ホントのところは


いつもの部活も終わりに近付いたころ、武田先生が難しい表情で体育館に顔を出した。
烏養コーチと何か話しているのを横目に見ながら整理体操をして、全体練習の終わりの挨拶にコーチの下へ集合する。
今日の練習でのアドバイスや大会までの日数を確認して、指揮を高める言葉をもらえば、全員で声をそろえて「ハイ!」と返事をするのが常だ。
普段は烏養コーチが話し終わるとチラリと武田先生に視線を向けて、何もなければ笑顔で頷いて終わり、ということがほとんどなんだけど、やっぱり今日は何かあるようだった。
「先生、」とコーチが後ろを振り返れば、頷いた先生が一歩前に出る。
一体何の話だろう、と心構えをして待てば、先生は「実は、」と少し困ったように話し始めた。


「駅前で不審者の目撃情報が入りました。何かあったらいけないので、今日はみなさん、自主練はせずに早く帰るようにしてください。マネージャーのお二人は特に、帰りは誰かと一緒に帰りましょう」

「・・・不審者、ですか?」


実を言うと、少しだけ肩透かしを食らった気分だった。
一年が入部してこのかた、いい知らせより悪い知らせの方が多かった気がするもんで、つい・・・
また日向や影山が何かやらかしたのかとか、脳裏を過ぎったのは一人だけではないはずだ。
こんな田舎に不審者情報が寄せられるなんて珍しい、とちょっとした好奇心を感じながらも、部長としてそんな姿を見せるわけにはいかないな、と気を引き締める。


「わかりま・・・」

「ならば是非!潔子さ・・・!」

「大丈夫だから」


早かった。
田中が鼻息荒く清水を振り返るのも、清水がピシャリとそれを断るのも。
速攻もかくやだな、と思わず変なところに感心してしまい、スガの「いやいや、」という呆れの混じった声にはっと我に返った。


「今回ばかりは意地はってらんねーべ?」

「・・・近いし、」

「だったら尚更だな。ま、とりあえずは解散だ。いいかー、男連中もなるべくさっさと帰れよ」


スガに窘められて尚眉を顰める清水に、コーチが念押しをして解散する。
「ありがとうございました!」「したぁッ!」とお決まりの挨拶をして、離れていくコーチたちを尻目にさっそく円陣を組んだ。


「誰か、二人の家が通り道のやつ居ないか?」

「あ、俺方向一緒なんで、いけます」

「!縁下、テメェ!」

「潔子さん!俺らも同じ方向です!」

「お前ら真逆だろ・・・」


噛みつくように挙手する二人に、呆れる縁下。
こいつらの清水大好きっぷりにも困ったもんだ。
案の定清水は少し考えた後、一人で帰るという選択肢はないことを悟ったのか縁下に向き直った。


「・・・宜しく」

「あ、はい」

「「ヌオオオオッ!」」


当事者二人が冷静なのに、田中と西谷は膝から崩れ落ちて悔しがっている。
まぁ・・・気持ちはわからなくもないけどな。清水と帰るとか、そうそう機会ないし。
ともあれ清水はこれでいいとして、問題は、もう一人。
田中と西谷の様子に慌てている小さな姿と、俯いて手を握ったり開いたりと何やら忙しい姿を盗み見て、その流れにどう持っていくか、と思案する。
谷っちゃんは確かバス通だったよな、とまで考えたところで、「ハイッ!」と元気な声と共にピシッと手が挙げられた。


「谷地さんはおれ一緒に行くよ!バス停まで!」

「エァッ!?」

「ばっ、コラ日向!」

「オグゥ!?」


慌てて日向の襟首を掴んだスガの心境を痛いほど感じながら、先手を打たれてしまった今、流れを作るのは難しいか、と小さく唸る。
いや、どうしてもそうしなければいけないわけではないが、いい加減まだるっこしいというか、そろそろはっきりさせてほしいというか・・・
チャンスを逃したことにほんの少しの落胆を感じながら、「そうだなぁ、」と肯定とも否定とも言えない声を出す。
まるで分っていない顔で喉を押さえる日向と、それぞれに若干察してあぁ・・・という空気が流れる中。


「あの・・・ひ、日向、君」


その声は、ひっそりと耳に流れ込んできた。


「ん?大野、なんだよ?」


「その・・・谷地、さんは、


ぼくが送っていくから、・・・大丈夫」


「・・・・・・・・・あっ、ハイ」


大野の何とも言えない迫力に圧されて、日向がスン・・・と表情をなくす。
それでも何とか返事をするのを確認して、大野も少し肩の力を抜いたようだった。


「・・・あー、なら、お前ら今日は早く帰れ。片付けは俺たちでやっておくから」

「え、でも・・・」

「いいからいいから。ふ、不審者とか怖いしさ」

「旭も職質されねえように気をつけろよ」

「えぇっ!?」


少し変になっていた空気もそのやり取りで普段通りに戻り、遠慮していた4人は「ほらほら、」と背中を押されて体育館の出入り口へと向かわされる。
出入り口に着く頃には観念した縁下と清水が「ありがとうございます、」と頭を下げて、それでも戸惑う大野と谷地を促して部室へと向かっていった。
その背中が、建物の角を曲がって見えなくなったところで。


「はああああああああ・・・・!!!」


残ったほぼ全員が、各々片付けの手を止めてため息とも歓声ともつかない声を上げた。


「ようやく・・・!ようやく一線超えたのか・・・っ!」

「ちょ、言い方!」


思わず口をついて出た言葉に突っ込まれたけど、気分的にはまさにそれだ。
じれったい期間が長すぎて、どうやら一線を越えたらしい二人にその言葉しか思い浮かばない。
どちらかが告白したのかとか、本当に付き合っているのかとか、必要なのはそこじゃなくて。
あの、大野が。あの大野が!
あの大野が、谷っちゃんを送る役目を日向から奪うくらいには、“何か”を自覚しているということが、とても、ものすごく重要なのだ。


「可愛いなぁ、これから一緒に帰るようになったりしないかな」


「変質者様様だな、」とだらしなく表情を緩めながら不謹慎なことを言う旭に、軽くパンチを入れる。
野太い悲鳴を上げる旭に「どうだろうな、」と返しながら、我ながら表情は人のことを言えないだろうなと自覚した。


「初めは無理でも、そういう風に仕向けて行けば自然と二人で帰るようになるかも」

「やめときなよ・・・余計な事して、別れたら気まずいだろ」

「あの二人が別れると思うのかよ!?」

「・・・何があるかわかんないデショ」


ようやく状況の飲み込めた日向が、一人冷静な月島にかみつく。
それをうっとおしそうに避けつつ、視線が部室の方を向いている月島はやっぱり結構大野のことを気に入っているのだろう。
きっとあの二人は、こいつらに見守られて、ゆっくりと育っていく。
そんな未来を思い描いて、ほっこりと胸の辺りが温かくなるのを感じた。
ま!なんにせよ、じっくり見守らせてもらうとしますか。
きっとそれは、とても楽しくて、幸せな気持ちになれる。






「・・・一体何の話だ?」


一人、何故一斉に片付けが中断されたのか、誰のことを話しているのかもわからない影山が、ボールを抱えて首を傾げていた。




そんな彼らを、遠くからこっそりと見ながらサムズアップする影が二つ。


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リクエスト:ゆき様 ありがとうございました!
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