4、よく寝る
「暖かくなってきたなぁ・・・」
「べにねー、おねむなの・・・」
「わかる・・・」
くあ、と大口を開ければ、習うようにべにも「ふぁ〜あ・・・」と大きなあくびを零す。
伸びをしてみても首を鳴らしてみても消える様子のない眠気に瞼はとろとろと落ちてきて、こりゃあこのままここで昼寝するのも時間の問題だな、と他人事のように思った。
平和な平和な本丸の庭。鳥は楽し気に鳴き、時折思い出したように鹿威しがカコンと鳴る。
そんな庭の様子とは裏腹に今日この時、本丸に歴戦の猛者たちは一人も残っていなかった。
しぱしぱと少しでも眠気を飛ばそうと瞬きをしながら、思い出すのは朝の話。
『―――新たに戦場が見つかった』
集まるなり話し始めた紺野の言うには、豊臣の時代の大阪城に異変があるのだとか。
しかも地下に向かうとか、一体歴史はどれだけ改変されてしまったんだと正直焦ったがまぁそれはそれとして。
『前例から、大阪城の内部は薄暗いが夜目が必要なほどではないらしい。名目は“調査”だが、通常の戦場と同じく破壊の可能性はあるため注意するように』
『わかった。なら編成は決まってるね』
新たにという割に対策が考えられるほど前例があるのか、なんて引っかかりはいつものこと。
そんなことは重要ではない、と加州の決める編成に、自分の名前がないことも何の疑問も抱かないが。
「・・・“審神者”ってなんなんだろうなー・・・」
「・・・?」
「べにが主のはずなんだけどなー」
コテリと首を傾げ、トロンとした目でこちらを見上げる小さな主には、確かにとてもじゃないが采配は仰げない。
成長しても、女の子だから、と戦事からは遠ざけられるかもしれない。
だがそうしたら、この小さな姫は本当にただの象徴―――悪い言い方をすれば、“お飾り”になる。
確かにそれも一つの手だろう。実際戦場で一瞬の判断を下すのは部隊長だし、そこには紺野だって関与のしようもない。
人間の歴史から言っても、無能な首級はいくらでもいた。
だが、たとえ無能でも、トップがいなければ軍が立ち行かないというのは、集団を造るうえで絶対のものらしく。
だがもちろん、有能な主にこそ、下はついてくるというもので。
―――最近、これでは紺野が主のようだと、思えてしまうのだ。
「お前に作られたから、お前が“主”・・・ってだけじゃ、寂しいものあるよな」
「さみしーの?」
「んー。寂しい・・・っつーよりも、虚しい?」
「む・・・?」
「まだべににゃわかんねーか」
カクン、と頷くと言うよりも一瞬落ちた頭に笑って、ごろりと廊下に背を付ける。
普段なら、こんな姿勢をとろうものならどこかで監視でもしているのかと思うほどすぐに歌仙あたりが現れて、「行儀が悪い」とお小言が降ってくるものだが。今日は件の面子も出陣メンバー。
べにもわかっているのか、それとも睡魔に負けたのか。すぐそばで同じく日向ぼっこをしていた鵺に抱き着くように倒れ込むと、べにもまたウトウトと意識を手放し始めた。
片手に収まりそうなほど小さな背中が、いくらもしないうちにゆっくりと規則的に上下し始める。
そんな平和な平和な光景を、トロリとまどろむ意識の中でぼんやりと眺めて、獅子王は思う。
この小さな主に仕える意味は、なんだろう。
自分に問うて、自然と思い浮かぶことがある。
「(守りたい・・・)」
この、小さな主を。この、平和の行く末を。
今まさに、加州達は自身を振っているだろう。もしかしたら、(そんなことはまずありえないと断言できるが)命の危機に瀕しているかもしれない。
けれどそれを待つ己らの、なんと平和なことか。
「(―――けど、俺はそれがいい)」
この平和を守るために。主の未来に不穏な影が近付かぬように。
それを守るためなら、今この瞬間に身を翻して加州達と入れ替わることも厭わない。
「(そんなもんなのかな)」
他の刀剣男士たちはどうなのだろう。紺野のように適切な助言を与え、近侍と共に戦略を練り、必要に応じて援助をくれる審神者と共に戦っているのだろうか。
想像した瞬間、血が滾った。
俄かに高揚する胸の高鳴りに、一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「(・・・でも、紺野かべにかって言われたら、べに一択なんだよな)」
結論付けた瞬間に戻ってくる眠気に、もはや自分でも笑うしかない。
結局何だかんだ考えても、心に掲げた主はべに以外に居ないのだ。
「何百面相してるんだ、獅子の旦那」
「・・・あ?薬研?・・・あれ、お前も出陣組じゃ・・・」
「まだ寝ぼけてるな。俺っちはお前さんと一緒に交代で居残り組になっただろ?」
「・・・あー、あ、あ、・・・そうだった」
少し前まで一緒に戦場に立っていたから、何となく勝手に戦場に居るのが似合うと思ってしまっていたらしい。
脳みそまで溶けちまいそうだ、と苦笑して身体を起こせば、完全に寝に入ったべにを挟んで薬研も縁側に腰を下ろした。
「・・・なぁ、お前は紺野のこと、どう思う?」
「紺野の旦那?そうだなぁ、いい加減ちっと素顔を見せてくれてもいいと思うが」
「なんだそれ」
冗談か本気か、絶妙な答えにひとしきり笑って、ふぅ、と息をつく。
「―――主たるに向いていると思ったこともあるな」
隣を見れば、まっすぐに庭を見つめる横顔。笑みをたたえるような、唇を引き結ぶような表情に、真意は読み取れない。
息が喉で詰まるような感覚に、獅子王は慎重に問い返した。
「・・・それで?」
「べにに名前を呼ばれて、あほらしくなった」
結局、俺たちにも“心”があるってことかね。
横目でこちらを見て、悪戯に口の端を上げる様子に、どっと肩の力が抜ける。
何だよ、とため息をつきながら顔を覆って、こいつにゃ敵いそうにない、と苦笑した。
だがまぁ、それでいい。
すやすやと眠る我らが主の平穏を、守れるなら、それでいい。
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