・!?」


同時刻。短刀たちに捕まって帰り損ねていた紺野の背中を、すさまじい悪寒が走りぬけたとか、いないとか。


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