先輩の教え


合宿所の蚊の多さにも慣れてきたこの頃、木兎と話していることがある。


「おっ、見ーつけたっ!烏野のへなちょこ君!」

「っ!?」

「サーブ打ってくれよサーブ!あの全然獲れねーやつ!」


勢いよく突っ込んでいく木兎について、廊下を通り過ぎようとしていた大野に近付く。
案の定固まったまま動けないでいる大野に、軽口を叩こうとして顔を覗き込んだら。


「!?オイ、大野白目むいてんぞ!?」

「ハッ!?」

「ごめんなさいごめんなさい生きててすみません邪魔してごめんなさいごめんなさい」


うわごとのようにごめんなさい、すみませんと繰り返す大野に、ファーストコンタクトは完全に失敗したな、と天を仰いだ。


「なんだよこれ、俺どうしたらいいの!?」

「あー・・・とりあえず、肩離してみたらどうだ?」


引き留めるためだけに掴んだ肩だろうが、大野にとっちゃ虎ばさみにかかったも同然。
木兎が言われるがままに肩を放せば、大野はへっぴり腰で両手を前に突き出す、完全な逃げ腰スタイルでごめんなさい、とまた呟いた。
木兎と目を見合わせて、大野の目の前でこそこそと相談を始める。


「どうすればいいんだよ、俺サーブ打ってもらいたいんだけど」

「どうもこうも、まずは現実と向き合えるようにしねえとだろ」

「へなちょこ君現実逃避してんの!?何で!?」

「あー多分俺らが衝撃的だったんだろうな」

「マジで!?」


徐々に声がでかくなって、包み隠さずすべてが聞こえてしまっているだろうが、本当に耳に入っているかは定かではない。
両手を胸に抱えて今度は「だめ・・・だめ、だめだ・・・っ」とシ○ジ君スタイルで自分に何かを言い聞かせ始めた大野の視点は未だ定まっておらず、いっぱいいっぱいなのが手に取るようにわかった。
けれど、木兎に付き合ってきたとはいえ、大野のサーブを受けたいのは自分だって同じ。
音駒の主将ともあろうものが、いつまでも大野のサーブに梃子摺ってはいられないのだ。


「なぁ、大野?」

「ひっ・・・!」

「まぁそう怯えなさんなって。悪いようにはしねえから」


木兎がガシリと肩を組んで、ビクリと震えたそれに便乗して近づき、耳元で囁くように。


「ちょっとだけ。お互いのためになると思うよ?」



「黒尾さん・・・ソレ、嫌がる女性を悪い仕事に誘ってるようにしか見えないですよ」

「うぉ!?赤葦!」


突然別方向からかけられた声に、慌てて大野の肩から手を離す木兎。
ふらりと倒れそうになった大野を支えて、こちらを睨み…いや、赤葦は別に睨んでるつもりはねぇか。


「また大野をからかって遊んでるんですか?いい加減にしてあげてください。烏野の主将に怒られますよ?」

「うぐっ・・・!」

「あーちょいまち赤葦」


怯む木兎に、まぁ確かに澤村クンは怒らすと怖ぇわな、と苦笑。
でも、俺的にはちゃーんと理由があって話しかけたんですけど?


「俺ら、大野のサーブ受けたいだけなんだよ。別に取って食おうなんて思ってねえって」

「そうそう!へなちょこ君のサーブ、全然へなちょこじゃねえからな!」

「・・・木兎さん、まずはそれをやめましょうよ」

「ん?」

「あー・・・俺も気になってたんだが・・・なんで大野の名前呼んでやらねえんだ?」

「だって俺、こいつの自己紹介聞いてねえ!」


…そういえば。
まぁ、自己紹介なんてする暇もなかったってのが、正論だろうが。
こいつたまーにはっとさせられること言うんだよなー。


「っ・・・・・・!!ひっはぁ・・・っは、はじめま、こ、こんばんはっ!?ひ、か、烏野一年、大野圭吾ですっ・・・!!」

「おう!俺は梟谷の木兎光太郎だ!よろしくな、圭吾!」

「・・・木兎さんって、こういうところ体育会系ですよね・・・」

「普段はただのガキなのにな・・・」


クワガタ捕まえて喜んでるようなイメージがつきまとうくせに、時々“エース”と呼ばれる奴であることを思い出させるんだから、面白い。

ま、名前を呼んでもらえるようになったことで、少し顔を上げられるようになったのはいいことだ。
じゃあ次は、俺の番だよな?


「ところで大野、俺の名前はわかってますヨネ?」

「ひぃっ・・・!ね、音駒の主将、黒尾先輩です・・・っ!!」

「うんうん、それで?」

「え・・・っ?」

「俺の、なーまーえー。知らないとは・・・アダッ!?」

「そんなの、大抵知らないでしょ。大野、クロの名前なんて、知る必要ないからね」


突如割り込んできた声に、今度は俺がビクリと震える番だった。


「こ、孤爪先輩…っ」

「…やっぱり、二人と大野だけにはしておけそうにないですね。…俺も付き合います」

「何でだよ!?マジで!?」

「忙しいな」


前半に不服を申し立て、後半に目を輝かせて喜ぶ。
ホント、忙しい奴だよ。
赤葦が練習に参加することが決まれば、木兎は俄然やる気になる。
でもこうなると、上がったトスを打った先が、がらんどうのコートというのは寂しいモンで。


「…じゃあ、烏野の人連れてくる」

「って、研磨が参加するんじゃないのかよ」

「しない。…でも、見ててあげるから」


通常運転な研磨にまぁわかってたけどな、と思えば、研磨にしては珍しい言葉。
誰の為に言ったかなんてわかりきってるけど、それを研磨に言わしめた大野は、やっぱりかなり興味深い


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リクエスト:あーちん様 ありがとうございました!
データ破損のため、一部修正があります。
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