音駒での生活
今年の一年は、曲者ぞろいだと・・・思う。
クロやトラを見てると感覚が麻痺しそうになるけど、あれは結構・・・十分すぎるくらいキャラ立ちしてる。
「圭吾相変わらず自信ないな!」
「ふぐ・・・ぅっ!」
かたやロシアとのハーフで派手な外見。かたや黒髪黒目の純日本人なしょうゆ顔。
かたや俺が一番とばかりの自信家で、かたや身を縮込ませることが趣味ですと言わんばかりのへなちょこ。
ここまで綺麗に正反対の外見と性格をしているくせに、それで案外なんとかやれてるんだから人間関係とは不思議なものだ。
そんな不思議な二人は、今日も今日とてリエーフの遠慮のなさすぎる物言いに圭吾がこてんぱんに打ちのめされる日々を送っている。
「オレより上手いんだからもっと自信もてばいいだろ!」
「そ・・・っ、そんな、こと・・・!」
一応、リエーフに悪気はない。ただ、素直すぎるだけで。
・・・その素直さが凶器になることもあるんだけどね、と圭吾の顔色を見て二人に近付いた。
普段は大抵、クロが様子を見て間に入るんだけど、今なんか、忙しいみたいだし。
「・・・圭吾はリエーフより数段上手い。レシーブも」
「え!?マジっすか!?」
自分で言っておいて驚くリエーフだけど、そもそも本当は、小さいころからバレーをやっている圭吾と比べること自体が間違ってると思う。
ただ、リエーフにはその身長があって、圭吾が積み上げてきた年月なんてあっという間に飛び越してしまうようなセンスがある。
前にトラが「音駒でレギュラー入りたきゃレシーブ力つけろ」とか言ってたけど、結構的を射てると思うんだよね。
音駒の武器は、レシーブ力。
でも、リエーフの攻撃が使えるようになれば、攻撃は多彩さを増す。
梟谷や他の強豪校と、渡り合える力が手に入る。
・・・そうなるとやっぱり、レギュラーとして優先されるのは。
「オレ、レシーブも上手くなってやりますから!」
攻撃のできる奴、で。
「・・・・・・」
じ、と圭吾を観察する。
圭吾は、謙遜しすぎるきらいがある。
さっきのやり取りだって、圭吾がリエーフより(今のところ)上手いのは誰が見たって明白。
―――けど、1ヵ月後は。
「・・・・・・はぁ、」
きっとリエーフがコートに立っているんだろうな、なんて考えて、そこまでのレベル上げ作業を考えて、思わずため息をついた。
ゲームはいい。経験値を積めば積んだだけ、確実に成長するから。
「なーにしかめっ面してんだ、研磨」
だからリアルは嫌だ、と考えていれば、ひと段落ついたのかクロが後ろから話しかけてきた。
後ろにいるくせに表情がわかるとか、どういうことなの。
「・・・別に、してないし」
「してた」
「してない」
「どうせまた、リエーフと圭吾のことだろ?」
「・・・!」
またしつこく「してた」と言ってくると思ってたから、突然言い当ててきて思わず肩を揺らしてしまった。
何でわかったの・・・と若干嫌な気分で恐る恐る振り返れば、その反応で予想を確信に変えたクロがニヤニヤと見下ろしてくる。
どうだ、と言わんばかりの表情に何だか言い返すのも馬鹿らしくなって、はぁ、とため息をついた。
「ま、いいんじゃねーのか?圭吾には圭吾の舞台があるだろ」
「・・・・・・舞台」
口の中で小さく繰り返して、コートを見る。
クロが戻ってきたってことは、休憩は終わり。いつも通りのメニューなら、次の練習は―――
「さーて今日も楽しくレシーブ練だ。圭吾!今日もサーブ、鬼畜なの頼むぜ」
「き、きちく・・・」
「あっ!俺狙え俺!今日こそぜってー完璧に拾ってやる!」
「ひっ・・・!ひゃ、へぇあ・・・っ!」
「・・・・・・」
「っ・・・!っ・・・!」
「福永、大野が困ってるだろ?あ、俺は後でいいからな」
「ぇあっ、はっ、はひっ・・・!」
「・・・・・・」
球の入った籠を向こうのコートに押しやりながら、皆が口々に圭吾に声をかける。
皆、当然のように圭吾が打つサーブを受けるつもりだ。
圭吾のサーブは、獲りにくい。それはつまり、最高のサーブカットの練習相手になるということ。
そしてそれは、圭吾にとっても同じ。
・・・だけど。
籠を押しながら向こうのエンドラインに向かおうとする背中に、「圭吾、」と声をかける。
びくっと肩を揺らして振り返る圭吾の瞳を見て、はた、とどうして呼び止めたのかを考えた。
「はっ、あっ、せ、セッターも狙って・・・!?」
「違う」
「あ・・・す、すみませ・・・」
このチームは、きっと圭吾を素晴らしいピンチサーバーに育て上げるだろう。
もし圭吾のサーブが拾われたって関係ない。
むしろ攻撃が来たときこそ、音駒の本領発揮。
・・・けど、それでいいんだろうか?
何か、大事なことを見落としている気がして・・・
「・・・圭吾、・・・いいの?」
「は、ぇ・・・?」
圭吾だけサーブ。もちろん、レシーブ練習を全くしていないわけじゃないけど。
そうなると当然、圭吾のレシーブ力は他のメンバーに劣る。それは穴となり、守る場所となる。
“守る”ということは、“弱点をさらす”ということ。
でも、今まで生川のサーブで散々苦労してきた身としては、サーブで点を稼ぐことの大きさも十分理解している。
しなやかに、軽やかに。“繋ぐ”ことを柱とした音駒というチームに、“攻める”という新しい風。
どちらがいいのか、どちらを優先すべきかわからなくて、圭吾に答えを求める。
不思議そうな顔で、でも俺とじっと視線を合わせることもできない圭吾はしばらく視線をさまよわせて、それからようやく、彼なりの答えを見つけたようだった。
「が・・・っ、が、がんばり、ます・・・っ」
「・・・・・・」
弱弱しいながらも、気合いを見せる圭吾。
自分の役割はこれだと信じて疑わない様子に、それ以上何かを言うのは気が咎めた。
こちらの様子を伺いながらペコリと頭を下げてエンドラインに走っていく背中を、じっと見つめる。
圭吾も自主練でレシーブの練習をしていることは知っている。少しずつ上達していることを、知っている。
上手く育成すれば十分レギュラーとして活躍できるかもしれない、原石。
それを、コートに立たせず、ただエンドラインの向こうに舞台を整える。
確かに彼は、その舞台で光るだろう。けど。
何か、どこか。
しっくりと来ない違和感に、ただ、小さく眉をしかめて。自分も圭吾とは反対のコートへ、自分の定位置へと向かう。
圭吾に「サーブは任せた」とは、―――言えなかった。
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リクエスト:匿名様 ありがとうございました!
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