クリスマスを楽しもう


「寒いですね」

「もう冬の景趣が似合いますね」


演練に出向けば、そんな会話が耳に入ってくるような季節。
“冬”はこんなにも寒いのか、と、温かい服をまとったべにで暖をとりながら、肌を刺す冷たい空気にはぁ、と息を吐く。
白く染まるそれに気付いたべにが、加州の肩口から顔を上げて嬉しそうに手を伸ばす。
小さな毛糸のミトンに包まれた手に吹きかけるように息を吐けば、つかめないそれを一生懸命捕まえようとする手の動きに思わず笑みが漏れた。


「ぅーん?」

「つかめないねぇ、不思議だねぇ」


自分の手を見て不思議そうな顔をするべにの思いを代弁する燭台切。
言葉を育てるためには思いを共有することも大切、と本で読んで以来、燭台切はデレデレとした顔でしょっちゅう代弁している。
たまに適当な言葉でアテレコされているときもあるけれど、慣れてくるとべにが本当にそう思っているように感じてくるから不思議なものだ。


「そういえば、もうクリスマスか」


さっきほかの審神者と世間話をしていた審神者が、「ツリーの準備をしないと、」と独り言のように呟く。
何となく会話を耳に入れていた加州たちが首を傾げていると、さっき返事をしていた審神者が楽しそうに振り向いた。


「おや、貴殿の本丸もツリーを飾りますか?」

「短刀たちが喜びますからね。本丸のみんなと協力して、本丸で一番大きな木を仕立てるんです」

「それはいい。うちはもっぱら食べることで」


ははは、と穏やかな笑い声が続いて、話は料理の内容へと移っていく。
チラリと燭台切を見上げれば、完全に聞き耳を立てることに集中していて、目が据わってるし。


「・・・クリスマス?」


ぽつりと疑問を口に出せば、広がった白い息にべにが「あーんっ!」と再び手を伸ばした。










「ねぇ、クリスマスって、キリストの誕生日ってだけじゃなかったの!?」


あのあと演練そっちのけで聞きまわってみたら、どうやら現代ではクリスマスと言えば冬の一大イベントらしい。
どの本丸の審神者や刀剣男士に聞いても何かしらのパーティーはやっているようで、慌てたのは加州だけではない。
いつもより鬼気迫る攻防であっという間に全戦勝利を掲げたにもかかわらず全員で一心不乱に本丸にひた走った姿が、その心情を現しているだろう。
大慌てで本丸に戻り、「紺野出して紺野!早く!」と詰め寄れば、非常事態を感じたこんのすけが「少々お待ちください!」と非常回線を繋げた。
さんざん頼んでようやく使えるようにしてくれた非常回線では音声しか繋がらないらしいが、普段も別に似たようなものだ。
数十秒で「何だ」と聞こえた紺野の声に最初の叫びをぶつければ、返ってきたのは数秒の沈黙と、深い溜息だった。


「・・・この回線を下らないことに使うなと、あれほど」

「下らなくないでしょ!だってもう今日当日よ!?」

「・・・何も絶対に何かしなければならないわけではない。特に慌てて用意するようなことも」

「だって良い子にはサンタさんがプレゼントを届けてくれるんでしょ!?べにに何もないなんて考えられない!」


これなのだ。
「良い子にしてれば、サンタさんがプレゼントを持ってきてくれるんです!」と他の本丸の短刀たちが嬉しそうに教えてくれた内容は、見過ごせるものではなかった。
あんなに良い子なべにに!プレゼントがないなんて!!


「・・・言っておくが、サンタクロースは空想上の人間だぞ。そういう役をする者もいるが、どこにでも来るわけじゃない」

「それは・・・まぁ、わかるけど。でも!だったら、いや、だからこそ俺らがべにのサンタクロースにならないと駄目じゃんか!」

「・・・・・・」


加州がサンタクロースの存在を信じかけていたことに気付いて沈黙する紺野のことはおいておいて、今はまず聞かなければならないことがたくさんある。
演練の内容を助言しようとする審神者を遮ってまで聞いたクリスマスの内容だが、やはり限られた時間では得られる情報に限りがあるのだ。


「クリスマスってプレゼントをあげる以外には何するの?話に聞いただけだと、クリスマスツリーっていうのを飾って、チキン食べて、ケーキを食べるっていうのしかわからなかったんだけど」

「・・・おおむね、家庭でやるのはその程度だ」

「ちょっとお!面倒くさがってるでしょ!?」

「・・・・・・そんなことはない」


間が気になるところではあるけれど、これ以上問い詰めても聞けそうにない。
なら、別の方向から攻めるまでだ。
一筋縄ではいかない紺野だけど、付き合っていけばそれなりに攻略法があることに気付けた。
要は、頼みを絞って、自分たちだけでもやれることを伝えればいいのだ。


「なら、クリスマスツリーはどういう風に飾ればいいのか、教えてよ。チキンやケーキは、自分たちで考えてみるからさ」

「・・・・・・、・・・後で画像を用意しよう。基本的にはもみの木を飾り付けるものだが、本丸から見えるものでも問題はないと思うぞ」


少しの沈黙の後、さっきまでよりはずっと協力的な紺野の返答が聞こえてきて、内心でガッツポーズをした。
「せっかくなら本物を見せたいじゃん?」と声が躍るのを感じながら返事をすれば、「・・・映像端末を起動させておけ」と事務的な言葉で通信が切られる。
ぱちくりと瞬きをしたこんのすけが「よろしかったでしょうか?」と小首をかしげるのを、「ありがとね、」と頭を撫でて解放した。


「では、もみの木を探してきましょう。力のある者大勢で行ったほうがよろしいかと」

「チキン、ってことは鶏だね?任せて、最高に美味しい煮付けを作ってあげる」


太刀・打刀全員で行ったほうがよくないか、じゃあ俺っちは料理の手伝いに、と各々が自分の役割に分かれていく。
この場にいない者たちにも伝えれば、きっとすぐ動いてくれるだろう。

“べにのため”。それがこの本丸の原動力。

なんだかんだべにのことを気に入っていて、べににも気に入られている紺野だから、あとで声をかければ一緒に出来上がったクリスマスツリーを眺めるくらいはしてくれる。
そうしたら、全員で宴でも始めようか。燭台切と薬研の料理に舌鼓を打ちながら、デザートにはケーキを。
お祭り騒ぎに疲れて寝てしまったべにの枕元には、俺たちからのプレゼントをこっそりと。


「よっし、出陣だー!」

「「オォッ!」」


皆で作ろう。べにとの初めてのクリスマス。
大切な、思い出を。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
リクエスト:海夜様
「べにと男士の初めてのクリスマス」
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