生川と、交流


「ホンットあの13番器用ですよねー。地味に厄介」

「けどその分、ドライブでの威力は3番や9番ほどじゃないし、狙い目はそこだろ」

「だな。わかってると思うが、穴は13番だ。ブロックに注意しろよ。拾ったら全力で攻めるぞ!」

「「「オオッ!!」」」

「―――いきます」


その声と、遠くから射抜かれる視線が、ふとした瞬間に蘇る。
一日の練習も終わり、口に運びかけていた箸がぴたりと止まったのは、やはりそんな彼の姿をふと思い出してしまったからだった。
そしてそんなときは、えてして考えていた相手の姿がよく目につく。
この合宿では例年、夕食は各校が学年ごとに分かれて座り、他校の同学年の相手と席を並べるようになっている。
横のつながりを強める場にもなるこのしきたりのため三年と一年の席は遠いが、だからこそ、周囲の会話にそっと参加していた大野がこっそりと席を立ったのが正面に見えた。
食事を再開させながら何となくその姿を目で追えば、食器を片付けて食堂を出て行った大野の向かう先は、体育館。
まだろくに食休みもしていないだろうに・・・と少し心配になって、自分も早々に食事を終わらせてその後を追った。


大野圭吾という男は、器用な方ではないのだろう。
昼間部員が話していたサーブを打つ手先のこととはまた違う、しいて言うなら、生き方の話。
昼間は練習試合に負け続けて最も多くのペナルティをこなし、自主練では各校のリベロとレシーブ練習に励み。
そしてただ一人、上だけをピンと張ったネットを使ってただひたすらに黙々とサーブを打ち続ける姿は、どうしてか心配になるような気さえした。


「・・・まだ練習しているのか」

「っ!!?!?!?」

「・・・すまん」


猫のように飛び上がった大野に、多分そんなに自分が悪いわけではないのに罪悪感がこみ上げる。
その目はネットを挟んで見るそれとはまるで違っていて、こういうタイプって本当に居るんだな、と自分の周りでは見ない性格にちょっとした興味がわいた。


「あ・・・う、生川の・・・っ、す、すみません!勝手に練習して・・・っ!」

「・・・?いや、片付けさえしてくれれば、使っても問題ないと思うが・・・」

「ご、ごめんなさい・・・っ」

「・・・いや、」


もはや口癖のように謝り続ける大野に、これ以上は何を言っても無駄かと口を閉ざす。
すると不思議なもので大野もそれ以上謝る言葉がなくなり、今度は沈黙が痛いほどに空間を占めた。
これはこれで居心地が悪いな・・・と思いながらも、モゾモゾとボールを落ち着かなく触る大野にかける言葉が見つからない。
自分だって、そう口達者な方でもないのだ。
こういうとき、木兎みたいに気兼ねなく話しかけられたらな・・・
能天気な梟を思い浮かべて視線をさまよわせ、ネットを見・・・ふと、昼間部員たちと話していたことを思い出した。


「・・・お前のサーブ、獲りにくいと評判だ」

「っ・・・!ひ、ぃえ、・・・っの・・・」

「・・・一緒に練習していいか」

「ぁ・・・っ・・・、っ、」


コクコク、と頷く大野に、近くを転がる球を拾う。
肩慣らしに、一本。
そしてコートに仮想相手を想像して、一本、もう一本。
普段の練習では終わりに100本サーブをしているから、合宿中のサーブ量は少ないと思っていたのだ。
ネットもそれ用に張ってあるし、腹も落ち着いてきて、練習にはおあつらえ向きだ。
何本も打っていれば、最初はこちらの様子をうかがっていた大野も恐る恐るとサーブに取り組み始めた。


ヒュッ・・・キュキュッ、バン!


ヒュッ、キュッタトッ、バシン!


互いに一定のリズムでサーブを打つ音だけが響く。
自分が打ち分けているのはコースだけだが、大野の球は描く軌道も違う。
気にしていないように自分もペースを崩さずサーブを打ちながら、横目でそのフォームを確認した。
大野のサーブは、獲りにくいと評判だ。
それは、全く同じフォームから繰り出されるドライブサーブであり、フローターサーブであり、嘲笑うように挟まれるネットインであり。
そこに時折、全くの予想外で挟まれる、逆回転のサーブ。
一見何の変哲もない、自分たちからしたらまだ獲りやすいレベルのドライブサーブが、何故か正面で獲ってもあらぬ方向へと飛んでいく様は、正直度肝を抜かれた。
だがその精度は他のサーブと比べればまだ未完成で、練習中だと窺える。
できることならその技術、是非とも盗ませてもらいたいものだが。


「(・・・なかなか、どうして)」


大野のサーブを参考に数本打ってみたが、まるで思うように飛んでいかない。
上手く回転がかからなければ、中途半端なサーブは妙に飛距離を伸ばしてホームランになってしまうし、そもそもインパクトを真芯からずらしているせいで思うような威力が出ない。
これを、普通のドライブサーブと見分けがつかないほどの精度で打ち出せるようになってきているのか・・・
想像以上の大野のサーブ力に、思わず感嘆のため息が口から零れた。
合宿が始まった頃に、「烏野に生川が一人紛れ込んでいる」と言われ、「転校生を出した覚えはない」と返したことがある。
だが、うちのメンバーにだって、こんなサーブを打てるやつはいない。


「(・・・逆に、転校してきてもらいたいくらいだな)」


サーブは自分たちの花形だと思っていた。
だが、まさかこんなところに、こんな逸材が居たとは。


「あっ、・・・っ、あ、あのっ!」

「・・・?なんだ」

「ヒッ・・・!・・・っ、ひ、あ、ぇ、えっと・・・」


返事をしただけなのに息を呑んでオロオロされる様子に、自分の強面度合いを感じて少し複雑な気分になるも、せっかく大野から話しかけてきてくれたのを無下にするわけにもいかない。
表面上淡々と打っていたサーブの手を辞めて身体ごと向き直れば、ジャージの裾をきつく握りしめた大野が何かを決意したように大きく息を吸い込んだ。


「ほ、本当はこんな、邪魔になるし、じ、自分が練習するときに、他校の生徒になんか、時間割くとか、め、面倒だとはぉっ、思うんですけど・・・!」

「・・・・・・」

「・・・ッサ、サーブ・・・のコツ・・・っ!お、おぉぉ教えてほし、いた、いただけない、かと・・・!」


長い前置きの末、聞かれたのは意外といえば意外で、予想通りと言えば予想通りの内容だった。
大野が俺に話しかける内容がバレー、さらにいえばサーブ以外であるとは思えなかったが、大野が俺にアドバイスを求めるとは思っていなかったのだ。
驚きで言葉の出ない様子を怒っているとでも勘違いしたのか、慌てて言葉を募らせる大野。


「うっ、うぶっ、川の方々は、すごく力強いサーブを打たれる、ので・・・っ!き、筋トレ方法とか、お、も、もしよかったら、その、」

「・・・意地の悪いことを言うつもりではないが」

「はっひぃ・・・!」


ビシリ、と姿勢を正す大野に、慎重に言葉を選ぶ。
本来敵同士の他校チーム。アドバイスをするということは、敵に塩を送るのと同義。
それでも同学年で親睦を深めることで互いを研鑽し合い、自由な自主練は同類の選手たちを高め合う。
決して足を引っ張り合うためではない合同合宿の価値は、伝え方が鍵を握るのだ。


「向き不向きは、あると思う。・・・お前のサーブは、コントロールが良い。俺たちにあそこまでの精度は出せん」


強いサーブを打ちたいのであれば、特別な筋トレなどしなくてもいい。普段のサーブを強く打っていれば、自ずと力はつく。
だがおそらく、それと引き換えに失うのは今の針の穴を通すかのようなコントロール。
それは、もったいないと思ってしまった。


「お前は、お前の武器を伸ばせ・・・その、新しいサーブも。完成を楽しみにしている」


無理に俺たちを真似る必要はない。必要なのは、自分に合った練習。
ぽかんとした表情でこちらを見る大野に「頑張れよ、」と小さく続ければ、じわりじわりとその頬に赤みが集まる。


「はい・・・っ!」


嬉しそうな返事に、頷いて練習に戻った。
一定のリズムで、ボールは飛ぶ。奇妙な軌道を描いて、コートに吸い込まれる。
見ていて飽きないそれに時間を忘れて打ち込んでしまい、次の日寝不足になったのを木兎に笑われたが―――まぁ、良しとしよう。


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:匿名様 ありがとうございました!
back