14、大人の話を聞いている


「拾っていただき、ありがとうございました!」

「気にすんな。たまたまだ」


江戸に入ってしばらく。最後の敵を倒したところで、光を反射してその存在を主張してきたソイツ。
目に入ったものを放置していくのも忍びなくて拾い上げたそいつは、顕現されると物吉貞宗と名乗った。
べにが主であることに驚くのは、もはやこの本丸では通過儀礼。
コイツは納得するのにどんだけかかるんだろうなと思っていたら、思いのほかすんなりと受け入れて「よろしくおねがいします!」といい笑顔で挨拶していた。
顕現したときに近侍だった者が、しばらくの世話係になる。まだ戸惑っている様子の宗三の世話をすることになっている五虎退のオロオロっぷりを見ていた身としては、正直有り難いことだ。

・・・まあ、“拾い物”である限り、紺野から睨まれるのは避けられねぇんだろうけどな。

四六時中どこかしらか視線を向けられるこれからの日々を考えて少しげんなりすると、本丸を案内されに後ろを歩いていた物吉が何かを察したのか、ひょこりと顔を覗き込んできた。
目が合うと、にぱっと満面の笑みを向けてくる。


「なんだよ」

「そんなに眉間にしわを寄せてちゃ、幸運が逃げていっちゃいますよ!」

「はぁ・・・?」


少なくとも今刻まれているしわの一本は、確実にコイツの今の言動に起因するわけだが。
そんなことはおかまいなしに、物吉はぺらぺらと聞いてもいないことをしゃべりだした。


「あ、ボク、前は徳川家康公の元にいたんですけど、ボクを持っていくさに行くと必ず勝てると言われていたんです。それでこんな名前を付けていただいて」

「・・・・・・」


成程な、と一人心の中で頷く。
白く、美しく。穢れなど知らないとばかりの儚さを感じさせる美少年。
黒く、武骨で。実用一辺倒な自分とは、見事なまでに正反対だ。


「だから今度はあなたに・・・あっ、べに様に幸運を届けますね!」


そう俺の向こう側を歩いていたべにに、相変わらずの笑顔を見せる。
だが突然意味の解らないことを言われ、返す反応なんて似たようなものだ。
きょとんと首を傾げるべにの頭を軽く撫でて、さっきから物吉の言う”幸運”とやらに思いを馳せた。


「幸運、ねぇ」


あまり、好きな言葉じゃねえな。


「それってつまり、運がなけりゃあ駄目だったってことにならねえか?」


たまたま勝てた。たまたま負けた。
そんなふうに、自分の実力とは関わらないところに責任を置きたくない。
“運も実力のうち”?だったら、初めから実力で勝負したらいい。
“運”なんて不確かなものにかかわらせずに、実力でねじ伏せればいい。
どう鍛錬しても伸ばせないものになんか、頼れるわけもない。


「あんたの思う幸運って、なんだ」

「“ものは捉えよう”、ですよ」


さらりと何でもないことのように返す物吉に、思わずまた、「・・・は?」と間抜けな声を出してしまった。
物吉は、続ける。


「脇差は、本差が壊れた時の予備の刀です。少なくともボクは、最初はそうしてお供していました」


物吉がいつから家康の元に居たのかは知らない。その間、何度戦をしたのかも知らない。
何度抜かれたか等、知る由も、ない。


「“何度も出陣しても、使われることはほとんどなかった”と捉えるのと、“使われず、折れなかったから、何度も出陣できた”と捉えるのと、どっちをとるかの問題だと思います」


物吉は、からりと笑って見せる。
決して作り物ではない、けれど何も考えていないわけでもない。
腹をくくった者の、覚悟を決めた、それ。


「ボクは何度もお供できたことが嬉しかった。家康公も喜んでくれた。だからボクは、“物吉”の名前を授かった」


道具として本来のお役目を果たせなくても。
主に、必要とされているのなら。


「・・・御目出度い奴だな」

「“物吉”ですから」


笑う物吉の顔に、嘘はない。
・・・けれど、本当にそれでいいのか?
生きるか死ぬかの場面で、“たまたま”生き残ってこれたことは、そんなに誉なことか?


「・・・勝っても“運が良かった”、か?」

「まさか!」


ため息をつきながらの言葉は、一足飛びに否定された。
その勢いに押されて、思わず一歩後ずさる。


「物吉と呼ばれたのは、ボクが勝利を運ぶからなんですよ?そのボクが、“運が悪かった”なんて言い訳して負けてるようじゃあ、この名前をお返ししなくちゃならない」


息まくそこに、さっきまでの笑顔は、ない。
睨むような。挑むような。
覚悟を、決めるような。


「ボクにだって、意地があります」


・・・“儚い”だなんて、この顔には言えねえわな。


「・・・中々いい顔すんじゃねえか」

「同田貫さんは、結構コワイ顔してますよね」

「はっ!?てめ・・・っ余計なお世話だ!」

「“笑う門には福来る”って言うじゃないですか」


思わぬ反撃に噛みついても、そこにはもうさっきの表情はない。
あるのはただ、“笑顔”。
・・・はっ、中々胆の据わった奴が来たじゃねえか。


「笑顔が一番!同田貫さんも、べに様も、笑いましょ!」

「にこー♪」

「はい!にこー、ですよ!」


物吉の笑顔につられて、べにが笑う。
笑う二人の様子を見て、自分も口角が上がっていることに気付いた。
まぁ―――“幸せだ”と感じられる瞬間が増えるのなら、願ったりかなったり、か。


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