53、親を愛す


最近俺、悩んでんだよねー。
え、聞いてくれる?・・・ちょっと、あからさまにやれやれって顔しないでよ。
ま、とーぜんそう思うよねー。ごめんごめん。で、べにのことなんだけどさ?
可愛すぎてやばいの。ホント。
もう二歳も超えた頃かな?誕生日知らないってホント悲しい。
いっそ俺とべにが初めて会った日を誕生日にしてあげたいんだけど、べにあの時もう生後半年くらいにはなってたからさー。まだ小さいから、成長とずれを感じちゃうんだよねー。
誕生日・・・・・・・・・
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・っあぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事。
あーごめんって!まだ始まってもないんだからもうちょっと付き合ってよ!

だからあ、可愛すぎてやばいって話!
二歳・・・ちょっとなんだけど、よくしゃべるようになったと思わない?
この前なんて出陣しようとしたとき「おしごと?」ってさみしそうに言われて思わずキャンセルしそうになっちゃったよ。
いや行ったよ?帰ってきてから全力で遊んだけどね!
そ。さみしそうな顔はするけど、我儘はほとんど言わないんだよね。
お願いすればなんでもやろうとしてくれるし、むしろ自分でできることはやろう!って意欲がすごいし。
・・・ま、この前演練に行く直前になって「着付けを自分でしたい!」って言いだしたときはちょっと困ったけど。
一回歌仙が教えようとしたんだって?でも結局できなくて途中で泣いちゃったとか。
もーほんとかわいいよねー。でもそのうち自分でするっと着れるようになるんだろうね。
花も恥じらう年頃になったら、間違いなく美人になるんだろうなぁ・・・
・・・・・・。
・・・やばい、泣きそう。
だって、いつかは嫁入りするってことじゃん・・・
はぁぁ・・・え?自分の?
・・・うーん。正直俺は、それでもいいけど。
でもちゃんと、俺と一緒になったらどうなるかは伝えておかないとね。
いくら赤ちゃんの時から一緒にいるとはいえ、俺たちの、仮にも神の精気を体内に取り入れちゃったら、生きていられるか、わかんないし。
ん?まさか。俺は、べにの寿命の中で、精気を体内に入れない状態で、全霊の愛を尽くすよ。
・・・わかんない。べにが死んじゃったら、か・・・
・・・べにとどんな人生を歩めたか、によるかな。
って、そんな話はいいんだよ。そういう話になったらまた悩む。
今は今のことで手一杯だからさ。

あー、うん。実は、この前演練で修行から帰ってきた“俺”とかち合っちゃってさ・・・
・・・正直、悩んでる。
実際、修行を終えた“俺”は強かったし、なんてゆーか・・・
強くなることは大事だし、こうやって天元突破したってことは、それが必要な戦況になってきたってことでしょ?
どれだけやりあっても、減らないもんね・・・ホント、どうなってんだか・・・
でも、修行に行くってことは、四日間べにと一緒に居られないってことで・・・
まさか!他の皆もそうだったし、たった四日で忘れられるわけないって!
・・・うん。そこはまぁ、心配しなくていいと思う・・・んだけど。
・・・・・・大丈夫かな?他の皆とだけで、うまくやれるかな?
何かあったとき、うまくやれる?いや、みんなを信用してないわけじゃないんだけど、それぞれ忙しいしさ。ピッタリの面子がその場に居られるとも限らないって感じで。
相性とか考えて残すようにしてるんだけど、それも全部お任せになると、やっぱりちょっと・・・
あとやっぱり何といっても、べにが俺がいないことに耐えられなくなって泣いたりしたらどうしようっていうね!?
世の中、母と離れたら食事も食べなくなる子もいるらしいし・・・結構俺、べににつきっきりだったから心配で・・・
帰ってきたとき、栄養失調で倒れてたなんてことになったら俺・・・!
・・・まぁ、アンタも居るから問題なんて早々起こらないんだろうけど。
ていうかちゃんと来てよ?四日間一回も来てなかったなんて言われたら俺怒るからね。
あるじゃんやることなんて山ほど!
べにの話し相手でしょ?そのモフモフ撫でさせてあげればアニマルセラピーにもなるし、もしべにが迷子になってもなんかいろいろ駆使して見つけてあげられるでしょ!
頼りにしてるんだから、頼むよ?
・・・あぁ〜とはいえ、やっぱり決心つかないなぁ・・・!





・・・そんなやり取りが、ここ数週間ずっと続いている。
正直、いい加減うんざりだ。旅道具は揃っているのだからさっさと出ていけ。
むしろ、周りの奴らが“次は加州の番だ”と遠慮しているのに気付いていないのか。馬鹿か。
デスクでつい思い出してしまい舌打ちをしたら、隣からカルシウムウエハースが回ってきた。捨てた。
しかし今日も巡視に行かなければならない。また聞かされるのだろうか。
耳にこびりつく加州のため息にまた舌打ちをしそうになるのをぐっとこらえて、“こんのすけ”との同期を始めた。


『座標軸安定、固体識別完了、通信子機“こんのすけ”とのシンクロ、80%、90%・・・100%。紺野管理官、通信モードに入ります』


機械的な手続きの音声フォン、と軽いノイズ。
いつもの環境変化に、もはや戸惑いはない。
しかし目を開けてそこに見えたものには、どうしても戸惑いを隠せなかった。


「・・・・・・加州・・・?」

「うえええぇぇぇぇ・・・っ・・・・・・ひっ・・・紺野・・・?」


ズビ、と鼻を鳴らす加州に、何かあったのかと本丸の状態を確認する。
しかしデータ上に何の変化もなく、そしてまた加州の傍にべにの姿もない。


「・・・・・・これ」


いったい何が、と混乱する鼻先に、ずい、と一枚の紙きれが突き付けられた。
そこに、書かれていたのは。



・・・・・・・・・・・。


「っく・・・・・・・・・ふっ・・・・・・・・・。べにが〜・・・!俺にっ・・・書いて、くれてぇぇぇうえええぇぇ・・・!!」


出来れば今すぐにでも、端末を切りたい。それかこの場を去って仕事をこなし、早々に現世に帰りたい。
だが、この本丸を一番把握しているのはこの加州清光で。こいつの口からでないと得られない情報もあって。
結局極力無言でプレッシャーを掛けながら待つという、控えめな主張に終わった。
けれどまぁ、空気を読んだのか気が済んだのか。


「ズビッ・・・・・・はぁ・・・・・・。紺野、額を用意してくれる?UVカットのやつ。これは無理。愛しすぎ。これなくすとか考えられない」


紙から目を離すことなくそう言われて、床を叩く尾に思わず力が入ってしまった。


「“おしごとがんばって”・・・かぁ・・・・・・うん、やっぱり俺、ちょっと本気で頑張ってみるよ」


そんなこちらの様子も眼中にないのか、勝手に話を進める加州。
たまにあるが・・・こうなってしまってはどんな苦言を呈しても耳に入ることはない。
小さくため息をついて、切り替えろ、大人になれ、と自分に言い聞かせた。


「・・・なんか、大丈夫なんだろうなって、思える。こんなに頑張ってて、こんなにやさしい子が主なんだもん。一番の刀として、こんなところでぐずぐずしてるわけに、いかないじゃん?」


ピク、と耳が動く。
こちらも、ようやく加州が言っていることに理解が追いついた。


「・・・行くのか」

「うん。・・・後のこと、4日間。よろしくね」

「・・・様子は見ておいてやる」


だから、さっさと行ってこい。
・・・帰るころには、額を用意しておいてやる。


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