その石の名は、


「か、買ってしまった・・・」


お守り袋に入れてあった綺麗な石を取り出して、太陽の光にかざす。
淡い紫色が半ばピンク色になって、まるで恋の色みたいだ。
見惚れるようなそれを落とさないように慎重に手のひらに戻して、感動と同時に訪れる不安に石をぎゅっと胸に抱いた。










友達から聞いた、いろんな名前の宝石が売っているという店に訪れたのは昨日のこと。
そこで見つけた、まさかの大野君と同じ名前の宝石に、手が伸びたのはしょうがないと思う。
最初は純粋にすごいなぁと思っただけで、買うつもりなんてなかった。
正直、お小遣い的に厳しかったし・・・
でも、その石のいわれや、お守りとしての効果を知ってしまえば・・・どうしても、手から離すことができなかったのです。


「握り締めて眠ると、想い人の夢が見られる石、かぁ・・・」


改めて考えると、そんなそれこそ夢のようなものが私なんかのお財布で買えるわけないと思うのだけど。
でも、そんな話に食いついてしまった私は、きっと今後も魔よけの壺とか買ってしまうんでしょう・・・
あぁ、そしてきっと借金が積み重なって、路頭に迷って・・・


「うぅ、臓器売買コース・・・」


ぐるぐると泥沼にはまっていくマイナス思考は、夕べ自分のベッドの中でも考えたこと。
結論の出ない思考だとわかっているのに、めぐり続けたそれのせいで昨日はほとんど眠れなかった。
一応そのときもこの石(石の名前を呼ぶなんて、とてもできない)を握り締めていたけど、結局夢を見る暇もなかったし・・・
あんまりな顔色に、友達に「ちょっと外の空気に触れてきなよ?」と言われてしまうし。
屋上にきて気持ち良い風にはあたれたものの、やっぱり思考は堂々巡りだし。


「あぁあぁ・・・!やっぱりこの石、もしかしたら呪いの結晶だったり・・・!?」


この石を手に取って眺めていたときに、店員さんから言われた言葉。


『初めての恋に落ちた乙女の祈りが結晶化したものと言われているんですよ』


聞いた瞬間、私と同じなんだ思った。
初めての恋に、落ちた乙女。
乙女なんて、ガラじゃないかもしれないけど・・・
それでも、親近感に近いそれに石を手放せなくなったのも事実で。
宝石言葉が『恋の成就』なんてのも素敵で、ほんとに、お守りになれば、と思ったんだけど。


「よく考えたら、その初恋の人と両想いになれたとも限らないわけで・・・!」


あわわわ・・・!と手のひらの中にあるそれをできる限り遠ざけてみても、手から離すことができない。
だ、だってこれは、彼の名前の石なわけで・・・!
それを離してしまったら、なんだか本人とも距離ができてしまう気がするわけで・・・!
で、でももし本当に呪いの石だったら、持ってると災いが・・・!?

ぐるぐる、ぐるぐると混乱する頭の中をよそに、天気は憎いくらいの快晴。
温かい日差しが降り注ぎ、心地いい風が吹きぬける。
同じことを何度も考えるうち、思考力は低下していって。
それに畳み掛けるような、絶好のお昼寝日和。
とどめとばかりの昼食後という心地いい満腹感に背中を押されて、いつの間にか瞼がゆるりと下りてきていた。
手の中に、体温が移って手に馴染んだ宝石の存在を感じながら―――










「―――地、さん・・・?」

「ん・・・?」

「や・・・さん、あの、・・・」


ゆるりと漂うような意識の中、柔らかな声が耳をくすぐる。
ふわふわと現実味のない感覚が身体を包んでいて、なんだか幸せな気分でゆっくりと目を開けた。


「・・・大野、君・・・?」

「よかった、あの、大丈夫・・・?今日朝から顔色悪かったし、辛いなら保健室で休んだほうが・・・」


「すごい・・・」


「・・・え?」

「ほんとに・・・見れた・・・」


心配そうな大野君の顔が、すぐ傍にある。
手を伸ばせば届く距離。だけど、腕が鉛みたいに重くてとても手が伸ばせない。
夢の中なのに、ままならないなぁ、なんて。
見れれば十分だと思っていたのが叶うと、次は触れたいだなんて。


「わがまま・・・だよね・・・」


「ごめんね、」と言葉になっているかも怪しいそれを何とか言ってみるけど、伝わっているだろうか。
自分の夢でも、思い通りにいくことってそんなにないって、わかってるけど。


「・・・谷地さんは、もっとわがまま言ってもいいくらいだよ」

「・・・うそ、だぁ・・・」

「本当。いつも、頑張ってるの、知ってるから」

「・・・・・・ふゎあ・・・」


都合のいい、夢だなぁ。
今度こそ、ほとんど口の中だけで言う。
けど、へにゃりとだらしなく上がっていく頬は止めることもできなかった。
あぁ、なんて幸せな夢だろう。
出演してくれるだけじゃなくて、こんな嬉しいことも言ってくれるなんて・・・大野君は太っ腹だ。
ゆっくりと落ちていく意識に、この夢は絶対に忘れないようにしようと固く心に誓う。
短い夢だったけど、見事に役目を果たしてくれたこの石―――彼の名前を冠した石は、きっとこれからも私のお守りになる。

ありがとう―――

最後に口を動かせたかもわからないその言葉を最後に、再びゆっくりと瞼を閉じた。
















「―――寝不足、だったのかな・・・?」


晴れた昼下がりの屋上。
昼休みにクラスの女子に言われてここに来た谷地さんは、5時間目になっても帰ってこなかった。
隣の席だったから行き先は聞こえていたし、心配になって授業の終わりと同時に様子を見に来てみれば・・・


「全然、わがままなんかじゃないと思うけどな・・・」


寝ぼけ眼で告げられた言葉は、きっと彼女の本心。
普通なら聞けないそれを聞けたのが、彼女にとってよかったのかはわからない。
もしかしたら、知られたくなかったことかもしれないし。


「・・・聞かなかった、ことに・・・したほうが、いいの、かな」


自分のことをわがままだという彼女の言葉を否定すれば、安心したように眠っていったし。
・・・きっと、僕にできることはそんなに多くない。
だったら、夢の中の登場人物として、ひと時でも望む言葉をあげられるように。
これ以上、彼女が僕のことなんかで悩まなくていいように。


「・・・ぁっ」


でもひとまず今は、風邪を引かないように・・・と学ランを脱げば、胸ポケットからカツンと硬質な音を立てて落ちたそれ。
そういえば朝、母さんに入れられてたんだった、と思い出したそれを拾い上げた。


「・・・あれ、こんな色・・・だったっけ?」


入れられたときは、無色透明だったような気がしたけど。
パールに近いような桜色をしたそれに首を傾げつつ、傷がついていないかの確認に一撫でしてからポケットに入れ直した。
確か渡されたとき、「一番近しい女の子と居るときに見た色を教えなさいな」とかよくわからないことを言っていたけど・・・きっと、今の色を伝えればいいんだろう。
どこに掛けるか悩んで、結局若干目に毒な膝元を隠すように学ランを置く。
特に名前も書いてないから、谷地さんもきっとここに置いていくしかないし、僕が聞いたこともばれない。
さすがに保健室に運んだりはできないから・・・また、部活の前にでも様子を見に来よう、かな。
中途半端な対応しかできないことを申し訳なく思いつつ、音を立てないようにそっと立ち上がる。


「・・・おやすみ、せめて、良い夢を」


・・・少しくらいいい思いしたって、いい、よね?
寝ていることを確認して、その小さな頭をそっとなでる。
表情が緩んだ気がするのは、きっと僕の願望だけど。











”圭吾”
初めての恋に落ちた乙女の祈りが結晶化したもの。
握り締めて眠ると想い人の夢が見られると言われている。
恋の護符としても人気が高い。
色は淡い紫。
8月の誕生石
宝石言葉は「恋の成就」



”百華”
人の感情によって色を変える不思議な石
優しい気持ちで握ると美しい色彩に、とげのある気持ちだと濁った色に変色する
基本的には無色透明 2月の誕生石「気まぐれな愛」


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百華様よりリクエストいただきました。ありがとうございました!
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