青城の平和


「ホントだってー!烏野のへなちょこ君、意外とやるんだから!」


いつもの部活帰り、いつものラーメン屋でいつもと同じラーメンを食べる。
毎回それで飽きないのかなんて言われるけど、いつもこれだからこそたまに食べる他の味が映えるってもの。
そんでもってそこに、最近いろんな意味で目につく烏野の13番のウワサなんて持って来れば、それこそむさくるしい男4人のテーブルにも花が咲くってもんだ。


「年上キラーか・・・是非その手腕を学びたいもんだな」

「でもやっぱ意外だな。滅茶苦茶気ぃ弱そうにしか見えなかったけど」

「試合中の様子見てたら、一概にそうとも言えねえ気がする」

「「「確かに」」」


ズルズルとラーメンをすすりながら、思い浮かべるのはエンドラインの向こうの姿。
普段の弱弱しい姿から一変、こちらを見据える視線に射竦められたことも悔しいが何度かある。
そんな彼の意外な恋愛事情に、他人事ながらあれやこれやと想像したくなるのは、この年頃にとっては男も女も関係ないのだ。


「いらっしぇーい!何名様で?」

「3人で」


ふと耳に入ってくる次の客を迎える声に、そろそろ食べ終わらねえとな、と水に手を伸ばす。


「カウンターでも?」

「あ、はい。いいよね?」

「おう」

「うん」

「・・・・・・」


続いてなんとなく耳に入っていた声に、ぴたり、と動きを止めた。
今の声は、まさか。
目の前に座っている及川が、麺を口に運びかけたアホ面のまま固まっている。
視線の先は―――店の入り口。
・・・まさか。


「・・・オイ」

「!・・・やばいよ岩ちゃん・・・ばれるかな?」


焦ったように声を潜める及川の反応に、間違いなかったことを悟る。
あの声―――烏野の13番、大野だ!


「向こうはこっちの制服知らねえだろ。顔伏せてりゃ気付かれねえよ」


いや、俺たちが居ることがばれてまずいわけじゃねえが、気まずいことは間違いない。
というか・・・一人おっさんの声が混じってるってことは、この前言ってた“お父さん”も一緒かよ!?


「まさかもうここまで話が進んでいたとはな・・・卒業待って結婚・・・ってことは」

「ま、まさかぁ・・・」


はは、と笑う及川の表情も引き攣っている。
あながち俺の考えが見当違いだとも思えねえ、ってことだ。
俺と及川が不自然にならない程度に慌てて麺を啜っている隣で、松川と花巻がこっちの様子なんてお構いなしにじっと大野達に視線を向ける。
オイ、と肘でつつこうとしたところで、お互い正面に向き直った二人がそろって顔を見合わせた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・何アイコンタクトとかとっちゃってんの?」


松川と花巻が神妙な顔で頷きあっているのを、一抹の不安を感じながら見守る。
余計なことはしてくれるなよ・・・という願いは届かず、何故か勢いよくラーメンを食べ終わった二人は同時にガタンと立ち上がって荷物を纏め。


「よう!大野だよな?」

「こんなとこで会うなんてすげえな」

「「!?」」


さも当たり前のように大野に話しかけに行った。


「ちょ・・・!?」

「っ!?・・・あっ、あ、っあ、せ、あ、青葉城西高校の・・・!」

「あら、お知り合い?」

「はい、バレーの練習試合でよく相手になってもらってます」

「息子さん、サーブすごいんですよー」

「「むっ・・・!?」」


人当たりのいい(普段の二人を知っている俺らからしたら胡散臭い)笑顔と声で大野のことを褒める二人だが、その呼び方に思わず麺を吹き出しそうになる。
けれど、続いた“彼女”と“お父さん”の会話に、吹き出しそうになったそれが逆に変なところに入ってしまった。


「あら、嬉しいわー。圭吾は昔から鍛えられてたもんねぇ?」

「剛のやつ、勝手に人の子を引っ張り回しやがって・・・」

「あっ、やっ、よ、よくしてもらってるよ・・・」

「あら、この子が小さいころは“潰しちまう”ってロクに触れなかったのは誰かしら?」

「うぐ・・・」

「ははは、仲のいい、両親だな」


松川がやけに強調した“両親”という言葉に、大野は少しキョトンとしたものの、すぐに我に返ると慌てて頭を下げる。


「あ、す、すみません・・・変なところ見せちゃって・・・」

「いや、家族水入らずのところに話しかけたのはこっちだしな。じゃあ、俺たちはもう食い終わったから」


ゆっくりしていけよ、と自然に手を振って店から出ていく二人。
けれど、それなりに長い間付き合ってきた俺たちにはわかる。その肩が小刻みに震えていたことに。
「あざーっしたー」と送る店員の声が、戸を閉める音と重なって。
直後外から聞こえてきた二人分の爆笑に、店内には不思議そうに首をひねる大野家族と、彼らにばれないよう必死に顔を伏せる俺たちが残された。
・・・ていうか、支払い俺らかよ!











「もーまじありえねーってその勘違い!どう見ても親子だったろ!!」

「確かに若い感じに見えたけどよー。年上彼女には見えねーべ」

「うぐぐ・・・!」


次の日。
俺たちの失態は二人の手によって部内全域に知れ渡っていて、いい笑いものになっていた。
口止め料も込みでラーメン奢ったってのに、口軽すぎだろ、あいつら!


「先輩、マジであの気弱な奴に結婚を約束した年上の彼女がいると思ってたんスか!?」

「金田一、わざわざ傷抉らなくていいから!」

「写メとかないんですか」

「いやさすがにそれは・・・」

「ウチのトップツーがそろって勘違いした“彼女”、見たかったなー」

「国見テメェ!」

「「ブフー!」」


一年生にまでからかわれて、顔に火が付きそうなくらいに血が上る。
くっそ・・・!次の試合までにぜってー忘れさせねえと、試合中に笑われちゃ終わりだ!
というか、こんな恥かかせた烏野の13番!覚えてろよ・・・ぜってー一泡ふかせてやる!





「っ・・・!?な、なんか悪寒が・・・」

「大丈夫か大野?風邪ぶり返さすなよー」

「あ、はい・・・!」


不意に感じた悪寒に腕をさすった大野は、今日も温かくして寝よう、と小さくため息をついた。


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リクエスト:絵梨華様 ありがとうございました!
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