17、複雑な指示がこなせる


ジーワジーワと蝉の鳴き声がこんなにうるさいのに、何であいつは木陰で読書なんてしてるんだろ?

話しかけたのは、そんな一種の好奇心。
暑いだろうに、と思ったそこは、風通しの良さもあってか中々に居心地が良くて、すぐに隣に腰を下ろした。
最近顕現された俺、鯰尾藤四郎の世話係だった、骨喰藤四郎。
元々同じ藤四郎の脇差ということで、自然と距離も近くなり。
骨喰も世話係になるのは初めてということで、今では互いに一番信頼できる相手になってたりして。


「・・・べにに本を読んでほしいとねだられるんだ」

「え?いいじゃん、読んでやりなよ」


だから、骨喰からこんな相談を受けた時も、驚きこそすれ、何で俺に?とはひとかけらも思わなかった。
静かに首を振る骨喰に無言で首を傾げれば、少し考えて口を開く。


「・・・それが、寝ないんだ。一冊読み終わると、別の本を持ってくる。そのたびに布団から出るから、目が冴えてしまうらしい」

「枕元に山と積んでおけば?」

「“すべて読み終わるまで寝るものか”と爛々と目を輝かせるんだぞ」

「・・・つまり、逆効果だった、と・・・」

「・・・・・・」


コクン、と重く頷く骨喰に、頑張ったんだなぁとお疲れの意味を込めてよしよしと頭を撫でる。
眉間のしわが少しだけ薄くなったのを見て、こいつも結構単純だよな、と割と失礼なことを思った。


「まぁ、なんとかなるって!」

「・・・お前はいつでもそれだな」


骨喰には呆れたように笑われたけど、実際こんなに温かい本丸ならなんとでもなるでしょ?










それから少しそのままたわいもないことを話し、用があるから、と骨喰が腰を上げた後。
特に用事もないまま木陰でのんびりと空を流れる雲を見ながら半ばウトウトとしていたら、隣から不意に小さな声が話しかけてきた。


「・・・なーにぃは、ほねにぃと、なかよし?」

「ほえ?」


振り返れば、猫?のぬいぐるみを胸に抱えたべにがいた。
少し不安そうなのは、顕現して以来俺とはあんまりしゃべってないからだろうか。


「・・・もしかして、“なーにぃ”って、俺のこと?」

「・・・・・・」


じっと見つめ返してくる視線にいろんな感動を覚えてじーんとなったけど、首を傾げるべにに気付いて一つ咳払いをする。
それからひょい笑顔を見せれば、“話しやすいお兄ちゃん”の出来上がりだ。


「ほねにぃ・・・は、骨喰のことかな。うん、俺と骨喰は仲良しだよ」


果たして骨喰が同じことを聞かれてすぐに頷くかは別だけど、まぁそんなこと気にしなくていいかなって。
ていうか、“にぃ”扱い、嬉しすぎ!あれ、一兄だけの特権じゃなかったんだ・・・!


「ほねにぃにね、・・・ん・・・」

「ん?」

「ご・・・ごめんね、ね?ゆって?ほねにぃ、ごめんね、ご・・・」

「えっ、ちょっ、えぇっ!?」


ふええ、と泣き始めた幼女の相手って、ほぼ初めての会話にはちょっと難易度高すぎな気がするんですよ!






「どーどー」とか「いーこいーこ」とか、とにかく何でも幼女が落ち着きそうな言葉を並べ立ててみて、何とかべにが落ち着いてきた頃には、俺の方がすっかり参ってしまっていた。
でも、落ち着いたからはいバイバイとはいかないし、面倒見たからには最後まで付き合わないとなぁ。


「それで、どうして骨喰に謝るの?」


直接言えばいいじゃんとか、そもそも何で俺経由?と疑問は残るけど、いっぺんに聞いたって答えられるはずないし。
事と次第によっちゃあ骨喰に殴り込みだな、なんてちょっと物騒なことを考えながら、表面上は穏やかにべにの頭を撫でた。
うをおおおお幼女の髪の毛サラッサラやないかああ・・・!やばい俺これには負けた自信ある!
俺のも結構サラツヤだと思ってたけど、一本一本の細さがなぁ・・・


「ほねにぃね、・・・べに、わがままゆって、もう、やだって・・・」

「・・・何?」

「ごほん、よむの、め、よ?」


・・・・・・・・・あ、あぁ、そういうことか・・・
まさかこんなかわいい主のかわいい我儘が聞けないなんて馬鹿なこと言ったんじゃないかと心配になったよ。
・・・いや、骨喰から先に相談されてなかったら、海老固めくらいにはしてたかもしんないけど。
ま、ここは同じ藤四郎として、フォローの一つでもしてあげますか。


「骨喰は―――」


―――ちょっと待てよ。
ここでお兄さんぶって「骨喰はべにが眠れなくなっちゃうんじゃないかって心配してるんだよ」みたいなこと言ったとする。
・・・俺が幼女だったら、全然納得できないけどなぁ・・・?
・・・・・・ていうかそもそも、べにが謝る必要なくない?どっちも悪いところなんてひとつもなくない??


「・・・?」

「・・・そんなことよりさ。ちょっと秘密の作戦会議しない?」










「・・・いいかべに、静かに、だけど普通に近づくんだ。気配を消そうとすると、むしろ目立つからね」

「・・・!」


コクンと真剣な表情で頷くべにの背中を、相変わらず木陰で読書に勤しむ骨喰に向かってそっと押し出す。
静かに骨喰の死角から近付くべにの隠密力、流石短刀たちと遊んでるだけあって侮れないなぁ。
狙い通りに骨喰の手からパッと本を取り上げたべにが、見せびらかすように本を頭上に掲げる。
何が起こったのかまだわかっていない骨喰は、珍しいきょとんとした顔を見せた。


「べに?・・・本を返してくれ」

「だーめ!」

「・・・?どうして」

「ひみつー♪ひみつなの!」


楽しそうにクルクルと回りながら、徐々に骨喰から遠ざかるべに。
一瞬で目の前から消えるんじゃなくて、追いかければすぐに捕まえられそうな、絶妙な距離感だ。


『実は、骨喰は本を読むのがすごく好きなんだ。だけど、目が悪くなっちゃうから、って、夜に読むのは駄目って言われてるんだよね。でも、もし昼、べにが骨喰が本を読むのを邪魔したら、我慢しきれなかった骨喰は、夜も本を読んでくれるんじゃないかな?』


とっさに出した案だったけど、我ながら中々良い思い付きだと思う。
べには骨喰に本を読ませまいと昼間走り回るから、夜は疲れて早く寝る。
骨喰はべにの誤解が解けて、今まで通りの仲良しでいられる。
そしてさらに。


「・・・まったく」

「あっ!?」


骨喰が少し走れば、べになんて簡単に捕まる。
あっという間に本を奪い返されて、べには可愛らしく頬を膨らませた。
・・・もちろん、計算のうちだよ♪


「・・・どうしてこんなことをしているのか知らないが、本はこんなふうに遊ぶものでは・・・」

「とったり〜♪」

「なーにぃ!」

「へっへへーん。骨喰、返してほしくば俺たちを捕まえてみるんだな!」

「なー♪」


ひょい、とべにを抱えてその場から走り去れば、呆然として対応に遅れた骨喰はスタートダッシュに差がつく。
さっきの様子から骨喰にも本を取り返そうとする気持ちがあることはわかったし、なによりここまでされてこっちの意図に気付かないやつじゃない。
このまま一旦姿をくらませて、そしたら鬼ごっこじゃなくてかくれんぼだな!とワクワクする胸を押さえながら、目が合ったべにと悪戯っ子の笑みを交わした。
良い案だと思った理由は三つ。

一つ、べには夜にしっかり眠れるようになる。

二つ、骨喰はべにと本を読む以外でも仲良くなれる。

そして三つ、俺もべにと仲良くなって楽しい時間が過ごせるんだから、最高の案だと思わない?


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