愛しい二人


それは、二人が付き合いだしたと知ってから、しばらくしてのことだった。


「・・・目を、合わせられないんです・・・」


最近随分ため息の多い谷地に辛抱強く問いかけて、ようやくぽつりと零された言葉。
ズゥン、と重い影を背負う谷地に、清水は思わず「・・・え?」と聞き返してしまった。
清水の気の抜けた反応に慌てた谷地は、パタパタと両手を振って矢継ぎ早に言葉を続ける。


「い、いつまでも恥ずかしがっていては駄目だと思うんですけど、やっぱり本人を目の前にすると頭が真っ白になってしまいましてですね・・・!」

「・・・・・・」


なんてかわいい悩みなんだろう。
もっと深刻な悩みを想像していた清水は、肩透かしを食らうと同時に自然と頬が緩んでしまうのを感じた。
二人が付き合い始めたことが部内に知れ渡って、周りの人間は今まで以上に二人きりにさせようとすることが増えていた。
それはあからさまであったり、いつの間にか、というほどさりげなくだったりとやり方は様々だったけれど、初めのうちは顔を真っ赤にさせつつも二人とも笑顔を浮かべていて。
それを見て清水達もほんわかとした気分になっていたのが・・・、二人のやり取りが、徐々にぎこちなくなってしまっているのを感じていた。
谷地の話を聞く限り、どうやら気恥ずかしさからくるもののようだけど、ボトルを渡した後に毎回目に見えて落ち込まれては・・・と心配していたのだ。
私は一体どうすれば・・・やっぱり私なんぞが大野君と付き合うなんておこがましかったんだ・・・、と谷地のどんどん悪い方へと思考が転がっていってしまう癖が発動する。
たとえ悩みの原因が可愛らしいものとはいえ、本人たちはいたって真剣なのだ。
ずっとこうして見ていたい気もするけれど、このままでは谷地も、大野も報われない。
そう考えた清水は、少し考えたあと、一つ提案してみることにした。


「・・・試しに、じっと見てみたら?」

「へっ?」

「慣れていないなら、慣れればいい。練習することも大事じゃないかな?」


それは、彼らがいつもやっていること。
できないから、練習する。できるように、する。
それと同じことが、恋愛にも言えるのかは清水も自信があるわけではないけれど。


「・・・!わかりやした!」


ピシッと敬礼して善は急げとばかりに背を向ける谷地に、小さく「・・・がんばれ」と声をかけた。










「谷地さんが・・・目を・・・合わせて・・・くれなくて・・・」


ここ最近ずっと暗い影を背負っている大野から、それを聞き出すのに3日かかった。
ミスが増えるとか部活に集中してないとか、そういうのではないけれど。明らかに普段より覇気がない様子に、気にするなという方が無理な話だ。
まぁきっとそうなんだろうという予想の下で話を誘導したから、谷地さん関連であることは予想通りではあるんだけど・・・それでもやっぱり、その内容には肩の力ががくっと抜けた気がした。
目が、合わせられない、って。
どれだけ純情なんだ、この二人!?


「や・・・やっぱり僕の思い上がりだったのかな・・・す、・・・あれは、僕の聞き間違いで・・・谷地さん優しいから、断ることもできなくて・・・」


ズゥン、とさらに重い影を背負う大野。
お得意のネガティブモードに、これは思ったよりも重傷だと慌てて両手を振った。


「き、気にしすぎだって!ていうか、そんなことないから、絶対!」


普段の二人の様子を見ていて、そんなこと、思えるわけがない。
ていうか、自信なさすぎだろう大野のやつ!あれだけわかりやすく照れてる谷地さん見て、どうして好かれてないなんて思えるんだよ!?


「でも・・・今までなら、ドリンクとかタオルは絶対目を合わせて渡してくれてたし、話しかければ笑顔になってくれたのに・・・」

「え、ノロケ・・・?」


わからない問題があっても聞いてくれないし、とズブズブと沈んでいく大野に、一瞬かける言葉を失う。
大丈夫だよ!と無責任な言葉をかけることはいくらでもできるけど、結局は大野が自信を持たなければ何の意味もないのだ。
恥ずかしくても、多少周りからからかわれても。
意外としっかり谷地さんのことを見ている大野は、谷地さんの様子が変わらない限り、きっと周りからの言葉なんて信じない。


「やっぱり、友達のままのほうがよかった・・・のかな・・・余計な事しなければ、今まで通り・・・」

「・・・ねぇ、大野」


どうしたらいいんだろう、と途方に暮れていると、今まで俺の後ろで興味なさそうなふりして話を聞いていたツッキーが、ふと声を上げた。
大野が今にも泣きそうな顔をそっと上げて、ツッキーと視線を合わせる。
ようやく視線がしっかり合うようになってきたよなぁ、なんて、ちょっとずれたことに感動する俺をよそに、ツッキーはいつも通り・・・いや、いつもより少し冷たい表情で大野に問いかけた。


「本当に、“友達”で満足なの?」

「・・・・・・、」

「しっかり目を合わせたり、笑顔で話してくれる人。それでよかったの?」

「・・・・・・っ」


きっとツッキーは、この二人が付き合っていることに好感をもっている。それは普段の言動から、十分伝わってくる。
多分二人がお互い好きあっているのに、すれ違いで別れてしまいそうなことが、気に食わないんだろう。
ツッキーのはっきりとした物言いに、大野がぐっと顔をしかめる。
悲しそうで、いまにも泣きそうな。でも、何かを我慢するような。


「大野君!」

「はいっ!?」


その表情の真意を探ろうとした瞬間、体育館の出入り口から唐突に大声で大野が呼ばれた。
思わず大野と一緒に振り向くと、谷地さんが扉に手をついて息を整えている。


「や、谷地さん・・・?ど、ぅしたの・・・?」

「っあの!・・・っあぁああのっ・・・!」


大野が近付いて恐る恐る声をかけると、谷地さんはガバッと顔を上げて・・・上げて、オロオロ、ウロウロと視線を泳がせる。
あぁ、この挙動不審っぷりは確かに気になるよね・・・とそっと様子を見守っていると、何かを決心したらしい谷地さんが不意に大野としっかりと視線を合わせた。


「えっ・・・あっ・・・、・・・ぇ・・・っ?」

「・・・・・・!」


突然黙ったままじっと見上げられるはめになった大野は、当然戸惑う。
さっきとは逆に、今度は大野が視線を泳がせていたけど、助けを求めるようにこちらを見た大野の視線が、ツッキーとかち合って。
無言のままツッキーと大野が何かを通じ合わせて、大野の視線が、ふ、と谷地さんの顔・・・、口の辺りに、向いて。


カッ、と効果音が付くかと思うくらい、一気に顔がゆでだこのように赤く染まった。


「え・・・」

「・・・〜〜〜〜〜〜っ・・・!」


顔を隠すように慌てて腕で口元を覆った大野だけど、その赤みは全く隠せていない。
斜め後ろの方から見ただけでも、耳が真っ赤に染まっているのがわかるのだ。
どうしたの!?と声をかけようとしたけれど、大野が「あっ・・・!?」と突然ひっくり返った声を出したせいで思わず足が止まってしまった。
そして、そのせいで大野は盛大な爆弾発言を落としてしまうことになる。


「あっ・・・ぁの、そ、ぅ、嬉しい・・・んだっ、だけ、だけど・・・っ、その、せ、せめて人のいないところでというか・・・っ!」

「へ、」

「いやっ、そん、そんな!?や、やましい気持ちは・・・っ、け、決して・・・!」

「ヘァッ!?」


・・・大野・・・・・・!!


思わず、ツッキーと二人で頭を抱えてしまう。
話の流れから大野が何を思ったのかを察して、つられるように真っ赤になる谷地さん。
それはない。谷地さんがこんな、人のいる場所で、・・・それはない。
でも、大野にそういう話をして、大野の思考をそっち方向にもっていっていたのは確かに俺たちだ。
あちゃあ、みたいな顔で天を仰いでいたツッキーだったけど、突然首を戻して「行くよ山口」と声をかけられて、さらになんに前触れもなく二人に向かって歩き出した背中を慌てて追う。
二人してパニックになっている大野の首根っこを掴んで、「じゃあ谷地さん、また明日」と有無を言わさぬ勢いで大野を引きずって行ってしまった。
・・・ツッキーなりに、責任感じてるのかな。


「・・・あのさ、谷地さん」

「ヒャイッ!?」


だったら俺も、ちょっとだけ背中、押しておこうかな。
大野の驚く声が遠ざかっていくのを聞きながら、まだ顔を赤くして目を回している谷地さんに、そっと伝える。


「・・・谷地さんは、今まで通りでいいと思うよ」


きっと大野は、多くを望まないから。
さっきの通り、そりゃあ欲はあるだろうけど・・・それは、二人でゆっくり育てていけばいいから。
ドリンクとかタオルを目を合わせて渡したり、笑顔で受け答えしたり、わからない問題を聞いたり。


「アイツ、それだけで多分すごく幸せだからさ」


未だ少し混乱している様子ながらも小さく頷く谷地さんに、「よろしくね、」とへらりと笑う。
二人の恋は、見ていてとても幸せになるから。
ゆっくりゆっくり、大切に育ててね。


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リクエスト:匿名様 ありがとうございました!
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