9、理由はまだ、うまく言えないけど


「みんなーおやつだよー」

「はーい!」


明るい声に釣られるように、ナスの苗から顔を上げる。
同じように顔を上げた大倶利伽羅と目が合って、それぞれがそれぞれの残りの苗に目をやった。
同じように振り分けられたナスの苗は、すぐに立ち上がれるほど少なくはないし、後に回すほど多くもない。


「・・・急ぐか」

「・・・・・・フン」


一つ鼻を鳴らして手元に視線を戻した大倶利伽羅に続いて、作業の手を早める。
国広の作るおやつは、燭台切の料理に引けをとらねえくらいには美味いからな。










「お、今日も美味そうだな」

「もー遅いよ兼さん!ちゃんと手、洗って来た?」

「当たり前だ!」


まるでべにに言うのと同じような口ぶりで聞く国広に、両手を見せながら席に着く。
大皿に乗せられていたはずの和菓子の数々・・・は、もう他の連中が食いおわっちまったみてえだが、気を遣って各種一つずつ残してある辺り有り難い。
手近にあったきなこと小豆のおはぎを一つずつひょいひょいと小皿に取り分けて、さっそく一口齧りついた。
・・・うん。やっぱり国広の作る和菓子はレベルが高い。
畑仕事で固まりかけてた肩の力がストンと抜けたような気がして、幸せを感じながら茶をすすった。


「ほいちゃー、そえ、ひとくち、ちょーだい?」

「(なん・・・って上手におねだりすんだよ・・・!)」

「もーしょうがないなーべにさんは〜」


最近妙に人のものを欲しがるようになったべにが、俺の隣に座った国広の団子に目をつけて、なんとも可愛らしくおねだりをしているのが聞こえてきた。
思わずそちらを振り向けば、国広がハートが飛び回りそうなデレデレ具合で、手に持った三食団子を横にして差し出していた。


「はい、いっぺんに食べると喉につまっちゃうからね」

「あー♪」

「おいしい?」

「・・・♪」


雛鳥みてえに、ちっせえ口をパカリと開けるべにが可愛い。
国広の団子に残った、大した大きさもない歯形が可愛い。
美味いかと聞かれてこくん、と首を縦に動かしながらも一生懸命口をモゴモゴと動かすべにが、めちゃくちゃ可愛い。
何で俺の主はこんなに可愛いんだ。畜生、かわいいなぁ・・・と見とれていると、もっちもっちと口を動かしながらもきょろきょろと周りを見ていたべにと、ばちっと音がしそうなくらいがっちりと目が合った。
・・・のは、一瞬で、その視線はすぐに俺の口に運びかけのおはぎに奪われる。


「な、なんだべに。これ、食べてえのか?」

「・・・・・・」


もしかしたら、俺にもあの「ひとくち、ちょーだい?」が来るかもしれない。いや、きっと同じようにおねだりしてくれるだろう。
そう来たら、どう返事してやろうか。せっかくだし、少し意地悪してもったいぶってやってもいいかもしれない。
拗ねたように頬を膨らませるべにも可愛いし、意地になって何度も「ちょーだい!」と言うべにの視線を独り占めできるのはさぞ楽しいだろう。
そんな妄想を繰り広げて一人悦に浸っていた俺は、「ううん、」と当然のように横に振られた首に、ガン!とたらいが落っこちてきたかのようなショックを受けるはめになってしまった。


「え・・・なっ・・・なんでだよ!?うまいぞ、おはぎだぞ!?」

「いーやないっ」


ぷいっとそっぽを向かれて愕然とする。
な、なんだよ・・・?と途方に暮れて視線を流せば、べに用の小皿に、食べかけの和菓子が置いてあるのが見えた。


「何だ、腹いっぱいなのか。それならそう言えって」

「たべる!」

「はぁ!?・・・ま、まぁ、食べるんなら・・・」

「ややっ!ちがーう!!」


自分で食べようとおはぎを口に運べば、阻止するように詰め寄って袖を取られ。ならばと一口大にして差し出したおはぎはまた振られる。
国広の時とまるで違う態度に、疑問よりも切なさがわいてきはじめそうだ。


「何だよ、俺だから嫌だってのか!?」

「・・・・・・」

「そこは否定してくれよ頼むから!」


ちゃんと手だって洗ってきたぞ!と言うけれど、べには頑として口を開けない。
ぎゃんぎゃんと騒ぎ続けると、うるさいと思ったのか静かに食べている大倶利伽羅の後ろに回ってしまった。
隠れられた大倶利伽羅は、水ようかんを食いながらチラリとこちらに視線を寄越し、そのまま大倶利伽羅の影から全然隠れられてない状態でこちらを盗み見ていたべにと目を合わせる。


「・・・へへー」

「・・・・・・」

「おい何だよその「お互い分かってます」的な笑みは!」

「・・・・・・ん」

「あー♪」

「は!?ちょ、おまっ・・・!」


カパリと開けられた口に、大倶利伽羅の手から水ようかんが運ばれる。
さっきも見た、雛鳥への餌やりのような光景。
それは俺の妄想の中では俺から差し出されたおはぎを食っていたもので。でも、現実は俺の手からは食ってくれなかったのに。


「何で大倶利伽羅からはフツーに食べるんだよ!?」


差し出された水ようかんを美味そうに食うべにに、腹が膨れている様子はみられない。
大倶利伽羅が頭を撫でるのも大人しく受け入れているのに、俺が必死の形相で手招きしてもぷいとそっぽを向いちまう。
挙句の果てには、にんまりと笑ったかと思うと見せつけるかのように大倶利伽羅の膝の上に乗っかって。


「何でだ・・・!?俺、べにに何か嫌われるようなことしたか・・・!?」

「まぁ、そういうときもあるよね」


何だよ“そういうとき”ってよぉ・・・!
泣きそうな気分で二人を見ていると、ポン、と慰めるように背中に国広の手が当てられた。


「大人になって、兼さん。女性っていうのは往々にしてそういうときがあるものだよ」

「・・・お前はいったい何を見てきたんだよ・・・?」


妙に達観した国広の言葉に少し冷静になって、ふと食べかけのおはぎを思い出す。
国広の言う“そういうとき”ってのが一体どういう気分なのかはわからねえが、とりあえずこのまま放置されて味が落ちるのは勿体ない。
べにに振られて若干味気ない気分にはなってしまったが、美味いもんは美味いうちに食べるのがいいしな。


「・・・わぁったよ。今日は大倶利伽羅にくれてやらあ」


少しの強がりも込めて捨て台詞をはき、おはぎを口に運ぼうとした、その途端。


「たべる!」

「はぁ!?」


大倶利伽羅の膝の上からぴょんと飛び降りたべにが、転げそうな勢いでこちらに突っ込んできた。


「べにも!あー!」

「ちょ・・・おい!わかったから食べるんなら大人しくしろっての!」

「やーら!」

「はぁあ!?」


この上なく我儘放題な傍若無人。
あんだけこっちの誘いを断っておいて、いきなり戻ってきたかと思えば当然のように食わせろと要求して、挙句の果てに“やだ”ぁ!?
流石にカチンときた!
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらおはぎを狙うべにを見て、俺が下した判断はと言えば。


「あー!べにのー!」

「ほふぇふぁもふぉもふぉおふぇんふぁ!(これはもともと俺んだ!)」


一息におはぎを口に放り込めば、怒ったべにがぽかすかと全く痛くもねえ拳を振り下ろしてくる。
だが!これはお前が我儘ばっかり言った罰だからな!
ちったあ反省しやがれってんだ!


「かーしゃんがぁー!!あーん!」

「はは、しょうがないなあ、べにさんは・・・」

「子どもが二人・・・」

「ふん!」


泣きながら怒るべにを国広が苦笑しながら慰めて、ため息をついた大倶利伽羅が空になった食器を片付ける。
自分がやったことが間違いだったとは思わねえが・・・とりあえず、じじいが出陣中でよかった、と、ちょっと胸をなでおろした。


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