主の器


「で…っ、では、あの、…その…っ」

「あぁ、行ってくる。今回も京都の椿寺でいいか?」

「はっ…、えと、」

「大丈夫だ。全員刀装は特上だし、お守りも持っている」

「で、でも…っいえ、はぃ…っ」

「…心配するな。刀装がなくなったり、誰かが中傷になったりすれば、すぐに帰ってくるさ」

「っ…!っ…!」

「あぁ…留守は任せたぞ」

「っ…!」


ガバッ、と頭を下げた審神者の項を確認して、近侍の山姥切国広は羽織った布を翻す。
汚れもほつれもない清潔なそれは、バサリと自信のこもった音を立てて風を切る。
続く第一部隊の面々も、「じゃあ行ってくるね、主」「あんま根詰めすぎんなよ」と口々に声をかけては門に向かう。
審神者の左右には石切丸と太郎太刀が苦笑気味に控えていて、これから起こることは目に見えていたが。
それでも自分の身体も大切にしてほしい、と願いを込めて低い位置にある頭を軽く一撫でし、最後の一振りが踵を返す。
各時代の、戦場へと続く門。
審神者の踏み込めない領域であるそこにギリギリまで近付いて、この本丸の主は頭を下げ続ける。
これから戦場へ向かうというのに。
命のやりとりを、しにいくというのに。
刀剣男士たちの顔には、気格とも言うべき自信に満ち溢れていた。




「…なんですのん、アレ」


蛍丸の保護者だからという名目で第一部隊の出陣を見送りにきていた明石国行は、その一部始終をなんともいえない表情で観察すると、ぼそりとそう言い捨てた。
本丸に来て間もない彼の案内がてら同じく見送りに来ていた愛染国俊が、その痩身をぐいと見上げる。
そして苦々しいような、呆れたような表情をしている自称保護者に、そのままコテリと首を横に倒した。


「あ?なにがだよ?」

「ここの主はん、ホントは仕事してないんと違いますか?」

「ちょ…っお前、それぜってー山姥切には聞かれんなよ」


簀巻きにされるぞ、と焦る愛染を尻目に、明石はようやく頭を上げた審神者にもう一度目を向ける。
身長も筋肉もそれなりにあるとはいえ、太郎太刀と石切丸に挟まれてしまえば、それもただの人。
別にさっきのやりとりでほとんど山姥切が一人で話していたとか、これから第一部隊が帰ってくるまで顔を見ることはないだろうとか、そういうのだけじゃなくて。


「ほんまに…何で審神者なんかになったんやか」


人の上に立つのに、向いてないなんてもんじゃない。


「…ま、見てりゃわかるさ」

「なんや愛染、教えてくれへんの?」

「俺に言われて納得するがらでもねーだろ、お前。それに、お前にもちゃんと俺たちの主のこと、見てもらいたいしな」






そんなやり取りがあってからの、数日後。
見て、と言われて見てみれば、基本刀剣男士の周りをウロチョロしとる。
時々執務室に引っ込むから、仕事もようしとる。
休憩は―――しとるところを、見たことがない。


「何でそんなに頑張りはるんですか。果報は寝て待て言いますやん」

「た、確かに…それも、大切なことですよね…」


何や、納得するんかいな。
若干肩透かしを食らったような気分で鍬に顎を当てて続きを待つ。
まぁ、この主はんがいきなり反論だけするとか、想像つかんしな。
馬当番の片割れが水を替えに行っている隙に、と思ったけど、いつ続きが聞けることやら。


「…誰かがやってくれる、じゃ…きっと、誰もやらないんです」


慣れてきた馬糞の臭いに耐えながらしばらく待てば、考えがまとまったのか、ぽつりと零される音。


「嫌なこととか、面倒なことって…きっと、誰にでもあって」


それは自分のことです?と皮肉が口をつきかけて、おっと、と手を当ててとどめる。
余計な口を挟めば、貝になってしまうんは火ぃ見るより明らかやしな。


「いつか誰かが、って思って待つよりも、待ちながらでも、何かできたら…って、思うんです」

「…何を待っとるんですか?」

「…れ、きしが…安定する、ときを…」

「安定?」

「った、例えば、歴史の大切さを教える授業が増えたり、検非違使がもっと頑張るようになったり…!」

「…そんな不確定的なモンまっとったら、あんさんあっちゅーまにおっ死ぬで」

「……」


あんまりにのんびりな考えに、呆れて思わず口走る。
あちゃあ、と顔を伏せた主のつむじを見ていれば、遠くから相方の足音が聞こえてきて。
タイムアップですか、と踵を返そうとしたところに、覚悟を決めたような、声がした。


「わかって、ます」


振り返れば、つむじではない、瞳がそこにあって。
目が合ったことに驚くも、それ以上に、彼が微笑んだことに目を見開いた。


「それでも、ただ死ぬよりは…きっと、安心して眠れる」






「おーい明石!出陣するぞ!」

「はいはい」


どっこいしょ、と腰を上げる明石を、きょとんとした表情で見上げる愛染。
どないしたん、なんて聞かずともわかる表情の理由に、ひとつ笑って隣を抜け、廊下へと歩き出す。


「めっずらしいな。熱でもあんのか?」

「普段は“熱がある”ゆうても引っ張り出すくせに、珍しくやる気を出せば押し込めるんかいな」

「だってよー」

「…まぁ、“代わりに自分が行く”言い出したらたまらへんからなぁ」


他の面子が戦場に出向いているとき、何を言っても祈祷部屋から出てこなかった姿を、知ったから。
それがあの主はんの性で、無理に止めたほうが精神状態に悪いことも、知ったから。
「働け」と言わん主はんやけど、…ま、肩の力抜いて、のんびりやりましょか。



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