15、大人の態度も真似する


「・・・またか」


この本丸の洗礼とやらを一通り受けて、ようやっと本丸の案内を受けとったとこで目の前からポテポテと歩いてきた小さな存在に、蹴とばしそうやな、と足を止めた。
斜め前を歩いとった加州はんは、そりゃあ慣れとるで蹴るわけもないやろうけど、それでも足を止めて深ぁくため息をついた。
何や、訳ありの相手って感じやけど・・・何や?このしゃべる狐はんは。


「だから大丈夫だって言ってるだろ?」

「何度も言っているはずだ。戦場で拾う刀は・・・」

「歴史修正主義者の影響を受けている可能性がある。だからこの本丸に持ち込むな。もう耳にタコができるくらいには聞いたよ」

「何故実行しない」

「さんざん歴史修正主義者と対峙してる俺らの勘」


戦場に出るモンは基本的に勘がいい。と言うより、勘を駆使せんと生き残れぇへん。
歴戦の猛者の勘は馬鹿にならんでぇ、と、話題の中心が自分であることは棚に上げて狐はんを冷めた目で見下ろした。


「後ろで指示しとるだけの奴がよぉ言いますなあ」

「・・・・・・」


どう見ても、刀剣男士には見えん。霊力も大してない、となればコレは戦に口だけ出してくる輩や。
正直そんなんを構うんも面倒なんやけど自分、はよ終わらせてゆっくり休みたいんですわ。


「そんな心配なら、あんさん自分で見張っとったらええやないの」

「・・・私がこちらに来られる時間は制限がある。できないとわかっている提案は控えろ」

「おお怖。顕現されたばっかのモンに対してよう言いますわ」


睨み上げてきていた狐はんの視線が逸らされる。
・・・ほー?常識は忘れとらへんタイプみたいやなぁ。


「・・・刀を拾った経緯と、その必要性。顕現されてからの動向を報告するように」

「はいはい、いつもの、ね」


自分との不毛なやり取りを諦めたのか、紺野とかいう狐はんは加州はんに指示だけして隣を通り過ぎていく。
こちらに一瞥もくれない様子には、ちょっとやりすぎてもうたやろか、とちょっとだけ反省しといて。


「それにしても、この本丸はおんもい空気しょっとりますなぁ。ついていくんはしんどそうや」

「まぁ、たまにしか来れないみたいだからねー。あいつもここのことが心配なんだよ。はっきり言われたことさえ気を付けておけば、そんなに住みづらいところじゃないからさ」


はは、と苦笑してパタパタと手を振る加州はんに、思わず首を傾げた。


「・・・あんさん、あの狐はんこと嫌っとらへんの?」

「え?俺紺野のこと嫌いじゃないよ?」


確かに、さっきの言葉と表情からは、狐はんに対する暗い感情はなんもあらへんかった。
顔合わせてまだ数時間しか経っとらへんけど、そういうのははっきり表すタイプやってことは十分わかっとる。
だからこそ。


「あんなピリピリしといてそれ言うん?」

「あー・・・それはそれ」


目の前のものを横に置く仕草に、いや横には置けんやろ、と内心思ったけど、まあそこはぐっと我慢して。
でも加州はんの言葉には、やっぱり首を傾げてもうた。


「“紺野”とおしゃべりするのは嫌いじゃないけど、“政府”と話すのはすんごく嫌いだから」










「あかしー、あそぼ!」

「今日は天気が悪いから遊ぶ気せえへーん」

「あかし!こらっ!」

「なんでそーゆー言葉ばっか覚えるん?」


出陣も何度かこなして、本丸の当番にも組み込まれるようになって。
自分、働きたくないんですわと加州に話したら、いい笑顔で単身遠征を何周も行かされる羽目になり、ぼちぼち休んで、ぼちぼち働く今のペースが一番なんやと身をもって思い知らされた。
そうやって世話を焼いてくれた加州も、慣れてくれば自分一人にいろんなことを任せるようになる。
加州はんに任せて、見とるだけやったら楽できたんやけどなぁ・・・
ま、もうすぐ雨も降りそうやし、今日の水やりは休ませてもらうけどな。
そんで縁側に座っとったら一番厄介な相手に見つかってしもたワケやから、もう休むもなんもあらへんようになってしもたんやけど。
安息がとれへんかったことと・・・それから、ずーっとついて回っとった視線が、べにに絡まれだした瞬間から一層キツクくなったことに、大きく、深くため息をついた。


「そんだけ目くじら立てられとったら、悪さしようにもできへんわ」

「させないための措置だ」


悪びれもなく当然のように出てくる狐はんに、また、今度ははっきりと聞こえるようにため息をついた。


「はーあ。加州はんもなんでこんな御仁を嫌いじゃないとか言えるんやろーなー?」

「なー?」


謂れもない疑いの目を向けられて、こんな肩身狭い思いして。
自分には無理ですわ。


「・・・所詮、刀の化身と人間だ。住む世界が違う者、分かりあうことなどない」

「そりゃ、あんさんがそう思っとる限り」


続けた言葉は、自分でも耳に届かないほど大きな雷の音にかき消されてもうた。
バリバリバリ、と天を裂くよな音に、思わずパチクリと目を瞬かせてから空を見上げる。
雨は降っていないが、この曇天。雲が決壊するのも時間の問題やろな。


「・・・なーに?」

「ほお。あんさん雷に驚かへんのか」

「かい・・・、?」


キョトンとして空を見上げるべにに、恐怖の色はない。
こんな小っさい子で、しかも女の子が雷に驚かんとはなぁ。
面白くなって、ちょっと怖がらせてやろかとべにに顔を近づけた。


「雷さんが来るとなー、へそ取られてまうんやで?」

「へそ?おへそ?ないない?」

「そーそー。雷さんはへそが大好物なんや」

「・・・だめー!たべちゃだめ!」

「そうそう。そーやってしっかり隠しとくんやで」

「・・・おい。あまり本気に・・・」

「あんさんも」


ぎゅ、と腹を抱え込むようにしたべにに満足して、また小言を挟もうとした紺野にくるりと向き直る。
せっかくやからなあ。こっちでも遊ぼか。


「取られたらまずいもんは、しっかり隠さなかんで?」

「・・・何を言っている」

「ハンパしとると、なーんもなくなってまうからな」


自分はなんも知らんで?紺野が抱えとるらしい責任とか、覚悟とか、なーんも知らん。
でもな、そんなわかりやすく何かしょっとること顔に出しとったら、悪いお人に攫われてまうで?
黙り込む紺野に、図星かいなと気が削がれる。
あーあ。つまらん。べには可愛いけど、やっぱりまだツッコミ入れるほど言葉も育っとらんし。


「あかしー。おへそだいじょーぶ?」

「んー?あーへそ取られてもーたー力がでーへんー」

「うそ!げんき!」

「そんなことあらへんわー。可愛い蛍丸かせめて愛染でもおってくれたら、元気になるんやけどなー」

「・・・?だぁれ?」

「・・・改めて聞かれると・・・そやなぁ、可愛い可愛い弟分・・・ってとこやろか」

「べに、いるよ!」

「わーすがすがしいほど自信満々な姫さんやなぁ」


愛されて育ったんやろなぁ、愛されて当然、っちゅー顔しとる。
けど自分、そういうのタイプやないんですわ。


「でも自分はあの二人の方が好きやわ。ごめんなぁ、姫さん」

「べにじゃだめ?」

「別枠やな」


嫌いやないけど、蛍丸が折られそうになったらあんさん殺すわ。

自然とその考えが出てきて、はた、と気付く。
そか。もしかしてやけど、拾われっ子はそれが考えられるっちゅーことが違うんとちゃいますか?
審神者に仇名すかもしれへん因子は、最初から入れんとこ、ちゅーことか。
審神者がそのまま生みの親みたいな、鍛刀された刀は、一番が主。その次がそれぞれの大切なもん、みたいなんやろか。
・・・ま、全部自分の想像なんやけど。


「あんさんならわかってくれるやろ?」

「・・・な、」

「どーしても切り捨てられん、大事なモンがあるから」


そうやって、歯ぁ食いしばってしがみついとるんやろ?
言葉は、再度の閃光に喉の奥へと戻っていく。
でも、揺れるその瞳は、雷に驚いたからなんかや、ないやろ?
“一番”が決まっとるから、そこを脅かすものは、排除する。
・・・ほら、人間も刀剣男士も、なーんも変わらん。
「キャー♪」という甲高い黄色い悲鳴に視線をずらせば、腹を抱えるさっきのべにはもうおらん。


「・・・なんや、もう慣れたんかいな。物怖じせえへん姫さんやなぁ」

「すごいねー!バィバィって!」

「はいはい。ほんならもうすぐ雨降るやろうから、のんびり眺めましょー」

「あめ!べにねー、あめ、すき!」

「ほんに、変わった姫さんや」


だから、あんさんらが“一番”を脅かさん限りは、のんびりゆったり、ついていくで。
ま、肩の力抜いていきましょか。


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