8、人のものに興味をもつ


アンタは好きな食べ物、最初に食べる派?最後に食べる派?
アタシは最後派かなー。え、ちょっと意外だって?
はは、まぁ、確かに腹ペコの時に入る一口目はサイッコーに美味いけどさ。
最後までとって、とって、とっておいて、ようやく口に入ったときの喜びったらないんだよね。
え、食べる前に誰かに食べられちゃったら悲しくないか?
いやぁ、それはそれでいいんだよ。ま、一口分くらい残しておいてほしいもんなんだけど。
だって、好きなものって共有したくなるじゃないのさ?
誰かがそれをアタシと同じように“美味い”って思ってくれたんだったら、なんか、アタシが食べたよりも満腹になるような感じなんだよね。
それが好きな人とだったら尚更さぁ。


「だから全然、悪気なんてなかったんだって!」


すっ転ばされたせいで普段とは逆の見上げる視線、その先にはこちらに本体の切っ先を向けた歌仙兼定。
丁度逆光のせいで全く表情が見えないのが、最高に恐怖なんだけどさ!


「最期の言葉は十分かい?」

「ちょおおおお待って、下ろして!いや、ゆっくり!あたしに突き立てずにだよ!?」


ガチの感じでゆっくりと持ち上げられる歌仙兼定(本体)に、マジでアタシはやらかしたんだってことは十分に理解したからさ!










「・・・未成年の飲酒が禁止されていることを、ご存じなかったのですか?」

「いやぁ、知ってるよ?そりゃ知ってるけどさ」


呆れた表情で目の前に正座する一期一振に、不満を隠すこともなく言葉を返す。
確かに自分でも調子に乗ったとは思ってる。
宴会の席で、あまり慣れてくれていなかったべにが自分から近付いてきてくれて、舞い上がってた。
べにがアタシの手にある御猪口に興味を持ってて、嬉しくなった。
だから、顕現された時に得た知識で知ってはいたけど、ほんのちょっとなら、という悪戯心が働いた。
そう。ほんの、悪戯心。
だったのに・・・。


「たった一舐めさせただけで、ここまでする・・・?」


半年間の絶対禁酒。破った瞬間に即刀解。
一週間とか、一か月とか生易しいレベルじゃない。
アルコール中毒者である自分に(自覚はある。そりゃあね)、半年も飲酒を禁止するなんて。
ちょっと流石に厳しすぎやしない?と苦言を漏らしたら、鯉口から光が見えたからそれ以上は言えなかったけど。
ついでに一週間の謹慎まで食らって、部屋でむすくれていたときに一期が困ったように苦笑しながら部屋の戸を叩いたというわけだ。


「アタシだって、酒の怖さは知ってるよ?飲みすぎたなーって日の次の日は、頭痛がひどいし。でも一舐めくらい、影響ないでしょ。ぜーんぶオシッコにして出しちゃえるじゃん?」


ブツブツと、聞かせるというよりは半ば独り言で不満を連ねる。
短刀たちにまで「・・・最低です・・・っ!」とか言われちゃって、一人も味方のいないところに来てくれた一期は、話を聞いてくれるだけで結構な救いだったりするのだ。
けど、そんな一縷の望みをかけた一期の訪問は、やっぱりアタシにとっては都合のいいものではなかったみたいだ。


「子どもの飲酒は、現代では完全に禁止されています」

「だからぁ・・・」

「現代の法律が、この本丸に全て適応されるとは、言いません」


ですが、理由はあるのです。
酒が入っていないことでイライラしてたアタシは、この時まで全然気付いていなかった。
変わらないうっすらとした笑みを浮かべた一期の目が、ちっとも笑っていないことに。


「べに殿は、我々のように成長した内臓を与えられていません。これから、成長していくのですから」

「んんー?」


言っている意味が、よくわからない。
あたりまえじゃないか。べにはまだ子どもなんだから。
首を傾げるアタシに、一期はそれこそ子どもに言い含めるように、ゆっくりと説明を始めた。


「先ほど次郎殿は、『尿として出せばいい』と言いましたね?」

「んぁ、あぁ・・・」

「それが、できないとしたら?」

「・・・ん?」

「体内には、肝臓と呼ばれる、体内に入ってきたアルコールを、水と、二酸化炭素に分解する臓器があります。


我々は、それがある。体内のアルコールを、無害な尿として排出できる。




赤子には、それがありません。




少し前に、調べたのです。子どもにアルコールは危険だと知ってはいましたが、どの程度、どう危険なのかわからなくて。
アルコール率が5%程度なら、100ml。焼酎などのように40%程度あると、15ml飲むだけで、急性アルコール中毒という病におちいるそうです」

「病・・・っ!?」


衝撃的な発言に、思わず首をブンブンと左右に振る。
病気にしたいわけじゃない。毒を盛りたいなんてあるはずがない。
そんなつもりじゃなかった、と。強く、強く、否定して。
それでも一期の表情は、ゆらりとも揺るがなかった。


「一舐め、とおっしゃいましたね。それは何mlですか?度数はいくつですか?水を飲ませるなど、対処はしましたか?貴方は目を回すべに殿を見て、大笑いされていたそうですね。その何もしない時間で、結果、我らの主がどうなるか。・・・貴方は理解した上で、そのようにされたということですか?」


ようやく。ようやく、理解した。理解、できた。
アタシは、べにに毒を盛ったんだ。
酒が百薬の長だなんて、誰が言った。
その言葉の後ろに()でもつけて、※年齢による、とでも書いておきやがれ。
数多の後悔が襲い掛かる中、それでも一つ、気にかかることが。


「・・・・・・それは、治るのかい?」

「・・・まず、脳が成長しきらないそうです。脳萎縮、と言うらしいですが。そして、二次性徴にも影響が。そして、我々が最も危惧しているのが、アルコール依存症というものです」

「・・・・・・耳が痛いね」


そりゃあ、主がアタシみたいになったらみんなも困るってもんだろう。
酒代は嵩むし、酒が回ってるときは頭もろくに回らない。
・・・そんなことを考えてるアタシは、やっぱりこの時、アルコールというものの残す爪痕をしっかりとは理解できていなかった。


「一舐め、というのが今回、例えば1mlだったとしましょう。味を覚えて、また飲みたい、今度はしっかり味わって、と思ったら。次は5ml飲むかもしれません。貴方も主が一緒に飲んでくれるのは嬉しいでしょうね。もっと、と思うかもしれない。そうしたらほら、・・・べに殿は、貴方に殺される」


脳は萎縮し、二次性徴は乱れ、心は広く物事を見れなくなる。
そしてそれは、全てがすべて、アタシのせい。
・・・サァと、血の気が引いた。


「そんなっ・・・つもりは・・・!」

「無知ほど愚かな罪はない」


一期の顔から、最後の笑みが消える。
最後の慈悲が、消える。


「・・・とにかく今回、べに殿にアルコールを与えることの危険性はお伝えしました。そしてそれに対する、我々の対応も」


冷たく、一片の笑みもない、べにの兄刀であるその顔は。


「―――お覚悟召されよ」


アタシという“敵”を見据える一期一振に、マジでアタシはやらかしたんだってことを、十分に―――骨の髄から、理解した。


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