1、相手の意図を察する
現代には、エイプリルフールというやつがあるらしい。
どうやら嘘をついても許される日らしく、なんとも都合のいい日を作ったものだと思ったが・・・
「これを活用しない手はないだろう!」
「うわぁびっくりした。今度は何を思い付いたの?」
バン!と机に手を付きながら宣言すると、ふかしたジャガイモの皮を手際よく剥いている燭台切がチラと顔を上げる。
すぐに手元に視線を戻した燭台切と、その隣で同じく手を止めずに小さくため息をつくくり坊。
そんな二人と俺をオロオロと見比べる同じく手伝い中の五虎退の頭をがしがしと撫でて、二人の態度にめげることなく空いた席に座る。
まだ皮が付いたままのジャガイモに手を伸ばしながら、言い含めるように説明した。
「いいか?いい感受性ってのは日々の生活の質から得られるもんだ。漫然とした日常では脳が考えることを放棄してしまう」
「だから鶴さんはべにちゃんに驚きをもたらすんでしょ?危険がなければいいよって言ったよね?」
「いや違う、そうじゃない!」
確かに前に落とし穴を作ろうとしたときにこっぴどく叱られたが、それじゃない!
「お前たち、べにに嘘をついたことあるか?」
「嘘?うーん・・・遊ぶ約束をしていたのが、用事が入って後回しになった・・・とかなら」
「甘いな。甘い!そんなものは嘘ではないだろう!」
「・・・わざわざ嘘をつく必要もないだろ」
「まぁ、その通りなんだが。べにの人生経験に、“嘘”を織り交ぜないのは駄目だ」
くり坊の言葉に少し気を落ち着かせて、最近特に考えるようになったことを口にする。
べには外の世界を知らない。テレビの中に生きる、他の人間と同じ経験をしていないのだ。
それはきっと、彼女にとってマイナスになる。
これからどんどん成長していくべにが、テレビの中の世界に興味を持たないとは思えない。そうなれば、もしかしたら現世に行く・・・なんてこともあるかもしれない。
そうなったとき、もしくは万が一そのまま現世に留まることになったとき。
もし、変な人間に引っかかったら?騙されて、辛い思いをしたら?
考えるだけで胸が締め付けられるような思いもするが、可能性がゼロでない限り、彼女のためになることは全てしておきたいのだ。
「誤魔化しも、保身も、猜疑も。“人”の中で生きるためには、必要な能力だ」
「・・・それで、嘘をつこうって?・・・うーん、言いたいことはわかったけど、気がのらないなぁ・・・」
「そ、それに、べに様が人を疑うような人に育ってしまったら・・・」
「甘ーい!俺がそこに気付かないとでも思ったか!」
「・・・割と抜けてるだろ」
「くり坊、食べるものには気をつけろよ」
余計なことを言うくり坊にジャガイモが爪に詰まった指先を突き付ければ、わかりやすく嫌そうな顔をする。
今日はコロッケらしいから、細工のし甲斐があるってもんだ。
「で、鶴さんは何を考えてるの?」
「おぉ、あのな。現世は今日、エイプリルフールという嘘をついてもいい日らしいんだ」
「嘘をついてもいい、ですか・・・?」
「一年に一日だけ、そうして“嘘”というものを知る。どうだ!」
俺だって、進んで嘘をつきたいわけじゃない。だが、甘やかしてばかりもいられないと、歌仙ママだって言ってたしな。
経験のすべてが、あの子を成長させる糧になるように。
俺のそんな思いが伝わったのか、じっとこちらを見ていた燭台切がふ、と小さく息を吐く。
「・・・じゃあ、鶴さん。頼んだよ」
「任せておけ!」
くり坊用のジャガイモを懐に忍ばせつつ、俺はいい笑顔で大きく頷いた。
「べにー!」
スパン!と襖を開け放つ。
部屋の中で一期と遊んでいたべにが弾かれたようにこちらを振り返って、俺の姿を目にした瞬間にぱっと顔を輝かせる。
あぁちくしょう、可愛いなぁ!
「つぅ!きた!」
「あぁ、来t・・・いや、俺は鶴ではない!べに、俺は今日一日嘘をつかないぞ!」
「・・・?なーに?おどぉいた、なーに?」
嬉しそうに走り寄ってくるべにだが、さすがに意味がわからなかったのかキョトンとした顔で首を傾げる。
そのまましゃがんだ俺の手を取ると、ぶんぶんと腕を振りながら期待の目で聞いてきた。
キラキラと輝く瞳で、今回の驚きを発見しようと腕を持ち上げて袖をのぞき込んだり、俺の後ろに首を伸ばしたり。
袖の中のジャガイモに気付いて手を突っ込もうとしたのを、「これはお前用じゃないんだ、」と慌てて遮った。
「もはや驚きの伝道師ですな」
「・・・くぅっ・・・!なんて可愛・・・いっ、いや、これは言えん!嘘をつかないことも、嘘をつくこともできん・・・!」
「はい?」
爽やかに笑う一期だが、悶える俺にそれも苦笑にかわる。
「袖に入っているのは誰用ですか」と呆れた声には答えず、べににビシッと天井を指差して見せた。
「べに、今日は雨雨だな!ジャバジャバいっぱい降ってるな!」
「あめあめ?」
そう言ったべにが、天井ではなく縁側に顔を向ける。
当然、雨は降っていない。
首を傾げるべにが俺の表情を伺うようにこちらを見るのに、益々嬉しくなって喜々として言葉を続けた。
「いやぁ、突然だったから、もうビショビショだ!ほら、服も濡れてしまったよ!」
べにが今度は反対側に首を傾げる。当然、俺の服はどこも濡れてはいない。
視線は俺の全身と顔を行ったり来たりして、真実を探そうとしているようだった。
一期は察したようだが、「べに様にはまだ早いのでは・・・」と小言を言う。正直、俺ももうちょっと違う嘘にするべきだったか、と思った。
「あっ!」
「えっ?」
だがそんな俺たちをよそに、暫く首をコトコトと右に左に傾けていたべには何かに気付いたと言わんばかりの輝く笑顔を見せて、ぱっと立ち上がると縁側から庭に降りる。
そして期待のこもった瞳で屋根の上に目を向けて、おや?と首を傾げた。
「・・・あめあめ?ないなーい」
「あ・・・あぁ!ほら鶴丸殿。べに様が勘違いしてしまったじゃないですか」
それはあれか。俺がやりかねないこととして、屋根の上から誰かが水をかけるだろうと思ったのか。そしてさらに言えば、それを見るために、あんな期待した表情で外へ駆けだしたのか。
「・・・・・・・・・」
「・・・鶴丸殿?」
「・・・一期一振。これは思った以上に苦行だぞ」
ゆっくりと振り返って、眉を顰める一期に低く呟く。
まさか、こんなに辛いなんて。こんなに、苦しいなんて・・・!
「“可愛い”も“愛しい”も“大好き”も言えないだぞ・・・!?俺は、俺は今日一日このあふれる感情をどうしたらいいんだ・・・っ!!!」
「・・・知りませんよ。ご自分で蒔いた種でしょう」
しっかり摘み取ってください、と冷たく言い放つ一期と、庭から「どーこー?」と加州の言い方を真似るべに。
男士たちの冷たい態度には一切へこたれない俺の心は、べにの動作一つであっさりと陥落するのであった。
くそぅ・・・今日一日、絶対に嘘をつき続けてやるからな!
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