長い永い、お話


「…それは、大変、だったな…」

「ちょっと、引かないでよ。見せ場奪って悪かったって」

加州とひっしと抱き合うべにを横目にしつつ、何とか絞り出した言葉はあっさり一蹴されてしまう。
だがまぁ、わかってほしい。息巻いてやってきたその先に敵はいないとわかったこの脱力感。
ここまでの道のりが無駄だったわけでも、間違いだったわけでもないが、肩透かしをくらったようなこの感覚。
膝の力が抜けそうになるのを、気力だけで支えているようにすら感じた。
ちなみに同田貫と一期はべにが加州と抱き合った瞬間に力尽きたのか姿を消した。俺も消えたい。

「俺もこの展開は予想してなかったわー。もうじゃあ本丸に帰せばいいんじゃね?」

「まぁ、そう、かな?なんか順番狂ってよくわかんなくなってきた」

「お前よくそれで管理官なんてやってられるなー」

「修一に言われたくねぇよ!いっつもブラックすれすれの動きしやがって!」

「政府にとっ「政府にとってはブラックでも、私たちにとってはホワイトです」


後ろでぎゃんぎゃん言い合う兄弟げんかは完全に無視するつもりだったが、不意に入ってきた第三者の声に思わず振り向く。
向かい合う兄弟の間に立ち、修一を背にかばう、甲冑を身にまとう男。
―――へし切長谷部。あの、腰の刀か。


「おぅ…なんでお前出てきたん?」

「申し訳ありません主。ですが私のような、使われている側が発言したほうがこれ以上主を貶されずに済むかと思いまして」


平然と言ってのける様子は悪いとはかけらも思っておらず、むしろ当然とだけ思っているような。
へし切長谷部の肩越しに顔を見合わせた兄弟は、毒気が抜かれたようでずいぶん気まずそうな顔をしていた。


「あー…な?俺愛されてっから」

「おぅ…うん、ごめんかった」

「わかっていただければよいのです」


なんの茶番だ、とため息をついて目を逸らせば、こちらも相変わらず抱き合ったまま動く様子のない二人。
そろそろ話を進めるか、と口を開けば、苦しそうに加州の腕からもぞもぞと顔を出したべにと目が合った。


「こんちゃ!」

「………」


そういえば、そう自己紹介されていたか。
訂正しようと口を開いて、音を成さないままふと閉じる。

―――俺は、なんだ。

この子にとって、何だと伝えればいい?
親、ではない。この子に自分の遺伝子は刻まれていない。
育ての親、とも言い難い。その称号は今あの子を抱きしめている彼らに相応しい。
管理官、は、幼い彼女に意味を理解させるのが難しいし―――
そう、思いあぐねて動きを止めた数秒。
べにが加州の腕から逃れて、こちらに走り寄るのに、数秒。
そのままの勢いで足に抱きつかれるのは、一瞬だった。


「こんちゃ、かえろ!」


膝への思わぬ衝撃にぐらつく身体を気にも留めず、輝かんばかりの笑顔と共に言われたその一言。
―――それに、どれだけ―――救われたことか。


「…?こんちゃ?いたいいたい?」

「………、いや、どこも、痛くはない」


力を緩める気配のないべにの頭にそっと手を置き、撫でる。
二度、三度。
するりと抜ける絹糸のような手触りに、そういえば生身で触るのは初めてだった、と小さく驚く。
涙の痕の残る目元がこちらを見上げて、そういえば見上げられるのも加州の肩に乗せられている時くらいだったな、と改めてその小ささを実感した。
そう。―――小さい、のだ。
政府に世界の未来を任される、この子はまだ、こんなにも。


「こんちゃ、かえろ?」


再度、提案。
いや、嘆願に近いのか。
紺野の服を握りしめる手は硬く、見上げる目は揺れる。
すぐに返事をしなかったことで不安にさせてしまったか、と反省するも、返事は決まっていた。


「―――いけない」

「…やぁ!いけないないの!」

「まだ、やらなければならないことが、たくさんあるんだ」

「…いっしょ、いこ?」

「………」


今度こそ、嘆願。
けれど応えることはできない。
俺は親ではない。育ての親でも、ない。
だが、お前の生活を、お前の幸せを、守る者だ。
世界を守るお前を、今度こそ。


「全て終わったら、必ず行く」

「…やくそく?」

「あぁ、約束する」

「ぜったいよ?」

「あぁ、絶対」

「ぜったい、ぜったいだからね!」

「必ず、お前の元に行く」


それは、誓い。
言い訳は、もうしない。
お前の―――べにの幸せを、守るために。











「―――そうして蛙の子は、無事、家に帰ったのだ」

「えぇ〜っ!じゃあカンリは?カンリは置いてけぼりなの?」

「ちゃんとあえるよね!」

「はっはっは。そうなぁ…」

目を輝かせながら話を聞いていた子供達が、結末に納得いかない!と騒ぎ立てる。
語り部の三日月がそれをどうどうと宥めながら次をいかにして話始めようか、と思い巡らせていると、廊下との襖がすらりと開いて一人の男が姿を見せた。


「三日月。次の行き先が…なんだ、お前たちもいたのか」

「おや、提督」

「…その呼び方はやめろと言っているだろう。べにが呼んでいる。行ってこい」

「ん〜。では参加するか」


腰を上げた三日月に、仕事とあってはこれ以上話を聞けないと知っている子供達は標的をかえる。
勿論その矛先は、今入って来た男に向かった。


「ねぇ、おじい様!おじい様はカンリの話、続き知ってるのですか?」

「その呼び方も…ん?管理?」

「さて、給料分は仕事をするか」

「お前…」


子供の一言と三日月の様子から何が話されていたかを察した男は、そそくさと部屋を出て行く三日月の背中を睨みつける。
小さな笑い声と共に閉められた襖にため息をついて、子供達の期待に満ちた瞳に負けた男は先程とはまた違った意味のため息をついた。


「…仕方ない。俺の知っていることでよければ話してやる。どこまで聞いた?」

「蛙の子が、家に帰ったとこまでです!」

「そうか…」


ではまだ、20年以上の物語が残っている。
それを自分一人で話し尽くすのは難しいし、多分ここまでの話もリレーのバトンのように繋がれてきたのだろう。
キリのいいところで次の語り手が来ればいいが、と願いながら、男はもはや遥か昔のことに思える思い出を手繰り寄せた。


「なら、その後男が…カンリが蛙の子の元へ来てからの話を少し…してみるか」






fin

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